40新たな道

 学校から祖母の家に帰ると、玄関には自分たち以外の靴が置かれていた。男物の靴であり、誰か来客が来ているのだろう。誰かはわからないが、この状況で家にまで上がりこむ図々しい神経の持ち主が誰か気になった。


「すいません。突然お邪魔してしまって。ただ、ヒナタ君とミツキ君のことが心配でいてもたってもいられなくて。ついお邪魔してしまいました。」


「いいえ、孫を心配してくださって大変うれしいです。きっと喜ぶと思いますよ。」


 懐かしい声だった。リビングから聞こえる声に思わず中をのぞいてしまった。


「ヒナタか。久しぶりだな。ごめんな、連絡をくれといったのは俺なのに、連絡を待たずに家まで上がり込んでしまった。」


 ヒナタに気付いた彰人に声をかけられ、急いで鞄からスマホを取り出し、文字を入力する。


「それは全然構わない。来てくれてうれしい。」


「俺たちも連絡をしようと思っていたところだ。」


 ヒナタが文字を入力するのと同時に、その場にいたミツキも返事をする。二人同時に返事をされて、彰人は微笑んだ。


「よかった。お前たちから連絡がなかったから、もう、俺はお前たちからいらない認定されたのかと思っていた。」


 そして、ほっとした表情を見せた。ミツキは彰人の来訪に喜びを隠し切れなかった。自分たちから連絡をしようと、何度も思っては、スマホの送信ボタン、着信ボタンを押すことができなかった。


 それなのに、彰人はわざわざ自分たちのところまで足を運んでくれた。急に今までの思いがあふれ出してしまった。彰人なら話を聞いてくれると思った。もっと早く連絡を取ればよかった。

彰人のほっとした様子を見て気が緩んでしまった。瞳からは今までの悲しみや怒り、恨みが透明な水になって流れ落ちる。


「よく頑張ったな。その小さい身体で。」





 突然泣き出したミツキに祖母は驚いたが、彰人が驚くことはなかった。まだ高校1年生なのだ。家を燃やされて、話を聞く限り、ヒナタもショックで声が出ない。さらには、正気を失ったとはいえ、母親を失ったとなれば、どれほどの心労がこの小さい身体にのしかかるか、想像に絶する重圧だろう。


 彰人はその小さな身体を抱きしめた。小さな身体といっても、すでに彰人の身長を越えていて、身長だけ見れば、立派な成人男性だ。ただし、線は細いし、心はまだまだ幼い。


「お、おっ。」


「ヒナタもおいで。」


 ミツキにつられて、ヒナタの瞳からも透明な水があふれ出す。彰人はミツキを抱きしめながらも、ヒナタもおいでと手招きする。ヒナタは、ガシッと彰人に抱き着いた。三人はしっかりと抱き合っていた。


「おばあさん、部屋を貸してもらってもいいでしょうか。」


「構わないよ。二階にミツキとヒナタの部屋がある。しっかりと話を聞いてやるといい。」


「ありがとうございます。さあ、お兄さんが君たちの話を聞いてやろう。」


 お礼を言い、双子を茶化しながら、彰人は右手にヒナタ、左手にミツキの手をつないで、二階に上がっていく。


「ヒナタとミツキは良い友人を持ったものだ。あの娘もそんな風に心配してくれる人がいたら変わっていたのかね。」


 二階に仲良く上がっていく三人を見ながらつぶやいた祖母の独り言は、部屋に静かに響き渡った。




 三人はヒナタの部屋に来ていた。部屋の中央にある机に三人は身を寄せる。しばらく無言の時間が続いた。


「まずは、ヒナタとミツキはこれからどうしたいんだ。」


 最初に話を切り出したのは、彰人だった。


「どうしたいんだと言われても、突然の出来事でまだしっかりとは考えられていない。」

「僕は、できればミツキと一緒に高校に通いたい。」


 ヒナタとミツキはそれぞれ、別の答えを彰人に伝える。


「一緒に通いたい、か。」


 彰人はその言葉に興味を示した。ヒナタは変わり始めている。思っていることをきちんと言葉にするようになったと彰人は感心する。


「そうだな。その希望をかなえることは難しい。」


「あ、当たり前だろう。そんなことヒナタもわかって……。」


「難しいというのは、K学園の編入試験だ。話は簡単で、ミツキがK学園に編入すればいい。幸い、お金はあるんだろう。お前らが将来のために使おうとしていたことは知っている。その将来というのが今だと思う。」


「でも、そんなことできるわけ……。」


 ミツキはあくまで彰人の言葉を否定する。


「ミツキは何をためらっているんだ。本当はヒナタと一緒に高校に通いたいんだろう。」


「当たり前だ。だからって、そんな簡単に編入できるわけないだろ。だって、K学園での俺らの成績は……。」


 ミツキがためらっていたのは、何もK学園に行きたくないからではなかった。彰人に言われた通り、お金なら祖父の遺産と、父親の遺産があった。それでも足りない場合は奨学金という手段もある。問題は学力についてだった。


「そこまで言うのなら、彰人さんには、また僕たちの家庭教師をして欲しい。」


 ミツキの思考を遮ったのは、ヒナタだった。ミツキの肩をたたき、彰人にスマホの画面を見せつける。


「いきなりだな。まあ、本当は高校に入っても、お前らの家庭教師をしてやろうと思っていたから、問題はない。俺がK学園の編入試験に受かるようにビシバシ鍛えてやる。ただ、し。」


 彰人は双子にある条件を突きつけた。


「俺に隠し事はしないこと。それと、二度と今みたいに入れ替わりみたいなバカな真似はしないこと。この二つが守れるなら、引き受けてやってもいい。しかも、無料で勉強を見てやる。」


「それだけでいいのかよ。そんなに簡単に引き受けていいのか。俺らの成績じゃあ、いくら頑張ったって。」


「ミツキはそんなことであきらめられるのか。このままだと、ミツキは中卒のまま、いつまでも自立はできないぞ。」


 彰人はわざとミツキをあおる言葉を投げかかる。ミツキだって本当はヒナタと一緒の高校に行きたいはずなのだ。それなのに、学力の面で行けないとあきらめている。彰人は知っていた。中学から家庭教師をして彼らの成績は把握している。彼らが本気を出せば、決して合格できないことはない、と。

 要は、残る問題はやる気の問題なのだ。ミツキにやる気になってもらえば、後は自分がそれを伸ばすだけでいい。そう思っての言葉だった。




「さっきの言葉。」


 ミツキが低い声で言葉を紡ぎだす。


「お前が、俺をK学園の編入試験に合格させることができるっていう言葉に嘘はないのか。」


「それはお前次第だ、ミツキ。俺はあくまでお前のサポート役でしかない。ミツキの頑張り次第だな。ただ、お前が本気を出せば、合格できるということは否定しない。」


「わかった。その条件をのむ。だから俺の家庭教師になってください。」


 ミツキは彰人に頭を下げた。慌ててヒナタも頭を下げて、それからスマホを彰人に見せた。


「僕の家庭教師もお願いします。僕も学校の勉強についていけるに頑張りたい。」


「そうかい。それにしても、兄のヒナタは素直だなあ。それに比べて弟のミツキのひねくれたこと。」


 その言葉にイラっと来たミツキは言い返す。

 

「素直じゃなくて悪かったな。そんな俺をやる気にさせたんだ。絶対に俺を合格させろよ、彰人せ、ん、せ、い。」


「かしこまりました。全力で教えさせていただきます。」


 話の最後には三人の顔には笑顔が広がっていた。彰人と一緒なら、この先、どんな困難があっても乗り越えられると思った双子だった。 

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