41双子の決意

 彰人は、家庭教師として、週に三日、双子が住む祖母の実家を訪ねていた。編入試験を合格するための勉強を始めた双子のやる気に、彰人は感心していた。もともと、中学のころから頭はいいと思っていたが、今回は自分たちの将来がかかっていると自覚しているのか、勉強への意欲がとてつもなく強かった。彰人が与えた課題に対して、文字通り全力で取り組んでいる。わからない問題には積極的に質問して、理解できないところは徹底的に説明を求めた。


「この問題のこの部分の意味がわからない。」

「それは、本来の意味ではなく、意訳して使うとわかりやすい。」


「この数式を使うことはわかるが、どの数字を当てはめれば……。」

「数式の定義を思い出してみればいい。」


 彰人は双子が熱心に問題に取り組む様子を見て、うれしくなった。いつからだろうか。彰人は双子が彼らの母親が家庭を壊したことを知りつつも、助けてやりたいと思うようになっていた。そして、現在、双子の助けになっていると実感していた。


「でも、俺はただ勉強を教えてやっているだけ。本当に必要なのはお前らのやる気と努力だ。」


 きっと、双子はこれからたくさんのことを学んでいくだろう。ミツキはこのまま受験勉強を続ければ、K学園の編入試験は合格できるだろう。念願だった、二人で高校に一緒に通う、という希望が叶うことになる。


 自分の役目がそろそろなくなるなと、双子の役に立てたことがうれしい反面、寂しいと思う気持ちもあった。




「今日はここまでだな。課題はこのプリントだ。次回は…。」


 いつものように授業が終わり、終わりを告げて帰ろうとする彰人にミツキが声をかけた。


「俺達の学力はどうだ。編入試験に合格しそうか。」


 彰人は返答に迷っていた。双子の編入試験にかける思いは勉強を見ていた彰人に充分に伝わってきた。そして、その成果があり、すでに高校1年生の問題の範囲の勉強を網羅するまでとなった。すでに彰人に教えられることは少なくなっていた。きっと後一カ月もしたら、本当に教えることはなくなるだろう。


「あ、あ。」


 ヒナタが彰人の肩をとんと軽くたたく。そして、口を開いて言葉を発しようするが、やはり声にならなかった。ヒナタも自分が声を出せるとは思っていなかったのだろう。スマホに改めて、伝えたい言葉を入力する。




「彰人さん、好きです。この気持ちはきっと恋だと思います。」


 スマホを目の前に掲げられて、彰人はそこに書かれているメッセージを読む。そこには、思いもよらない言葉が並んでいた。


「な、なにを。」


「ふふふ。」


 ヒナタは嬉しそうに笑っていた。その隣では、ミツキがしてやったりと顔をしている。性質の悪い、いたずらのようだ。こんなことが許されるのは、俺だからだと、彰人は双子を叱ろうとした。


「おまらいい加減に。」


「チュッ。」


 彰人の言葉はヒナタの行動によって遮られた。彰人は自分の唇に感じる温かく湿った感触に目を見張る。そっと離れると同時に、また同じように温かく湿った感触が唇を覆う。


「ごちそう様。」


 二回目は弟のミツキの唇だった。


「これだと俺はヒナタと間接キスしたことになるな。」


「僕たちは冗談でこんなことはしませんよ。」


 彰人は戸惑っていた。自分にはすでに心に決めた女性がいた。もし、双子が自分に恋愛感情を持っていたとしても、受け入れることはできない。それに、彰人には思い当たることがあった。


「それはきっと、恋じゃない。お前らは俺がヒナタとミツキを認識していて、それがうれしくて、勘違いしているだけだ。これからはもっとそんな人が増えるだろう。そんなことでいちいちこんな告白していたら、身が持たないぞ。」


「そっか。そうだな。彰人には確か恋人がいたんだよな。」


「知っていたけど、これはこれできついね。」


 部屋の空気が気まずいものに変わっていく。その雰囲気に耐え切れず、彰人は笑い飛ばす。


「大丈夫だ。この俺が保証する。お前らには、俺以外に愛してくれる人に必ず出会える。だから、そんな悲しそうな顔をするな。いつもの、ふてぶてしい顔をしろ。」


 彰人が場を和ませようとしているのがわかった双子は顔を見合わせる。そうだ。彰人はそういう優しい人だった。


「ありがとう。編入試験頑張るよ。」


「絶対に二人で一緒の高校に通ってやるよ。」





 双子は彰人へ告白してふられたことで、決意を新たにした。なんとしてもK学園の編入試験に合格して、一緒に高校に通うことを。

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