39周囲に目を向けると
双子の母親、水藤あずさの葬式は、近親者のみで行われる「家族葬」という形式で行われた。天気は快晴で、雲一つない澄み切った青空が広がっていた。
放火ということもあり、マスコミが押し寄せてくるかと思っていたが、お通夜も葬式当日もマスコミの姿は見当たらなかった。そのため、あずさの葬儀は静かにたんたんと行われた。
「マスコミがいないなんて、俺達にはうれしいが、なんか不自然だな。」
「……。」
無事に葬式が終わり、火葬場で母親の遺体を焼却するのを待っていたミツキは疑問を口にした。確かに今回、母親が亡くなったのは放火が原因であり、犯人も特定されている。それなのに、マスコミが訪れないのは不自然である。
「お前らが気にすることはないぞ。どこかの誰かが裏でマスコミを買収したんだろ。」
話に割って入ってきたのは、彰人だった。喪服のスーツに身を包んだ彰人は、双子が座っていたソファの隣に腰かける。
「そういうことにしておくよ。詮索すると、当人が困りそうだから。」
「そうしておくれ。」
彰人は、続けて話し出す。
「それから、何かあったら、いや、何かなくても、話したいことができたら、いつでも俺を頼ってくれていいからな。遠慮なんてなし、だ。」
「ありがとうございます。」
「あ、あ。」
「ヒナタは無理して話さなくていい。お礼はありがたく受け取っておくから、絶対に何かあってもなくても、落ち着いたら連絡してくれよ。」
彰人に念押しされて、双子は苦笑した。面倒見の良さは、家庭教師を辞めてからも変わっていない。そのことがうれしいと同時に、自分たちだけのものではないことに少しの悲しさを覚えるのだった。
ヒナタの声は、病院を退院しても戻ることはなかった。心理カウンセラーによる診断によると、身体が健康でも突然声が出なくなる症状はおこるという。原因は心理的要因が絡んでいる。心の問題をなくすことで、ある日突然声が出ることがあるらしい。
「きっと、家を目の前で焼かれてショックを受けているのでしょう。今は声が出ないですが、徐々に現実を受け入れるしかない。今はまだショックを引きづっているのでしょう。」
声が出なくても、時間だけは経過していく。いつまでも学校を休んでいるわけにも行かなった。
不幸中の幸いというべきか、放火にあったのは、冬休み目前であり、そのままヒナタたちは冬休みに突入した。そのため、出席日数を気にすることなく、双子はしっかりと休養を取ることができた。
冬休み明けの始業式の日、ヒナタはK学園へ向かうための準備をしていた。足の方は完治とは言い難く、松葉づえでの登校になるが、それでもせっかく入学したK学園を退学にはなりたくはなかった。
「本来なら、俺がK学園に行ければよかったんだがな。」
「大丈夫。僕はミツキのお兄ちゃんだから。」
ヒナタは、声が出ないことの対策として、スマホに文字を入力して話したいことを伝えるという手段を取り始めた。スマホは、祖母が必要だろうといって、契約してくれた。ヒナタとミツキに一台ずつ、個人のスマホがある。ヒナタは自分のスマホに文字を入力して自分の意思を伝えるようになった。
「こんなところで兄貴面とかしなくていいから。ほら、そろそろ時間だ。行ってこい。」
「行ってきます。」
ヒナタは、学校では、自分たちの家の放火事件が話題になっていると覚悟していた。驚いたことに放火事件にも関わらず、世間はこの事件をニュースで取り上げることはなかった。そうは言っても、さすがに当事者が通う高校内では多少の話題になっているだろうとは思っていた。
ヒナタが学校に着き、玄関で靴を履き替えていると、クラスメイトがヒナタに気付いて挨拶をしてきた。
「おはよう、水藤君。家が放火されて、大変な目に遭ったんだね。」
「おはよう、ヒナタ。足はもう大丈夫なのか。後、声の方は。」
話しかけてきたのは、相沢と杉浦の二人だった。しかし、二人の周りにはヒナタのクラスメイトがヒナタに話しかけたそうにウロウロしていた。後ろの視線に気づいた杉浦が声を張り上げる。
「ヒナタは今、声が出ないみたいだから、質問しても答えられないからな。ただし、話しかけてはいけないということはない。」
「い、行こう。杉浦君にあとは任せて。」
相沢がヒナタの腕を引っ張り教室へと誘導する。ヒナタは相沢に捕まれた腕が熱を持つのを感じた。今まで、こんなことはされたことがなかった。いや、正確には彰人に一度掴まれたことはある。あの時は何も感じなかったが、今ははっきりと感じることができた。
「あ、ああ。」
「どうしたの。そうか、水藤君は今、声が出ないんだったよね。」
慌てて掴んでいた腕を離して、ヒナタの方を振り返る。ヒナタは思ったことをスマホに入力しようとした。
「いつまで廊下にいるんだよ。せっかく俺が気を聞かせて先に行かせてやったのに。」
入力する前に杉浦に邪魔された。ムッとするヒナタに杉浦は笑い出す。
「面白いねえ。その顔、いいよ。もっとそういう顔を他の奴らに見せることをお勧めするよ。」
杉浦の言葉にヒナタは戸惑いを隠せなかった。いったい、自分は今どのような顔をしていたのだろうか。不安になり、相沢に視線を向けると。
「ううん。僕の方を見てもわからないよ。それはそうと、教室に急ごう。」
相沢にははぐらかされてしまった。しぶしぶヒナタは相沢と杉浦とともに教室に急いだ。
担任の佐々岡は、ヒナタのことを腫れものを扱うような対応をしていた。それがミツキにとってイライラを増大させた。自分を心配しての行為だが、それはなんだか自分がいかに優しい、いい先生かを演じているように見えた。相沢や杉浦、彰人のような心配している様子は伝わってこなかった。
「水藤、今回のことは気の毒だったな。でも、起きてしまったことは仕方ない。何かあれば先生に相談するんだぞ。些細なことでもストレスになる。悩みは人に話すと楽になるというだろう。」
「いえ、大丈夫です。心遣いありがとうございます。でも、こればかりは家族の問題なので。」
ヒナタはスマホに文字を入力して担任に見せた。話すことなどない。少なくとも、担任に話して気が楽になるようなことは何一つなかった。スマホの画面を見た担任は一瞬、安どした様子を見せた。それを見過ごすようなヒナタではなかった。やはりか、とヒナタは自分の予想が当たったことに落胆した。なぜ落胆したのかについては深く考えることはなかった。
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