29新しい日常

 ミツキは結果的にA高校に合格していた。しかし、合格していたからといって、それですぐに入学できるというわけではない。入学するためには、入学金が必要であり、振り込みが確認できないと入学が辞退される。


「やっぱり、合格したのに、行けないとか、最悪だよなあ。」


 すでに春休みも終わり、いよいよ明日からK学園での生活が始まろうとしていた。K学園は、電車でも通える範囲にある私立高校である。男子校で、全国屈指の大学進学率を誇る高校として有名だった。


 双子が通っている中学からK学園に行く生徒はいなかった。私立ということで、学費も高く、なおかつ成績優秀な生徒しか入ることができないため、受験する生徒がいなかったらしい。


「それにしても、明日からヒナタと一緒に居る時間が少なくなるのか。変な感じだな。でも、俺も高校に行けるっていうなら、我慢するしかないな。」


「本来なら、一緒にA校に通うことができればよかったけど。そうそう、バイトの件はどうするんだ。」


 いよいよ新しい日常が始まろうとしていた。それにあたり、双子はルールを決めていた。まず、高校には2週間ごとに交代で通うことにした。2週間ヒナタが高校に行ったら、その後、交代で次の2週間はミツキが行くという形だ。


 それに加えて、双子はバイトを始めることにした。基本的にK学園ではバイトは認められていないが、それでも双子はバイトをしようと決心した。今はまだ、母親がお金を管理している。父が残した遺産がまだ残っており、祖父の残してくれた遺産に手を付けていないようだが、いつ手を付けてもおかしくはない。いざというときのための資金を今のうちに稼ぐ必要がある。


「今から探すよ。だって、俺たちまだ、入学式も終えていないんだぞ。そんなに焦っても仕方ないだろ。」


「そうだな。じゃあ、明日からお互い頑張るとしよう。」


 波乱の高校生活が幕を開けようとしていた。




 入学式は雲一つない快晴だった。ヒナタは、新しい制服に身を包み、鏡の前に立っていた。それをうらやましそうにミツキが見ている。


「やっぱり、一緒に通いたかったなあ。」


「それは言わない約束だろう。」


「すごい似合っているわ。匠さんはK学園卒業だったから、似合うのは当たり前か。」


 双子の会話に割り込んできたのは、母親だった。いまだに双子が自分の夫が姿を変えて自分のもとにやってきたと思い込んでいる。しかし、それで精神が保たれるのならと双子はすでに、訂正するのをやめていた。今も、母親の言われるがまま、反論はしていない。


「ありがとう。母さんも一緒に来るんだよね。」


「もちろん、この日のために、一張羅を買ったんだから。」


 そういった母親の手には、高校生の息子がいる母親には、少々丈が短い、露出度が高いミニスカート丈のスーツがあった。それを母親は入学式に着ていくようだ。


「………。」


 ヒナタは、母親が着ていくスーツに視線を向ける。そのことに気付いた母親が頬を赤らめる。


「だって、せっかく匠さんが若返ったのなら、私も若く見られた方がいいでしょう。」


「いや、お前はもう、40過ぎた婆だろ。」


「何か言ったかしら。偽物の分際で。」


「はあ、誰が偽物だ。」


「はいはい。喧嘩はそこまで。じゃあ、僕は先に学校に行くよ。母さんも時間に遅れないようにしてね。」


 チュッと母親の頬に口づけして、ヒナタは家を出ていった。残されたのは母親とミツキ。二人は睨み合っていた。





「まったく、どうして双子なのにこうも性格が違うのかしら。」


「お、お前俺たちが双子だって知って。」


「知っても何も、あなたたちは私の息子でしょう。バカみたい。」


 そうつぶやく母親は、父親と自分たちを重ねてみていた姿とは違っていた。しかし、それも一瞬だった。


「あらあ。匠。今日は入学式でしょう。急がないと間に合わないわよ。制服は。」


「あ、ああ。大丈夫。母さんも急いで。俺はすぐに支度できるから。」


 ミツキはいよいよ、母親のことが信じられなくなっていた。いったい、どちらの母親が本物なのだろうか。いや、どちらも本物なのだろう。


 バタバタと急いで家を出ていく母親を見送って、ミツキも重い腰を上げて、バイトの面接に向かう支度を始めた。

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