剣と魔法とおばあちゃんの知恵袋

まお

第1話

 ユーナは太陽が昇るとすぐに釣りに出掛けていった。狙いは産卵をしに川を上ってくる黄鮭。干物にして冬に備えるのもよし。卵や肉も街まで出ればすぐに売れる。この川はちょうど山小屋の近くから上流にむかって広い河原が広がっているので、干し台も置いてあるし、雨風をしのげる東屋もある。たまにしか無いが魔物の接近も気が付きやすい。


「そろそろ、コートも擦り切れてきたし、雷鏃サンダーピッグも買わないとな~。」


 そのためにも、今日は午前のうちに後5匹は釣りたい。午後には師匠と近くの街のトリスへ行くため、それまでにどこまで下処理ができるかで今年のユーナの冬越のグレードが決まってしまう。師匠と違い、まだEランクのハンターでは冬の仕事は雪下ろしか薪拾い程度しかできない。ユーナでも狩れる唯一の魔物の木人トレントも冬場は冬眠してしまう。それでも紫目雉しめきじなら冬場でも狩れるし、魔物でもないので食べてもおいしい。ただ、細剣では狩れず、苦手な弓でしか倒せない。弓が苦手なユーナは多少外れても衝撃で痺れさせることのできる雷鏃は消耗品でもあるし、ある程度は確保しておきたいのだ。料理が苦手な師匠の胃袋はすでに掴んでいるとはいえ、材料がなければ意味がない。


「雪で籠ることが多くなる冬、、、今年こそ既成事実を、、、!」


 可愛がってはもらっているが、どうにもこうにも師匠はユーナに親愛しか向けてくれない。でもユーナも17歳。街では子供がいてもおかしくはない年なのだ。ユーナの恋心は8歳の時に住んでいた村が魔物に襲われて壊滅し、その時に一緒に師匠が連れて逃げてくれた時に決定的になった。あの時は私も必死だったけど、初めてのお姫様だっこ。燃え盛る火炎の中、師匠は身を挺してかばってくれた。かっこいい。前々から目をつけていたし、知っていたけど再確認。やっぱりかっこいい。好き。そのあと、才能のあった魔術を生かして冒険者へ。足を悪くしたにも関わらずあっという間にCランク。魔札の作成もお手の物。甲斐性もばっちり。村の襲撃の時に死んじゃったお父さん、お母さん、私、師匠と幸せになります。ユーナは寒い冬に向け、熱く燃えていた。


「・・・それにしても、今朝は釣れないなぁ。」


 暖かな陽ざしと少しだけ冷たくなってきている風。木の葉が小さくさわさわと鳴り、川の水が静かに流れてる。本当に静かだ。・・・いや、静かすぎる。気が付くと虫の音さえ聞こえない。


 ユーナはそっと釣竿を片す。愛用の細剣を引き寄せ、ゆっくりと辺りを窺うかがう。そのまま、急いで山小屋へ引き返した。そこにはすでに戦闘準備を整えた師匠が待っていた。


「ユーナ!よかった無事でしたか。急ぎトリスへ下りますよ。」


 久方振りに緑玉の杖を持った師匠はやっぱりかっこいい。ニマニマと見とれつつ小屋の中に入ると街へ降りるための荷物をひっつかむ。


「それで、師匠。どうかしたのですか?やけに森が静かですが、、、。」


「どうやら黒骨馬リッチホースが出たようです。先ほど骨鶯ボーンバードを見かけました。それと、なんども言いますが、師匠じゃないです。ユーナに魔術教えてないでしょう?」


「うぇ~。やっかいな。ならトリスに降りてギルドに連絡ですね。」


 魔物は生物の生命力を喰らう。その中でも亜死族アンデットの強種エリートである黒骨馬は肉を食まずに、直接に魂を吸い上げる。生命力を奪われた魂は瘴気にまみれて肉体を維持できずに腐り落ち、骨のみの魔物になる。こうして眷属を増やすわ近づくだけで魂を吸い取るわで、その上、隼はやぶさ並みの速さで走り回り巨体を生かした体当たりや強力無比な蹴りや踏み付け。魔術を打ってこないだけマシとは言え厄介極まりない魔物なのだ。もっとも魔術主体の師匠なら単独でもまぁ、倒せるだろう。かっこいい。好き。ただ、無傷では難しい。師匠がケガをしたら、聖堂にいる牛女じゃまものがしゃしゃりでてくる。


「それと聖堂にもですね。浄化の処理をしていただかな「いやいや、連絡はギルドにまかせましょうよ。うん、そうしましょう!」


 なぜか聖堂を毛嫌いするユーナを訝いぶかしく思いながら、やれやれと嘆息する師匠と二人で街を目指した。


 師匠は足が悪いので、安全な道を下りていく。橋に差し掛かったあたりで、不意に音が止んだ。ユーナでもわかる、何かが、、、来る。来ている。広い河原を悠々と歩んできたであろうそれは川上から姿を現した。


「ユーナ、走って下さい! 『某そは招く 久遠くおんなる眠り 氷棺ひょうかん』!時間を稼ぐので街から応援を呼んできてください!『集い、暴れろ 嵐壊らんかい』っ!」


 詠唱により略されたとはいえ、それでもなお複雑さと緻密さを以て構築された立体魔法陣を師匠は高速で2つも発動させた。その魔術の向こうに見えた黒骨馬は、馬の亜死族のくせになぜか鎧を着ていた。ユーナは嫌な予感がした。それでも、天才的な師匠の自重なしの攻撃だ。きっと倒せているはず。局所的に超低温を発現させる氷棺は近くの水を得てより氷が厚く堅牢になり押し潰す。拳ほどの圧縮空間に無限に連なる鎌鼬を発生させる嵐壊は、ここみたいに開けた空間では周囲の暴風が加速され礫も巻き込み威力が上がる。しかもこの2つは相乗的に効果を上げる。極低温かつ全方位からの衝撃と斬撃は数々の大型魔獣を粉砕してきた、師匠の決まり手の一つなのだ。大丈夫、アレが無事な訳がない。だけど、師匠の魔術が直撃した魔物は竜巻の影で見えないが、その存在感は些いささかも衰えていない。


「くっ、足りないか?急げ!お前だけで走れ!『我 誘うは炎熱の舞殿まいどの、、、」


 全力で魔術を構築している師匠はやっぱりかっこよくて、そして、あの時と同じ様な必死な表情で口調も乱暴になっていた。だけどあの時と違って、複雑で繊細な立体魔法陣が高速で構築されていく。ユーナももう守られるだけの子供じゃない。雷鏃を使った矢をこれでもかと打ち込む。冬場の御馳走が溶けて逃げて行くような幻影が見える気もするが、意識の外に追い出す。


「、、焦がれ焦がし、獄炎もって燃やし尽くせ 炎帝降臨』! こいつは黒骨馬じゃない。黒骨騎馬ファントムホースだ!街に知らせろ!行け!!」


 そこらの魔物なら即死級の殲滅せんめつ魔術を2重掛けして時間を稼ぎ、その上でありえない速度で陣を完成させ十八番おはこにして最強の切り札、相棒の炎帝を召喚した師匠は数舜黒骨騎馬を睨みつけた。その後ふうと息を吐くと悲壮な表情で自分の胸元の首飾りを引きちぎり、ユーナに投げ渡した。


「、、、だめですね。ユーナを嫁に出すまでは死ねないとおもっていましたが、どうやら覚悟を決めないといけないようです。ギラ、出来るとこまでユーナを守ってくれますか?」


 トーヤは緑玉の杖をかかげ、魔力を集め始める。


「やだ、、、、だめ、やだよ、トーヤまって!」


 竜巻が引き、現れた黒骨騎馬は、まだ節々が凍り付いたままとはいえ無傷のまま吠え猛った。トーヤは、目線だけユーナに移すととても、とても優しい顔で微笑んだ。


「、、、冒険者になって、無茶をして足を壊して。それでも付いてきてくれて。魔札の材料を取るために森の中に居を構えて不自由をさせても、それでも側に居てくれて本当にありがとう。」


「死なないよね、一緒に逃げよ、あの時みたいに!今度は私が走るから!」


「あれからは私は逃げられませんよ。知っていました?あなたを本当に娘のように思っていたのですよ。なのに、師匠だなんて他人行儀に呼ばれてさびしかったのですよ」


 更に魔力を練り上げながらクスクスとトーヤは笑った。魔力が高まり渦巻くトーヤには、必死に手を伸ばすも弾かれてしまいユーナはこれ以上近づけなかった。


「ちがう、好きだったの!師匠を、トーヤを本当に大好きだったの!!娘じゃなくて、いつか隣に並びたかったの!」


「、、、私のようなおじさんではつり合いませんよ。ユーナはいい子なのですから。幸せにね。あなただけならあれからも逃げられるはずです。」


 少し困ったような師匠は、やっぱりかっこいい笑顔を終わらせ、決然と魔物に向き直った。


「さてと、化け物。付き合ってもらいますよ。『末路まつろわぬ者 忘れ去られし者 永久とわなる観察者 魂魄昇華』」


「だめ、いや、まって、まってよ!」


「時間は稼ぎます。街へ逃げ延びてください。さようなら。ありがとう。」


 トーヤの体から立ち上がった金色の粒子が、召喚されていた炎帝に吸い込まれていく。


 トーヤが糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちると同時に氷の拘束を蹴散らした黒骨騎馬に炎帝が踊りかかった。


「やだ、やだ、トーマ、トーマー!!だれか、だれか助けて!!!」


「え?その、いきなりですか?その、えっと、ここは?あの燃えてる?え?その、あの、馬?」


 いつの間にか、二人の旅人が近くにいた。一人は人形のように無表情で、肩までの黒髪に白いフード付コートを羽織り片刃の黒い片刃剣を抜き身で右手に下げた女の子が泰然たいぜんと立っている。もう一人は赤髪を後ろに縛ったいかにも村人というか、鍛冶師見習いか錬金術師見習いという風貌で大荷物を背負った男の子がなぜか尻餅をついて呆けている。直観が告げる。この男は使えねぇ。


「お願い助けて!トーヤが、トーヤが!」


 女の子が剣を抜き、ちらりとユーナを一瞥いちべつし唐突になにも無いはずの所に剣を振り下ろすと、その軌跡が黒く光った。そして、まるで、空間が切り裂かれたかのようにぽっかりと黒い穴が空中に空いた。そして、やっぱり唐突に女の子がユーナと男の子の腕をつかみポイっと穴に放り込んだ。


 ユーナがあっと言おうとした時には、なぜかトリスの入り口に投げ出された格好だった。女の子は納剣のうけんした状態で立ち、男の子は顔面で地面を支え、足が宙に浮いていた。


 女の子はこれで済んだとばかりに街へ歩き出す。そして何の役にも立たなかったくせにどこかボロッとした空気を出す男の子はユーナと目が合うと、立ち上がりながらおずおずと話しかけてきた。


「えっと、あの、ごめんなさい、大丈夫ですか?ここは安全そうだけど、ここがどこだか知っていたら、教えて欲しいけど、その、あの、たぶん、安全ですよね。それとさっきの燃えてるのは精霊?あと馬についても教えてほしいんだけど、えっと、その、ごめんなさい、それで、その」


 男の子がユーナに話かけてきた。質問多い。うざい。というか、空気読め。あのその言うな。役に立たないなら口を開くな。時間と空気とボキャブラリーの無駄だ。今はそれどころじゃない、トーヤが、死んじゃう。ユーナは、受け取った首飾りを握りしめ、ギルドに向かって走り出した。




 その後、ギルドマスター直々に音頭を取った討伐隊が超特急で件くだんの橋へ向かった。そこは火山の噴火でもあったかのようにすべてが破壊され、だが黒骨騎馬の残骸もトーヤの遺体も見つからなかった。




 3昼夜が過ぎ、黒骨騎馬は近くに居ないとギルドが判断し討伐隊が解散されると、ユーナはまたあの山小屋に戻った。頭では、魂魄昇華まで使ったトーヤは無事ではないと解っている。けど、諦めきれないのだ。待っていれば、あの飄々ひょうひょうとした感じで帰って来そうで。そしてもう一つの可能性。あの二人組の旅人が言うには、トーヤが亜死族になったとすると、思いの溜まった所へ立ち寄る可能性が高いらしい。だがユーナにとってはどっちでもよかった。トーヤが帰って来たときに仮に亜死族だったら私も亜死族になろう。どっちでもいい。どうでもいい。トーヤさえ居れば。だがあの二人組はトーヤを狙っているのだ。正確には、トーヤの緑玉の杖を手に入れたいらしい。トーヤを倒させる訳にはいかない。二人を見張りながらトーヤを待つという作戦において、居候の申込みは拒むものではなかった。女はサナ、男はクリトと名乗った。


 改めて二人を見て分析をする。


(女の方は瞬間移動をしたあの魔術に、常に表情を変えず泰然とした構え。明らかに只者ではないよね。まぁ、目は大きく鼻筋は通っていて、旅をしていたはずなのに髪質も悪くない。艶々じゃないの。顔も悪くないし、剣を振るうにはやや細いとはいえ、長く締まった手足。背は女性としてはやや低めな私よりも更に少し低い感じかな。ただ服のセンスはイマイチ。明らかに実用で選びましたー、遊びはないですーって感じの黒のパンツに白いシャツ。首元までしっかりボタン止めてるし。肘近くまでの袖は二の腕を隠したいのかしら。わかるわー。いている剣の鞘も柄も地味な艶を抑えた黒。パンツに合わせたのかしら。もう少し腰周りににアクセントで差し色を入れれば、マシになるかな。赤いベルトとか似合いそうなのに。後、剣を振るうなら、やっぱもう少し身体は絞るべきかな。胸周りとか特に。邪魔でしょ?それ。まぁ、トーヤ好みの和なごやかさはないから、どうでもいいけど。街の男どもが言い寄りそうね。防具屋のタラムとか。なんなのアイツ。髭とか似合わないっつーの。私からターゲットをこの子に移してくれないかな。んで、こっちの男の方は黒い小さな石版だか鋼板だかを見ながらぶつぶつと独り言を始終言ってる。キモい。顔?どうでもいい。いつもおどおどしてるし。不器用だし。ただ、妙に知識があるのよね。特に料理とかド下手のくせに、コツだけは詳しいし。錬金術師を自称するだけあって持ち物も独特で、資金は潤沢みたい。まぁ私を襲う様な度胸はないって断言できるから居候させてるけど。どっかの商家の三男坊な道楽坊ちゃんとその護衛ってとこかな)


「あ、あのう、夕ご飯ありがとうございました。すごく美味しかったです。」


 クリトは所作しょさよく食べ終わるとお礼を伝えた。


 サナはまだ食べている。ほんとよく食べる。街へ転移した後も屋台をかたっぱしから制覇していたし、お酒も好きなのか、無表情のまま、淡々と延々と食べている。それであのスタイルって、反則じゃない?


「お粗末様。材料はほぼあんたらが手配してんだから、そのくらいいいわよ。それとマヨだっけ?その黄色いスライムみたいなの。それも作ってくれたしね。案外イケる味よね」


「それで、あの、その、もし良ければ、あの、その剣を魔剣にしましょうか?」


「は?いきなり何言ってんの?」


「ご、ごめんなさい。あの馬、、黒骨騎馬でしたっけ?あれを討伐するなら、あの、少しでも戦力強化しろって言われて。えっと、その、多分強くできそうかなって思って。それで、あの、お礼をしろって、、、お礼になります?」


 なんだこいつ。キモイ。


「あー。無理。私ほぼ魔力無いし。やじりみたいな小さなモノか相性のいい炎なら少しだけ扱えるけど、魔剣クラスを扱える魔力量はないの。精霊すら見えないレベルよ?」


 この世界は魔道具にしろ、魔術にしろ、体術にしろ魔力を変換して行使する。魔力の無さは社会的ヒエラルキーの低さにも直結する。最もトーヤのような規格外天才を除けば、私の魔力量は村人の平均程度ってところだ。魔剣なんか、宝の持ち腐れだ。こちとら万年Eランクハンターただの一般人だぞ、ちくしょう。魔力が高ければ、精霊が見えたり、さらに相性の良い精霊に極めて稀だが運よく出会えれば、契約ができたりするのだ。


「えっと、その、ユーナさんの付けてる首飾り。それ、すごくいい精霊が付いてるんです。でも、あの、なんか寂しそうで。あの、炎の精霊っぽいから、多分、その、ユーナさんとも相性わるくないし、それに、え?極点?収束?変換効率と掛け率でしたっけ?えっと、その、多分なんか数字がいっぱいで難しいですが、剣の方もやる気なのでなんとかなると思います。」


 クリトですら理解していない風な説明を聞いても、うん、わからん。


「よーするに?」


「あの、えっと、魔剣を作るお礼はどうですか?」


 どのみち、トーヤがいないのなら冒険者は続けられない。そういう意味では剣は持っていても意味がないものではある。


「あと、なんかこの首飾りの事も言っていたけど、これも材料にするの?これは壊したくないんだけど。トーヤの首飾りだし。それにこの精霊と私は契約出来ないよ。これは既にトーヤの契約精霊。」


「えっと、はい、大丈夫です。その精霊さんはその首飾りの中が気に入っているので、その、多分首飾りを付けたままで発動する、二つで一組の魔道具にするつもりです。契約については、その、してるに越したことはないですが、あの、多分、大丈夫だと思います。」


 この首飾りにはトーヤの相棒のギラがいる。トーヤと共に経験を重ねたギラはそれなりに強力な精霊に育っている。だが契約をしたトーヤとなら最高効率で術式を行使できるが、一般人の私では、例え潤沢に魔力を注いでも実力の30分の1も出せないのではないか。ユーナはしばし迷ったが、どのみち剣を手放すつもりなので、やらせてみることにした。


 魔道具を作れることになったクリトは目を輝かせながら、準備を進めていく。


「えっと、すみません、あの、、この剣って名前ないんですか?」


「え?その剣の名前?えっと、たしか細剣の中のレイピアって種類だったかな。」


「あの、その、剣に愛称を付けて大事にするのって、どう思います?」


「はぁ?聞いたことないね。エルダークラスの鍛冶師の銘剣や曰く付きの魔剣ならともかく、トマスの街で売っていた剣だよ?それも弟子の習作を師匠が手直しした規格外品アウトレット。まぁ、私にはちょうどいい重さと形だし、頑張って手入れはしてきたから愛着はあるけど。」


「相棒ですよね。大事にしてあげるし、きっと応えてくれるんです。名前つけてあげてくれませんか?えっと、あー、うん、付けてあげれば、効率が上がる?ともかく頑張れるみたいです。」


 キモいながらも一生懸命なのは伝わって来た。改めて目を合わせてみると、顔の造作は悪くない。そして、絶望的に自信が無さそうな癖に熱く炎が灯った目をしていた。それにその剣はアッという間にハンターランクを上げていくトーヤに付いて行きたくて必死で修行して一緒に戦ってきた剣なのだ。才能無いなりに木人を倒せるのも、確かにその剣のおかげだ。


「名前付けたら、愛着も強くなって売りたくなくなりそうね」


 ユーナは根負けしたと笑いながら、剣を撫ぜた。


「天才トーマの相方が精霊のギラだから、その二人にあやかって私の相方は銘なし剣のマギにしよう。へっぽこ同士、頑張ろうね」


 ユーナは気づいていなかった。どうでもよかったこれからに、少しだけやりたいことが出てきていることに。少なくとも、トーマが返ってくるまでは、この剣ともう暫く、生きていくつもりになっていた。




 翌朝、剣をクリトに渡しているため、弓で鳥を狩りに出た。川での釣りは、どうしても気が向かない。最も居候が食材を街から大量に買い込んできているので、成果ゼロでも問題ないのだが。それでも獲物を求め見渡せば、山の中には、トーマの痕跡があちこに残っている。魔札を作るための薬草や鉱石の採掘跡。好きだった果物や苦手を隠してたハーブの葉っぱ。感傷に浸りながら目を反対側に反らすと、すぐ後ろにサナが立っていた。


「うわ!いつからいたのよ。びっくりするじゃない。あんた気配なさすぎよ。」


「切れる?」


 サナは相変わらず、無表情で、不愛想。気配どころか感情の揺らぎすら見えない。そもそも動きが少ないこともありほんと人形みたいに思えてくる。ってか、この子こんな声だったのね。


「何を?切るっていっても今剣もってないし。」


「トーマ」


 瞬間、一気に頭に血が上る。


「トーマは私が守る。トーマを殺すつもりなら、絶対にさせない。」


「守る」


「はっ。確かに魔術はもちろん剣の腕もあんたの方が上よ。けど、トーマを殺すのならばあんたの大事なクリトを絶対に殺す。呪いだろうが毒だろうが、絶対に。」


「違う。トーマ」


「トーマを守ってくれるの?あの時、見捨てて私だけ連れてきておいて。馬鹿にしないで。トーマは、トーマのためなら、私はなんでもする。」


「次 トーマ守る」


「、、、話にならない。」


 ユーナはサナを置いて一人で森を進んでいった。サナは相変わらず無表情でルビを入力…ずんでいた。


 太陽も真上に来た頃、ユーナは泉に来ていた。ここで昔水浴びをしていたら、トーヤに見られて。けど、トーヤは全然慌てずに「タオルここに置きますよ」って微笑まれて、乙女の尊厳を2重の意味でボロボロにされた思い出の場所だ。今でも鮮明に覚えているが、今のユーナは腹も立たないし、懐かしくも、なんとも感じなかった。


「あれからだな、師匠って呼び始めたの。娘あつかいされるのが嫌で、ぜったいに惚れさせてやるって決めたの。」


 ユーナはポツリとつぶやき、手を水に浸した。


 暫くすると、泉に水を飲みに来たのか、野生動物にしては不用心なほどガサガサと音を立てながら何かが近づいてきた。矢をつがえ、魔札を準備しているとそれは気配駄々洩れで姿を現した。


「あらあら、やっぱりこっちのほうで合ってたのね。やっと見つけたわ。ちょっとお邪魔していいかしら。」


 朗らかに微笑むサナの姿をした何かを、ユーナはあんぐりと見つめた。


「どっこいしょっと。あらあら、おばさんぽい声出しちゃったわね。ん~。日当たりはいいし、風が気持ちいいわ。ユーナちゃん、ここいい所ね。ちょっとお話しない?あら、この草、乾燥させると肉の生臭さを抑えられるの。少し摘んで帰ろうかしら。たくさん生えてるし、いいわよね?」


「誰だお前?」


 抜き身の剣のような覇気をまとっていたサナは今度はなぜかおばさんぽくなって慣れ慣れしく話かけてきた。


「えっと、サナよ?」


「いや、違うだろ。」


「あら、やっぱりわかっちゃった?完璧になりきってるつもりだったのに。だって体はサナなのよ?すこし体を借りておしゃべりする位ならばれないって思っていたのに。それにしてもやっぱり若い体はいいわね。膝が軽いのよ。肌もつやつやだし。あなたも気をつけなさいね。若いからって日焼けにノーケアだと年とると皮膚ボロボロよ?」


 正直、動きが素人っぽすぎる上に、明らかに雰囲気違うし、怪しすぎて、逆に警戒心が削がれてしまった。


「それで、お前は誰だ?なんの用だ?」


「えっとね、私は千絵。サナのお姉さんみたいなものよ。けど、今は私の事はどうでもいいの。さっきサナが落ち込んで帰ってきてね。どうやら、ユーナを怒らせたみたいって。あの子、やっぱりクリトに似ちゃったのか、口下手でしょ?最近は華やかな表情も見せる様になってきたけど、やっぱり不安そうな顔ばかりでしょ?お姉さん、お節介ってわかっていても、やっぱり心配なのよ。クリトは今手が離せないし、やっぱりこう言う事は女同士がいいかと思ってらサナに伝言頼んだんだけど、やっぱり、いやなのね。そうよね。ごめんなさいね。急に変な事言って。変に思わないでね。私やサナとしては、こんなだから、それもアリかなって思っていたし、ユーナちゃんはヤンデレクラスに一途っぽいから、大丈夫って私はやっぱり太鼓判おしていたんだけど、やっぱり異種族恋愛は無理なのよね。そうよね。クリトも言っていたわ。やっぱり常識的に考えればそうだもの。ごめんね。お姉さん変なこと言っちゃって。大丈夫。ユーナちゃん可愛いから、街へ降りればきっとモテるわよ。お姉さんが保証するわ。やっぱり女の恋は上書き保存!さっさと黒骨騎士を倒して結婚資金にしちゃいましょう!」


 一気にまくしたてられて気圧されてはいたが、それでもこれだけは譲れなかった。睨みつけながら宣言する。


「私は、結婚はトーヤ以外とは嫌。トーヤが亜死族として生きるなら、私も眷属にしてもらう。トーヤが私のすべてだから。」


「う~ん、同種恋愛に拘るのは、わかったけど、やっぱり亜死族は辞めた方がいいわよ?すぐに魂が瘴気にまみれて自我が崩壊しちゃうし、肉体だけの関係っていうのは、やっぱりお姉さんはダメだと思うけど、ユーナちゃんが望むのなら、、でもそれも直に腐っちゃうし。ほんの刹那の邂逅はやっぱりロマンチックだけど、瘴気だらけで二人の世界に浸れないし。それならやっぱり精霊になった彼と関係を育んだ方がやっぱりいいと思うのよね。」


「精霊の彼、、、って誰ですか?」


 もしかしてという薄い期待に、確かめずにはいられなかった。思わず、サナだかチエだかの肩をつかむ。


「もちろんトーヤ君よ。ギラちゃんが言うにはね、まだ繋がっているらしいのよ。ただ、ギラちゃんもトーヤ君と離れてずいぶん弱ってきているから、私はクリトほどまともに話せないのよね。あのね、クリトってすごいのよ。サナの魂を錬成させたし、その前も私のためにバッテリーを作ってくれて。力尽くが多いけどやっぱり凄腕の錬金術師なのよ。自慢の息子なの。あの子と出会えてほんとによかったわ。あの子小さい頃は千絵おばちゃん、って甘えてきてね、しょっちゅう布団に潜り込んできていたわ。それでね、すごくトマトが好きなの。トマトといえば、」


 埒が明かない話をするチエだかサナだかチナだかを放置し、山小屋に駆け戻ると、クリトは武器に付加するための触媒を錬成していた。


「え、え、なに?ごめんなさい、ごめんさない」


 ユーナはいきなりクリトの襟首をつかみ詰め寄った。


「あんた、トーヤの魂を錬成できるの?」


「えっと、たぶんできる、というか、あの苦しい、、」


「どうやる?何が必要?何をすればいい?洗いざらい吐きなさい」


「あ、え、あの、くっ、、ぅし、ま、て、あ、」


「はっきり喋れ!」


 ガクガクとクリトを揺さぶるユーナが、それではクリトがしゃべれないと気づくまで、それなりの時間が費やされた。ボロい雰囲気となったクリトはトーヤの現状、そして救う方法を伝えた。チャンスはおそらく一度。可能性は高くない。それでも準備を整え、覚悟を決め、その時を待った。




「えっと、ギラちゃんによると、今日、来るようです。新月ですし、魔物の衝動を、あの、抑えきれないみたいで。なので、そのえっと、頑張りましょう。黒骨騎士ファントムナイトなら、その、思い出を潰しに来ます。多分、川沿いを下って来る様なので、あの、その、河原で待ち伏せませんか。あのごめんなさい。多分、あの、思い出を囮にってダメだけど、その、それしか無くて、、」


 クリトは相変わらずおどおどしている。錬金術師としての腕は確かなようだけど、やっぱりダメだわ。2日ほど一緒に暮らしてみたけど、トーヤとは雲泥の差。やっぱりトーヤはかっこいい。うん。好き。私は面食いな自覚はあるしトーヤの顔も好きだけど、いっしょに居ると安心できるとことか、ちょっと苦手なハーブをこっそり避ける子供なとことか。剣を振り始めて手の豆がつぶれた時の優しく手当してくれたこととか、水浴びを見られたことも、紫目雉をおいしいって言ってくれたことも、全部大切な思い出だ。トーヤは私を救ってくれた。あの襲撃の日だけじゃない。そのあとも子供な私を見捨てずにずっと大切にしてくれて。幸せな記憶と、温かい気持ちをくれた。私もトーヤを幸せにしたい。今度は私がトーヤを救う番だ。




 夜の帳とばりが落ち、更に数刻が過ぎた頃、あたりは唐突に静寂に包まれた。山小屋の近く、あの日朝釣りをしていた河原にトーヤを乗せた黒骨騎馬が現れた。トーヤの体は既にあちこちの肉が腐り落ちているようで、服の形が人間ではありえない形に歪み、頬には虫が湧いている。目は濁り、あらぬ方向を向いている。それでもやはり、トーヤのあの優し気な面影は残っていた。すでに黒骨騎士となりかけているそれは、唐突に右手に持っていた杖を掲げた。そして、干物を作るための台に向け、左手から風の魔術を放った。音を響かせながら爆ぜる台をに対して、杖は輝きをわずかに陰らせた。その時、ちょうど黒骨騎馬の真下のあたりに鈍い赤で輝く魔法陣が忽然と現れ、同時に岩が爆ぜるように盛り上がり黒骨騎馬と黒骨騎士を上空へ吹き飛ばした。


「せ、成功したみたいです。よかった。黒骨騎馬とは言え、馬ですね。赤い色は見えにくいみたいです。それでは えっと、、次の準備に入りますので、あの、」


 既にサナは空中にいる骸骨騎馬へ飛び掛かっており、馬の胸のあたりを切り上げていた。硬質な音が響き、黒い刃と黒い骨とで火花が散っていることからも、あの黒くなった骨が異常な強度を持っているのがわかる。だがお互いに足場のない空中では、何より質量がモノをいう。鋭いとは言え勢いだけでは切り崩せずにいると、サナの体から白い粒子が漏れだし、黒骨騎馬に吸い込まれていった。サナはそれを気にも留めず、剣を黒骨騎馬の鎧の隙間から肋骨に滑り込ませると、剣を梃子てこにして体を回転させトーヤの体を蹴りつけた。遠心力の乗った鋭い蹴撃はトーヤの身体の肩のあたりを直撃し、トーヤの体を大きく仰け反らせた。吹き飛ぶかと思われたが、騎士の腰骨が騎馬と黒い靄もやで繋がっていた。サナは右手を剣から離し空中へ差し出すと、自身の体から湧き出た白い粒子が集まり、白い刃の片刃剣が形作られた。その白剣を靄へ振りぬくと同時に騎馬と共に地面へと激突した。


 土煙から、小柄な影が飛び出し、それを追いかけて大きな影も飛び出して来た。土煙が薄れると、そこには明らかに身体が壊れて歪な背格好になったトーヤが立っていた。黒い靄は纏わりついて無いが、虚な目は今度はしっかりと歩み寄るユーナを見据えている。


「トーヤを返してもらう。」


 亜死導師ワイトとなったトーヤだったそれは、顎をカタカタ揺らし、まるで嘲笑うかの様な顔を作りながら、両手を大きく広げた。右手に掲げた緑玉の杖の輝きが強まり金色の粒子が舞い、氷の矢が生成されていく。唐突に左手を振り下ろした。一つ目、二つ目がユーナに向けて飛んでいく。


 一つ目を大きく避けるも二つ目は脇腹を掠める。それでも果敢に踏み込み、短くも遠い距離を詰めて行った。続けて飛来する氷の矢を時に掠りながらもでかわしていると、不意に右肩から鮮血が舞う。続いて地に足を付けた瞬間の右足の脛当てに強い衝撃を受け、よろめきかけるも強引に踏み込み更に歩を進める。それでも僅かに勢いの削がれたユーナに不可視の鎌鼬が容赦なく襲い掛かる。トーヤがきれいだね、と褒めてくれたユーナの髪も引きちぎれ、風に舞う。だが、その程度で怯むほど、ユーナの覚悟は甘くなかった。


「私を、舐めるな!」


 誰よりもトーヤを見てきたからわかる。鎌鼬は見えなくとも、それをトーヤが身につける為の特訓はずっと見てきたのだ。トーヤの鎌鼬は幅が丁度片腕の長さと同じ。しかも軌跡を連続では重ねられず、基本的に左へ曲がる。そして、5発を超えて連続で打とうとすると、暴発する場合が多い。4発目が左手をかすめ、5発目を右に回り込み避けると同時に、亜死導師の左手が砕け散った。同時に亜死導師の展開していた幾つかの魔法陣も霧散した。魔術のバックファイアは詠唱替りに印を結んでいた左手に集中し、合わせて構築中の術式が破棄されたのだ。天才と呼ばれた男の身体に、運動神経がちょっといい一般人でしかないユーナが後数歩まで詰めよった。


「これで終わりだ!」


 一気に跳躍し、必殺の意思で剣を突き出し、たしかに亜死導師の眉間を捉えた。しかし、そのまま剣先がすり抜けて行く。ユーナは風に舞うアイスダストに反射した虚像を突いてしまっていた。僅か半歩隣にいた亜死導師は下卑た笑みを浮かべ砕けた左手から伸びた靄でユーナの右腕を掴んだ。瞬間、ユーナの右腕から光が漏れ出し、吸われて行く。それを見て、ユーナはとっさに右手で、亜死導師の左手を掴み返した。


「捕まえたぞ。、、、ギラ、マギ、お願いっ!」


 1から100までの全力全量の魔力を込め、左手で握られたその細剣が目指したのは、緑玉の杖を掴む右手の手首。半身に構えて体の奥で掲げられていたそこは、動けない亜死導師にとってはもはや避けられない位置だった。爆発的に白く輝き出した剣先が手首に届く直前、悪あがきの黒い靄がそれを阻んだ。白く輝く剣先は、文字通り針の先ほどの極小の部位のみを極限まで加熱した炎が齎す輝き。黒い靄をギィーっと金属が軋むような高音を立てゆっくりだが確実に蒸発させ、細剣を押し込んでいく。変換効率が悪いとは言え炎帝をも呼び出せるギラの全力なのだ。それも極点に集中されたその炎獄を阻める力は亜死導師は持ち合わせていなかった。


「届けぇ!」


 だが、ユーナを止める手はまだあった。ユーナから吸い上げた生命力で再生された左手は印を結び、ユーナへ向かう氷の槍を生成した。それがユーナの背中を突き刺す寸前、炎が溢れ氷の槍を弾き溶かした。その炎は緑玉から噴き上がっていた。ユーナを守ると、緑玉から湧き出していた金の輝きは急激に弱まり、いく筋かのヒビを生じさせた。それでもまだ、亜死導師は杖を離さない。


「トーヤを、、離せぇ!」


 ユーナは右腕が腐り落ちるのも構わず、更に剣を押し込む。もはや剣術もなにもない、ふらつく足を意地で踏ん張り、ただ、強引に押し込んでいく。


 まだ届かないのか、後少しなのに。早くしないとトーヤが消えちゃう。


「えっと、お待たせしました。」


 亜死導師を炎が包み込んだ。それと共に頼り無さそうな男がいつの間にか側に来ていた。クリトは魔札をばらまくことで、ユーナの魔力と体力を満たし、亜死導師を囲む炎の火力を上げていく。


「ああああああ!!」


 獣の様に吠えたユーナはついに切っ先を手首に届かせ杖を握った手を焼き切った。杖がゆっくりと亜死導師から離れ落ちていく。と同時にユーナの剣も溶け落ち、限界をすでに超えていた体もがっくりと崩れ膝をつき、肩で息をする。それでも、ユーナは緑玉の杖から目を離さない。


 クリトは亜死導師の手から離れた杖が地面に落ちる前にそれに触れると、地面を踏み込み術を発動させた。すると、亜死導師に纏わりついていた炎が白く輝く炎に変わり、亜死導師を溶かすかのように一気に燃やして浄化していった。そして亜死導師にまとわりつく黒い靄を燃やし尽くした白い炎は地面に描かれている構築陣をなぞる様に広がっていく。


「トーヤ、トーヤ!返事をして!」


 落ちた緑玉の杖に這いよりながら、必死で声をかけていく。


「あの、とりあえず、その緑玉の中でまだ意思は残っています。ギリギリですが、それで、あの、ここ動かないで下さい。結界張ってます。この結界の中に漏れてるトーヤさんも居るので、あの、ごめんなさい。サナのとこへ行きます。」


 緑玉からはもう光は漏れていない。あちこちひび割れて、ボロボロになっている。それでも、ほのかに温かいそれからは、確かにトーヤを感じられた。


「トーヤ、、、。」


 緑玉を抱きしめたユーナは、涙を溢れさせながら、意識を手放した。トーヤと離れてから終ぞ流れていなかった涙を受けて、緑玉は静かにユーナによりそっていた。




 ガギンと、重い金属音を響かせながらサナは表情も変えずに既に二桁におよぶ突進を剣で受け流していた。黒骨騎馬の攻撃は単調である。早い上に重量があるためほぼ直進にしか進めない。だが、その速度は尋常ではない。しかも、つがいになりかけていたトーヤの身体を切り離され、激高した黒骨騎馬は足に魔力をまとい空をも駆けている。他方、サナは最初の落下で右腕がまともに動かなくなっている。当初は避けていた攻撃も、4度目の突撃時に黒骨騎馬が鎧の形状を変形させるという不意打ちにより、読み誤り跳ね飛ばされてから後手後手に回ってしまっている。いかに達人の剣士であったとしても如何いかんともし難い重量差を捌き切ることはできず、少しずつでも確実にダメージを蓄積させられてきた。


 すでに避けるだけの体力はない。右側から来た突進を剣を盾になんとかやり過ごすも通り過ぎ様に黒骨騎馬が跳ね上げた拳大の礫がサナの背中を直撃した。不意の一撃により限界近くの身体がふらついた。瞬きにも満たないその隙であったが、それを黒骨騎馬は見逃さずに突っ込んでいく。


「サナ!」


 珍しく張った声を出したクリトはやや小ぶりな瓶を両手に1本ずつ抱えている。そんなクリトは眼中にないとばかり、黒骨騎馬はサナを跳ね飛ばした。吹き飛んだサナはそれでも衝突の瞬間にわずかに体をひねることで、直撃をさけ、向かう方向にわざと跳ね飛ばされていた。クリトも駆け出し、地面を弾みながら転がるサナに追いつくと、右手の瓶の中身を周囲にばらまき、左手の瓶の中身を一口含んだ。口の中でその酒に魔力を込め、吹き散らすと詠唱を開始する。


「『満たされるまで 飽きるまで 隔絶されし世界を抱け 万寿宝來まんじゅほうらい』」


 一気に広がった立体魔法陣が弾け、二人を包むかのような丸い球体の薄膜が形成された直後、黒骨騎馬が突っ込んできた。が、そのまま素通りしていった。その薄膜の中は、この世に隣接する此処に非ざる世界。互いに干渉できないという、クリトが誇る絶対防御の奥の手であった。黒骨騎馬が何度もアタックを繰り返すも、薄膜の中にはそよ風一つ立っていなかった。


「サナ、ごめん、遅くて。えっと、大丈夫、、じゃないよね。ごめん。でもやらないと。行けるかな、サナ。」


 ボロボロの姿で転がっているサナは無表情のまま見上げると、右手に握っていた剣をクルリと回し、クリトに差し出した。


「うん、ありがとう。あの、千絵ばあちゃん、サナの身体よろしくね」


 黒い片刃剣を受け取った瞬間、サナの目の光が消えた。そして、黒い鋼板のようなものをサナの右手に握らせると、急にサナの表情が変わる。


「大丈夫よ。やっぱり、クリトは男の子だもんね。大丈夫。今回もきっと何とかなるわ。それよりも、この体、あちこちやな感じがするわね。これ、痛いってことなのかしら。動かしたくもないわ。あらあら、やっぱり。服もあちこち敗れているじゃない。血もついちゃって。洗うの大変なのよ。そうだ、やっぱりクリト、洗濯用の石鹸をつくらない?大丈夫簡単なのよ。」


「うん、あの、あとでもいい?えっとじゃあ、魔石と魔札置いておくから、あのごめん、頑張って。」


 そういって、残っていた魔札と荷物を千絵の入ったサナの身体の近くに置くと、クリトは剣に向き直り、残っていた酒を剣にかけていく。


「『凍れる刻 空虚なる炎熱 混濁たる絶望 汝の真名にてすべてを屠れ 草薙の剣クサナギのつるぎ』」


 ピキッ、パキパキパキと音が響き、黒い刃にヒビが入る。そのヒビから光が漏れ、その光が強くなるたびに、黒い部分がはがれて落ち、溶け消えていく。


 黒い部分が溶けるたびに、クリトの表情も変わっていった。オドオドしていた雰囲気は薄くなり、熱く燃えていた目に相応しい、凛とした表情になっていく。そして剣の刃がすべて白く輝く頃には、クリトは獰猛な笑みを浮かべていた。最後に刀身が見えないほど強く輝くと、ふっと光が収まり、見事な刃文の太刀が現れていた。


「行くぞ、相棒クサナギ。」


 太刀を振り下ろし、黒く裂けた穴を空間に作ると、一足に飛び込んでいった。


「やっぱり、クリトはやんちゃなまま成長しないわね」


 クスクスと千絵は笑いながら、どっこいしょと体を起こした。




 黒骨騎馬は触れることすらできない薄膜の中に興味をなくしていた。そういえば、番になるはずだったアレはどうやら食われたようだ。残念だが仕方ない。けど、近くにおいしそうな魂を感じる。あの白い炎程度なら、たやすく蹴散らしてやる。今日はひとまず、あれを食べよう。番にはもの足りないが、それなりに旨そうじゃないか。そう思い頭を巡らせた。すると、右後方に妙な気配を感じ、振り返ると、さっきの変な男が立っていた。


「ようカス野郎。俺とクサナギのために、いっちょ死んでくれね?」


 さっきの番を切り離した女と似たような剣を持っている。そして、上位の魔物である自分をまったく恐れずに睨み返している。気に食わない。先にこいつを喰らってやる。一気に加速した黒骨騎馬は真正面から向かっていくも、男は避けるそぶりも見せずに獰猛な笑みを浮かべている。本能的な引っ掛かりを感じてはいたが、常勝無敗、傷すら受けたことの無い黒骨騎馬はそいつをまっすぐに跳ね飛ばした。跳ね飛ばしたつもりだった。だが、なぜか自分は無様に大地を抉りながら転がっていった。何が起きたか理解できなかった。頭を振って立ち上がろうとすると、うまく立ち上げれない。おかしい。右前脚が明らかに短い。前腕の中ほどに鎧共々鋭利な断面を見せたそこには、あるはずの脚がなかった。


「遅え。クサナギが手こずったようだから、期待してたんだが、もういいや。あいつは修行のやり直しだな。何が、私に切れないものはない、だ。ナマクラのくせに粋がりやがって。」


 いつの間にか近くまで来ていたそれは、誇り高き黒骨騎馬を見下ろしていた。そして、無造作に剣をもった手を振り上げる気配を感じた黒骨騎馬は本能的に魔力を足にこめ跳ね飛んだ。だが、数舜間に合わず、左後ろ脚が切り飛ばされた。


「手間かけさせんな。うぜぇ。」


 おかしい、ありえない。黒骨騎馬は恐怖に包まれていた。川上に向け逃げようと魔力を練りあげるも、急に魔力が霧散し、河原に轟音を立てて落下してしまった。


「逃げれると思ってんの?無理だろ。こいつは草薙の剣。貴様なんかは屁にもつかねぇ邪神を封じていた神剣だぜ?もっとも最近は魔物を食わないで、食い物ばっか退治してるから、俺も神剣ってのを忘れてたけどな」


 おかしい、おかしい!おかしい!!なんだこいつは、何なんだ?


 鋭利に見えていた前脚の断面はグズグズと崩れている。体の維持すらできないほど、急激に魔力が失って、否、奪われている。


「終わりだ。『絶』」


 眉間から白い刃をはやした黒骨騎馬は、詠唱の終了と同時にボロボロと崩れていった。そして、ズンと音をたてながら、漆黒の馬鎧だけが後に残されていた。




「ひっ」


 ユーナが目を開けると、指5本分くらいの距離に、魔札の間から目らしきものを覗かせた何かがあった。


「あら、気が付いたのね。よかった。やっぱり元気が一番よね。ご飯食べる?私、味はよくわからないけど、しっかり計量したからきっと大丈夫よ。お菓子だって同じでしょう?お菓子といえば、街にあった、飴。なんで葉っぱが入っていたのかしら。子供たちもおいしそうに食べていたし。ねぇ、あれ何の葉っぱ?やっぱり甘いのかしら。」


 ユーナは目の前のそれが何かはわからなかったが、声とその漂うポンコツ臭でチエだと気が付いた。どうやったのか、体中、おそらく服の下も含めすべてを魔札に包んだチエはルンルンと河原の東屋から出ていった。


 あらためて辺りを確認すると、ここは、河原の東屋。薄く敷かれた藁の上にはすぐ隣にクリトが寝ており、その頭の方にはサナの剣が立てかけられている。貧血なのか、ぼーっとする。一応離れた位置の床に雑魚寝と言えトーヤ以外と同衾はごめんだ。すでに窓からの差し込む太陽から見るに、まだ早朝。だるいな、と思いながら体を起こそうとしてバランスを崩す。右手の肘から先がなかった。それをみた瞬間、やっと頭に血が巡りさっきまでの死闘を思い出した。


「トーヤ、トーヤはどこ?」


 左手で体を起こし、続けざまにクリトの襟首をつかみ上げる。


「起きろ!トーヤをどこにした!」


 ガクガクと揺さぶられ、さすがに目を覚ましたクリトはそれでもやっぱりクリトだった。


「えっと、ごめんなさい、えっと、そのごめんさい、よくわからないけど、あのその、何とかできると、あの、多分頑張ると、その、あの、ごめんなさい」


「できるじゃなくて、するのよ!トーヤはどうした!精霊として錬成してくれるんでしょ!!」


 寝起きにも関わらずいきなり怒鳴られ揺さぶられても謝り倒してきたクリトを寝床に突き倒し、緑玉を探した。


 それは気が付けばすぐそこ、ユーナの枕元に立てかけられていた。


「あぁ、トーヤ、、、」


 それはひび割れ、すでに輝きも温もりも失っていた。ユーナには、それはただの壊れかけの杖にしか思えなかった。


「クリト、、、ほんとに、トーヤは助かるの?ほんとに、ほんとに助かるの?トーヤは、最後の瞬間まで私を守ってくれたの。私まだ何も返せていないの。この大好きって気持ちすら、受け取ってもらっていないの。」


 震える手を杖に伸ばすユーナは先ほどの凶暴さが嘘のように、不安な声ですがるようにクリトと杖を交互に見ている。


「えっと、あの、そのことなんだけど、あの、実は、その多分、もう、」


 ガンと思いっきり乙女の絶望をクリトの顔面にたたき落とした。


「言い訳なんか、聞きたくない!トーヤは私のために死んじゃったんだ。私なんかのために!」


 儚げな表情と裏腹にゴスっ、ガスっと乙女の拳からはあり得ない音を響かせながら、ユーナは涙を溢れさせた。


「え、あの、う、が、ちょ、あ、んぐ、ま、ぎぅ、って」


 なんだかリズミカルな声をあげながら、クリトも抗議らしきことをしているが、その程度でユーナを止められるわけはなく。


「トーヤ、、、わたしもすぐ後を追うね」


 たっぷり深呼吸3回分のリズムを刻んだユーナはすこし赤く濡れた左手で杖を抱くとふらふらと東屋のドアをくぐった。


「あらあら、やっぱり上手ねぇ。さすがに炎の眷属様ね。中火、強火とかは知識としては知っているんだけど、やっぱりどの程度がそうなのか、私よく知らないのよね。やっぱり餅は餅屋。プロに頼るのが一番よね。プロといえば、、あら、やっぱりおなか空いて待ちきれない?すぐよそってあげるわ。ユーナちゃんこちらにいらっしゃい。」


 河原に積んだ石で即席に作られた釜戸では、暖かそうなスープが良い匂いを漂わせている。そして、その釜戸の火のすぐ脇に、小さな、温かいモノが浮いている。それはユーナに気がつくとフワフワと近づいて来る。ユーナは何故か動けず、涙目でそれを見つめる。


「お帰り、トーヤ。」


 泣きながら、それでも笑おうとしたユーナはぐちゃぐちゃな顔でそっとその光を抱きとめた。




 その後、ユーナはズタボロで出てきたクリトに謝り、色々な後始末といくつかの決断をした。




 まずは討伐した黒骨騎馬と眷属多数の処理。黒骨騎馬は、鎧しか残って無かったけど、狼やら山猫やら鷲やら蛇やらの焦げたり割れたりした骨等は、聖堂に頼んでしっかり浄化。それにしても、いつの間にこんなに倒したのか。サナはやっぱり強いんだねぇ。後、報酬すげぇ。鎧はまぁ高いんだろうな、と思っていたけど、骨も触媒やらなんやらでわざわざ商都アバルトから人が来てトリスの街はちょっとした景気に沸いた。




 次に、トーヤの身体の浄化と埋葬。これは、聖堂の牛女、じゃなく、セーラさんにしてもらった。身体はボロボロに焦げていて、でも顔はほぼ無傷な、そんなトーヤだった身体をセーラさんは真っ赤になった目で見つめていた。清め、浄めた身体は最後に炎の英雄なんて名前を贈られて燃やされて行った。


「立ち登る煙が高くまで届くほど、死者は安らかに眠れるのですよ。」


そんな風に慰めてくれるセーラさんに、トーヤを精霊にして連れてるという秘密を抱いた私はどんな顔をして良いかわからず途方に暮れた顔をした。そんな私をセーラさんは優しく抱きしめてくれた。人間を精霊化するなんて方法がばれたら、クリトは間違いなく捕まる。良くて王都で監禁されて死ぬまで呪法の研究。悪くて、異端者として聖堂から即処刑。もちろん、トーヤは実験動物みたいな扱いだろう。そこまで悲しくない私は、事情を話す訳にもいかず頑張って悲しそうな顔で葬儀を済ませたのだった。




 それと、一つ目の決断。


 溶けたマギと割れた緑玉を使って、私の右手を作って貰った。鍛冶が出来ないクリトは、溶けたマギを剣に戻せ無いし、なんか、同じ金属を打ち直しただけじゃ、マギじゃない気がして、なんか、うん、これからもよろしくって思いで、クリトにお願いした。緑玉については、魔石としての純度はすごく高いが、魔力は既に空っぽ。この形だとボロボロ崩れて、管理が大変って事でどの道錬成が必要だった。ならばいっそ、マギと合わせてしまえって事で右手に錬成してもらった。足りない金属部分は、黒骨騎馬の鎧のカケラを使った。高価な材料過ぎて私の右手だけで街の半年分の税収を超えそうだな。




 二つ目の決断。


 ギラと別れた。いや、正確にはそうじゃないらしいんだけど、私の主観としてはサヨナラだった。


 精霊ってのは、基本的に眷属全てひっくるめて一つって存在なんだそうだ。その中でも極一部、たまたま、特別な意味を持ったモノが名前を名乗れるらしい。ギラにとっての意味はトーヤだった。だから、不安定ながら精霊化したトーヤに自分の存在を譲って、トーヤを火の眷属に迎える代わりにギラは名前を失った。だから、消えた訳でも、まして死んだ訳でも、むしろ離れてすらいないけど、もう会えないのだ。だから、トーヤの首飾りを持ってる私はちょっぴり炎の変換効率がよくなっている。そして、トーヤって意味を保たせるために、私とトーヤは契約をした。


 待って。契約って事はずっと一緒って事よね。しかも、トーヤは大体私の右手元緑玉にいる。精霊と人間の契約だから、文字通り一心同体、一蓮托生、一汁三彩、結婚生活、新婚初夜、えっと違う、なんかあの、とりあえず、そのこっち置いといて、そう、ギラと別れた。さみしい。悲しい。うん、以上。




 三つ目の決断。


 私は剣士を辞めて、魔術師になる予定だ。マギ以外の剣はなんか嫌かなってポロって言ったら、クリトが珍しく強気で相槌を打ってきた。だから、って訳じゃないけどなんとなく、剣士は卒業。元々才能無かったし。剣はトーヤについて行くための手段でしかなかったしね。だけど、力が必要だから、私は魔術師になる。だって足手まといは嫌だもの。




 それが四つ目の決断に繋がる。


 私は、二人の旅についていく。その為に力が必要だ。昨日やっと聞き出せたけど、サナはなんと、人造人間ホムンクルスだそうだ。なるほど。だから、たまにチエさんが入ってるのか。ただ、不完全だからクリト自身の魂の一部をサナに付与している上に、なんか呪いの様なモノをクリトは受けているらしい。ちなみに、チエさんは、本物の人間のチエおばあさんが遠い国から持って来た薄い本スマートフォン?みたいなモノから生まれた神様らしい。まぁ、チエさんの言うことだから、なんか盛ってるんだろうな。断固としてお姉さんで通すし。要するにまだ詳しくは聞けて無いけど、サナをマトモな人間にする為に、二人は旅をしているのだそうだ。つまり、上手く行けばトーヤも人間に戻れる!乗るしかない、このビッグウェーブに!何故か説得が終わった頃にはクリトはズタボロだった気もするけど、細かい事は気にしない。なんかいつも通りな気もするし。トーヤ、もう少し待っててね。




 それで、最後の後始末。


 旅に出る為に、街の皆にお別れを言った。


 ここは、私の第二の故郷。色々料理を教えてくれた宿屋のミレイさん、お洒落を教えてくれた酒場のケイさん、悪いことをした時は本気で叱ってくれたマルロさん、マギと引き合わせてくれた鍛冶屋のガントさん、それと、ケイト、ミーナ、アル、、それから、それから、他にも沢山のヒトに支えてもらった。もちろん、ライバルであり、姉代わりでもあったセーラさんにも。一人で大丈夫って心配されて。だから、右手が恋人ですって言ったら、いきなり表情が抜け落ちて物凄い真顔になって、それはやめなさいって、怒られた。やっぱり、出し抜いてトーヤと一緒になったのに気が付いて怒ってるのかな。あとなんか、ヒゲの似合わないヤツも泣いてたけど、どうでもいいか。私は、今日から旅に出ます。






 それと、蛇足になるけど、決断をもう一つ。


 魔術師になる為に、トーヤに弟子入りしました!

 天才を超えてやる!私の伝説はこれからだ!

 今度こそ、トーヤに追いついて、惚れさせてやるんだから!待ってなさい、トーヤ!!



〜〜fin〜〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣と魔法とおばあちゃんの知恵袋 まお @tanamao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ