双子～それでも二人は共に生きていく～

38それぞれの苦悩

　ミツキは自分の家が燃えていると知ったのは、バイト先でだった。急に自分の名前を呼ぶ店長を不審に思った。内容を聞かされて、身の毛がよだつ感じがした。最初は店長の冗談かと思ったが、冗談を言いあえるほど、店長とは親しくないし、何よりバイト中で仕事をしている。冗談にしては凝りすぎていた。店長の顔を見てすぐに真実だと理解した。

「今、病院から連絡があった。水藤、お前の家が火事で、一人が病院に運ばれた。」

「……。」

　言葉が出てこなかった。まさかと思った。とっさに何をいえばいいのか思いつかない。とにかく、ヒナタは無事なのだろうか。今日、家に居たのは確か、ヒナタと新しく来た家庭教師、それに母親の3人だったはずだ。それなのに、病院に運ばれたのは一人。早く病院に行って事実を確認する必要がある。

「いいわ。緊急事態だから、私があなたを病院に連れていく。早く支度しなさい。」

「ありがとうございます。」

　お礼を言うだけで精いっぱいだった。何を言っていいのかわからない。それほどにミツキは混乱していた。

　病院に駆けつけて、自分の名前とヒナタ、それに母親の名前を告げると、看護師はミツキをすぐに病室へと案内してくれた。

　看護師は簡単に病院に運ばれるまでの経緯を話してくれた。どうやら病室にいるのはヒナタのようだ。ヒナタは足の骨折とのことだった。

　病室に入ると、ヒナタは眠っていた。ミツキの他には、祖母が一人いるだけだった。祖母も連絡を受けて駆け付けたようだ。しかし、肝心の母親が来ていなかった。

「ばあさん。母さんは……。」

「ああ、まだ聞いていなかったんだね。あずさは。」

　祖母の目には涙が浮かんでいた。とっさに最悪の事態を思い浮かべる。まさか、とは思ったが、それでも事実は知る必要がある。

「母さんは。」

「火事で死んだ。」

「……。そう、か。母さんは、もう。」

　母親が死んだ。その事実に思ったほど衝撃を受けない自分に驚いた。母親には散々振り回された。母親のせいで人生が台無しにされた。選択肢を奪われた。それでも、自分を生み、育ててくれた親に違いはない。それでも、今までの仕打ちがひどくて、悲しむ気持ちは生まれてこなかった。

「そうそう、あんたの母親はこうなることを見込んでいたのか知らないが、これを死んだら渡してと言われたよ。何が書かれているのかわからないが、目を通すといい。」

　祖母はミツキに一通の手紙を渡した。封筒の表には「ミツキへ」と書かれていた。恐る恐る受けとり、封筒から中身を取り出し、内容を確認する。そこには、母親の今までの行動を詫びる言葉と謝罪の言葉が書かれていた。

「これ、は、かあ、さんの、遺書……。」

「そうみたいだねえ。まったく、最期まで私の娘は私に面倒事を押し付けてきた。昔からそうだった。あの子は本当に自分勝手で……。」

「かあ、さん。」

　ミツキは知らず知らずのうちに涙を流していた。自分の母親はどうしようもなく、自分勝手だった。自分勝手にふるまい、息子の選択肢を奪ってきた。それでも、わかってしまったのだ。彼女は本当に父親である夫が居なくてはどうしようもなかったことを。

「恨みも憎しみもある。でも……。」

　その恨みを晴らすべき人はすでにこの世からいなくなった。この中途半端な気持ちはどこにぶつけたらいいのだろうか。

「今回の件で、お前たちは両親二人とも亡くしたことになる。悲しいのはわかるが、前を向いて生きていくしかない。そのために、私も少しばかりは協力できると思うわ。」

　呆然としているミツキに祖母が話しかけてきた。ミツキは祖母の言葉に何を言っていいのかわからなかった。

「混乱しているねえ。でも、それは仕方ないことだ。ヒナタもこの状況じゃあ、冷静になれっていうにも無理がある。今日は、というか、これからは狭いけど、私の家に住むことになる。一度、休んでそれからまた、ヒナタの見舞いにこようかね。」

「そう、します。」

　ミツキは祖母の提案に賛成せざるを得なかった。一度、ゆっくりと現状を理解する時間が必要である。そのためには、どこか落ち着ける場所で考えをまとめることも不可欠。

「また見舞いにくる。それまでに何とか話をまとめておくよ。」

　ヒナタはぐっすりと眠っていた。足にはギプスが巻かれ、痛々しい様子だった。ミツキは祖母と一緒に病院を出て、祖母の家に向かうのだった。

　ヒナタが次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。目を開けると、見知らぬ天井が見えて、ここはどこだろうと思ったが、身体は動かせない。

「やっと目を開けた。」

　ヒナタの目の前に自分と同じ顔が映る。瓜二つの顔をしているのは、この世に一人しかいない。

「み、つ、き、か。」

　声に出したつもりだったが、それは音にならず、かすれた息遣いにしかならなかった。

「っ。」

「もしかして、声が出ないのか。」

「っ、あっ。」

　ヒナタは自分ののどに手を当てて再度声を出そうと試みる。やはり、先ほどと同じでかすれた息遣いになってしまう。

「そうか。俺はお前からいろいろ今回の事件を聞きたかったが、この状況じゃあ、無理そうだ。ヒナタも俺と同じように、今回の件の結末と今後を知りたいだろう。教えてやるよ。」

　ミツキは役者のように両手を広げて話し始める。ベッド横の棚には何やら手紙のようなものが置かれていた。

「これは、ある一人の女性が最愛の夫を失って壊れていく。そして、彼女の素行の悪さによって翻弄される悲劇の双子の話だ。」

　ミツキは、祖母から受け取った母親からの遺書と、今までの自分たちの生きてきた思い出を照らし合わせながら、話を進めていく。

「とまあ、今回の事件のあらましはこんな感じだ。」

　ミツキは役者を気取りながらも、冷静に今回の話の概要を話し終えた。

「ぼ、ぼ……。」

「無理に話す必要はない。俺も驚いている。まさか、母親の行動がすべて演技だったとは気づきもしなかった。」

「こ、ここ……。」

「まあ、これから大変なことになるのは間違いない。ああ、それと、ヒナタ、お前は少しの間、学校に行かない方がいい。声も出ないし、足もその状態じゃあ、通うのに不便だろう。」

　問題は、と続けるミツキの顔は悲しそうな、寂しそうな複雑な表情をしていた。

「問題は、オレが代わりに高校に通ってやれなくなったことだ。今回の事件で、俺たちの存在が世間に広まった。ヒナタ、お前が骨折したことも知られている。それなのに、骨折していない俺がK学園に通うことはできない。」

「ご、め。」

「謝ることはない。足はいずれ治るだろう。それについては医者とヒナタのリハビリ次第で何とかなる。それより、声の方だ。」

　ヒナタは自分の声が出ない理由になんとなく心当たりがあった。あの家庭教師、明石のことだ。結局、自分の家は全焼してしまったとミツキは話してくれた。全焼して、そこから二人の遺体が見つかったそうだ。

　明石と母親、遺体の身元検証の結果が出たらしい。明石のことは今でも生理的に受け付けられないが、それでも、母親の被害者だと知り心が痛んだ。母親もその家庭教師が亡くなって、自分は精神的に混乱しているのだ。さらに、このことを話して楽になることも許されない。

　ヒナタは苦痛の中にいた。声が出ないせいで、ミツキにも迷惑をかけている。ヒナタが思考している間も、ミツキは今後について話し続ける。

「まずは、どうにかして、声を出せるようにしなくちゃいけない。バイトのことは心配いらない。やめると言ってある。」

　ヒナタは自分の口から言葉が出ないことにいら立ちを感じていた。このままずっと声が出なければ、ずっとミツキに迷惑をかけ続けてしまう。それならいっそ。

「迷惑だなんて思う必要はない。俺達は双子だろう。お互いに困っているときは助け合うものだ。だから、物騒なことを考えるのはやめておけ。」

　こくり、とヒナタは頷いた。ミツキに自分の思考を勘づかれてしまった。自分は本来、ミツキの兄であるはずなのに、これではまるで、自分の方が弟のようだ。ヒナタは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。

「それでいいと思うぞ。」

　ヒナタの笑顔にミツキも同じように笑い返す。病室には和やかな空気が流れていた。

「ヒナタが怪我をして入院しているって本当だったのか。」

「よう、重症だっていうから、見舞いに来てやったぞ。」

　しかし、その空気は長くは続かなかった。第三者の乱入が原因だった。見舞いにやってきたのは、彰人と杉浦だった。