21彰人の思い

 祖父の執事との電話は、母親が部屋に入ってきて中断となった。いきなり通話を切ってしまったことに、双子は申し訳なく思ったが、その日はかけなおすことはしなかった。母親がまたいつ部屋に来るのかわからなかったからだ。


 母親が家にいる以上、下手に祖父や執事と連絡を取ることもできなかった。突然、連絡もなしに祖父の家を訪ねるのも気が引けて、祖父の詳しい容態も知ることなく、見舞いも行けず、時間だけが過ぎていった。




 祖父の執事からの電話の一週間後、双子は受験校について、いまだに悩んでいた。

 

「受験校を決めていないのは、僕たちくらいだけど、どうしようか。」


「俺に聞いてもわかるわけないだろう。受験校の他にも、決めなくちゃいけないことがある。じいさんを選ぶか、母さんを選ぶか。どちらにせよ、俺たちに明るい未来はない。しいて言うなら、どっちがましかということだ。」


「そうは言っても、受験校はもうすぐ決めなければならない。高校に行きたいなら絶対に必要だ。今の世の中、中卒じゃあ、仕事がないから、高校には行った方がいいだろう。高校の決め手は、そうだな……。」


 ヒナタは現実的に物を考えていた。いくら、ミツキと二人で生きていきたいといっても、中学卒業後の自分たちに仕事があるとは思っていなかった。将来、二人で生きていくにしても、まずは高校を卒業しなくてはならない。


「現実は厳しいな。」


「とりあえず、高校の話は置いておくとして、一度、おじいさんの様子を見に行った方がいいな。おじいさんの容態次第では、受験校も変わってくる。」


「賛成だ。じいさんは金を持っているからな。」


 

「それじゃあ、まずは執事さんと連絡を取ってみるか。幸い、携帯電話に着信履歴が残っている。かけなおすことは可能だ。」


「問題はいつかけるかだが……。」


「それだけど、そもそも、母さんに監視されているのは家の中だけだから、学校帰りにでも電話してみればいいと思う。」


「その手があった。」


 双子は一度、母親の目を盗んで祖父の家に行くことに決めた。家の中での行動は監視されているようだが、屋外なら携帯電話を使って、祖父や祖父の執事と連絡を取れると、今更ながらに双子は思いつく。そんな簡単なことにも頭が回らないほど、双子は精神的に追い詰められていた。





 結城彰人は、夏休み以降も双子の家庭教師を続けていた。この日も、いつものように双子の家庭教師をするために家を訪れていた。


 母親は、彰人が家に来てくれることをとても喜んでいた。家庭教師代を払うことに迷いはないらしい。しっかりと一人分の代金を支払っていた。


「勉強はヒナタだけ見てくれれば大丈夫です。」


 そんなところは、しっかりと覚えているようだ。しかし、彰人は一人分の代金でも、双子の両方の勉強を見ていた。


 彰人が母親に二人分の代金を請求することはなかった。

 



「ヒナタはどんな感じですか。匠さんが小さくなって戻ってきたときはどうしようかと思っていましたが、それでも戻ってきてくれただけで、私は幸せです。まさか、二人に分裂し来るとは、驚きましたが。」


「はあ。ヒナタ君は勉強面で問題はないですよ。ただ……。」


 彰人は、双子から母親のことは話に聞いていたが、実際に話を聞いてみて、背筋がぞっとした。双子の祖父も母親も本気で、双子が自分の孫や子供ではないと思っている。自分の夫が二人に分裂して戻ってきたと思い込んでいる。現実逃避の度が過ぎていて、彰人には彼らのことが理解不能だった。


「ただ、あずささんは、本当にヒナタ君だけを高校に行かせるつもりですか。」


 彰人は、自分の家族を崩壊させたこの女を憎んでいたが、すでに女の精神は壊れていた。これ以上、壊したところで何も満足感は得られない。

変わりに息子たちに何か復讐しようかと思ったが、悪いのは息子ではない。息子は息子で苦労していることがわかったので、彰人の中で、復讐という言葉は消化しきれないまま、胸の奥でくすぶり続けることとなった。


 その代わり、双子を何とかしたいという思いが強まっていた。このまま、母親や祖父のもとに双子を置いていたら、確実に双子も精神を壊してしまう。今でさえ、ぎりぎりの状態である。


 母親は彰人の言葉に首を傾げた。何を言っているのか理解できないという顔をしていた。


「どういう意味かしら。」


「そのままの意味ですが。ヒナタ君とミツキ君は、一人一人違う人間です。ヒナタ君もミツキ君も一人の人間なんですよ。そのことを理解しているのかという質問に変えましょう。」


「言っている意味がわからないのだけど。ヒナタもミツキも、匠さんで間違いはない。二人で一つの存在と匠さんが言っていたのだから、そういう存在なのでしょう。」


 どうやら、本気で双子を一人一人の人間と認識していないようだ。どうしたら二人のことを一人の個人として扱ってもらえるか。彰人は必死で頭を働かせていたが、良い案は出てこなかった。


「可笑しなことかもしれませんが、私にとっては、あの二人は、私の夫なのです。夫がせっかく私のもとに戻ってくれたのならば、一人は私と一緒に居て当然でしょう。二人が離れたらいなくなる、なんて夫は言うけれど、それは嘘。だからこそ、一人は私のもとに、もう一人は、年相応に高校に行かせてあげることに決めたの。」



 さも当たり前のように、とんでもないことを笑顔でさらっと言いのける母親は狂っていた。何を言っていいかわからず、あいまいに言葉を濁す彰人だった。



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