30入学式
ヒナタは、K学園に到着した。今日からここが、自分たち双子が3年間通うことになる場所だ。気合を入れていこうと深呼吸して、校門の中に入っていった。
すでに受験日と春休み中に一度、K学園に来ているため、初めての場所ではなかった。受験日は当然だが、春休み中の一回は入学説明会を兼ねていた。制服や体操服などをそのときに購入している。校門を抜けて、玄関に向かう。そして、一年生の教室が並ぶ廊下に向かって歩いていく。
「おはよ。」
各教室の廊下には、それぞれのクラスの名簿が貼られていた。それらを見ながらクラスを探して歩いていると、声をかけられた。振り返って確認すると、一人の男子がヒナタに向かって駆け寄ってきた。挨拶をしてきたのは、受験日当日に教室が一緒だった杉浦だった。
「おはよう。」
ぼそっと挨拶を返すが、特に話すこともないので、そのまま教室に入る。そのあとを追うように杉浦もヒナタと同じ教室に入ってきた。
「冷たいなあ。これから同じクラスで過ごす仲間だというのに。それにしても、本当にミツキとは一緒じゃないんだな。変な感じだ。」
「うるさい。」
一言、ヒナタは杉浦に返事をすると、自分の席を探して席に着く。席は名簿順になっていて、水藤ヒナタ(すいとうひなた)は教室の真ん中、教卓がある列の前から3番目だった。
「おっ、偶然だなあ、オレはお前の後ろの席だ。受験の時と同じ配置だな。改めまして、俺の名前は杉浦大地(すぎうらだいち)。これから一年間、同じクラスの仲間としてよろしくな。」
「水藤ヒナタだ。よろしくしたくないが、よろしく。」
すでにお互いに名前を知っているが、杉浦のノリに仕方なく、こちらも改めて自己紹介をするヒナタ。
「ヒナタか。ヒナタはどこの出身?オレはB市の第一中学だよ。」
「いい加減にしろよ。俺達は初対面じゃないんだから、そんなことを聞く必要もないだろう。」
わざわざ知っていることを聞いてくる杉浦にヒナタはいら立ちを隠せない。
「そんなこというなよ。心機一転ってやつだ。それに……。」
「キーンコーン、カーンコーン。」
杉浦が言い訳をしようとしたその時、タイミングよくチャイムが鳴り、教室に担任が入ってきた。そして、入学式が行われる体育館へと移動となった。
「新入生代表、渡辺和義(わたなべかずよし)。」
入学式が始まり、新入生代表挨拶に名前を呼ばれた生徒が壇上に上がる。その様子をヒナタはじっと見ていた。その顔には、何の表情も浮かんでいない。無表情というのがふさわしい、仮面でもかぶったような顔だった。その様子を興味深そうに杉浦は観察していた。
「K学園に入学できたことを誇りに思います。これから3年間、仲間と切磋琢磨して、勉学に励みたいと思います。」
新入生代表挨拶が終わり、その後も理事長の話や生徒指導の教師の話が続いた。ヒナタは早く終わらないかと退屈を持て余していた。しかし、それは他の生徒も同様で、あくびをする生徒もいた。
とはいえ、特にその行為をとがめられることなく、入学式は無事に終了した。入学式が終了し、新入生はぞろぞろと体育館から自分たちの教室に戻っていく。その流れに沿って、ヒナタたちのクラスも教室に向かう。
「では、まずは自己紹介からしていこうか。」
教室に戻ると、さっそく自己紹介が待っていた。入学初日なのだから、当然だろう。誰も担任の言葉に反論しなかった。
「最初にオレからだな。このクラスの担任の佐々岡英明(ささおかひであき)だ。よろしくな。担当教科は体育だ。何か困ったことがあったらすぐに相談してくれ。」
佐々岡と名乗った担任は、ヒナタの嫌いなタイプの人間だった。ヒナタは熱血感あふれた先生は苦手だった。ヒナタは他人に干渉されるのが嫌だった。しかし、こういう類の人間はそれを平気で乗り越え、干渉してくる。そして、いらぬ世話を焼いてくるのだ。
ヒナタは、これは要注意人物だと、担任を警戒する人間と位置付けた。自分たちが双子で、交代で高校に通っていることがばれないように慎重に行動しなければならない。
「じゃあ、名簿順に自己紹介をしてもらおうか。とは言っても、名前だけじゃあだめだぞ。そうだなあ。せっかく一年間このクラスで過ごすんだ。出身中学と、趣味なんかを話してもらおうか。」
さっそく、面倒なことを提案してきた。別に出身中学や趣味などを話すことは自己紹介では定番だが、ヒナタはそれすらも面倒に感じていた。それを言って、何になるというのか。
「だが、聞いておいて、損はないか。クラスメイトの情報が一度に入るいい機会だ。」
ヒナタはいいほうに考えるとして、クラスメイトが自己紹介するのを真剣に聞くことにした。
「相沢歩(あいざわあゆむ)です。S市出身です。趣味は写真を撮ることです。写真部に入部しようと思っています。よ、よろしくお願いします。」
一番初めに自己紹介をした生徒は、気弱そうな色白の背の低い男子だった。弱弱しそうな雰囲気にヒナタはイラっと来た。どうも、ヒナタの精神状態は良くないらしく、ささいなことでもイライラするようだった。
相沢から始まった自己紹介は、その後も続き、ヒナタの番になった。
「水藤ヒナタ(すいとうひなた)です。A市出身。趣味は読書。帰宅部希望です。よろしくお願いします。」
特に読書が好きというわけではなかったが、趣味がないというと、佐々岡から何か言われそうなので、無難に読書と話しておく。部活には入るつもりはなかったので、正直に話すことにした。
席に着くと、次は俺だとばかりに、杉浦が席を立つ。
「杉浦大地(すぎうらだいち)。S市出身。水藤ヒナタと同じです。中学は違うけど。趣味は女子の観察。ここは男子校で女子がいないのが難点だが、仕方ない。これから一年よろしく。そうそう、部活はテニス部希望。」
周りからどっと笑いが沸き起こる。なんてチャラい、いい加減な男だ。中学の時に知り合ったからと言っても、こいつとは友達になれそうにないとヒナタは思った。今後、こいつの話は無視しようと心に決めた。
それからも自己紹介が続いた。最後に自己紹介をしたのは、新入生代表挨拶をした生徒だった。
「渡辺和義(わたなべかずよし)。出身はD市。部活に入る気はない。」
入学式では優等生ぶっていたのだろうか。今、自己紹介をしている姿に壇上でのはきはきとした、りりしい姿を想像することはできない。猫をかぶっていたのだなとヒナタは思った。
「これで、全員の自己紹介が終わったな。これからよろしく頼むぞ。じゃあ、早速だが、クラスでの係決めをしようか。最初に決めるのは、室長、学級委員だな。」
自己紹介が終わり、続いて係決めが行われた。最初に決められたのは、クラス委員だった。しかし、高校生にもなって率先してクラス委員をやりたいという生徒はいなかった。そもそも、この学校は進学校であり、大学進学を目的に通っているのであり、面倒なクラス委員を誰もやりたいはずがない。
誰もやりたがらない様子を見て、担任は考え込むようにあごに手を置いた。
「誰もやりたくないかあ。仕方ない。こういうのは、定番だな、名簿一番の相沢に頼むとしよう。」
いきなりの押し付けに相沢はもちろん反対した。
「い、いや、そんな決めつけるように言われても。僕にはできません。」
「いや、この学校に来ている奴は優秀なやつばかりだ。本来誰がやっても大丈夫なはずだ。お前ならやれると先生は信じている。」
半ば強引に室長は気弱な相沢に決定した。
「じゃあ、今日のところはこれで終了だ。明日から本格的に高校生活の始まりだ。君たちとの一年間を楽しみにしているぞ。」
帰りのHRが終わり、クラスメイトが次々と教室を出ていく。
ヒナタはふと思い出す。そういえば、母親が入学式に来ていないなと。しかし、来ないなら来ないで面倒ごとにならないので特に気にすることはなかった。
入学式に出ずにどこに行っているのか、考えることはしなかった。
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