14夏休み①

 双子は、有言実行とばかりに夏休みを祖父の家で過ごしていた。終業式のその日に祖父の家を訪ねたが、祖父は文句を言うことなく、快く双子を自分の家に迎え入れた。


「それで、夏休みの間はおじいさんの家に泊めてほしいのですが、大丈夫でしょうか。」

 

 祖父の家を訪ねたその日、ヒナタは自分の母親と口論をしたこと、あまりにもミツキの対応がひどいこと、家庭教師をつけると言い出したことなど、終業式後の家での出来事を祖父に話した。


 ミツキは、自分のことだというのに、あまり話したがらなかった。それもそのはず、自分のことを話そうとすると、母親の言葉を思い出し、怒りを抑えることができなかったからだ。それを見越して、祖父への説明はヒナタが行った。


 祖父はヒナタの説明を聞いて、しばらく黙り込んでしまった。それでも、最終的に双子を夏休みの間、自分の家に泊めることに決めたようだ。




「大丈夫だよ。それに、私を頼ってくれてうれしい。あずささんも少し頭を冷やす時間が必要だと思うからね。夏休みとは言わずに、それ以降もうちに居ても構わないよ。」


 その後、予想外の質問を双子にした。


「その家庭教師の結城君に、君たちは以前にあったことはあるのかい。」


「いえ、母は父の知り合いの息子だと話していましたが、彼に会うのは、その日が初めてです。偶然、近くのスーパーであったというのですが、今思うと、なんだかできすぎている気がします。」


 ヒナタは、自分たちの家庭教師になるという結城のことを思い出していた。優しそうな顔をした大学生だった。ヒナタが無理に玄関の外に追い出した際も、自分たちのことを心配そうに見つめる瞳が印象的だった。


 同時に、偶然出会ってその流れから家庭教師を引き受けるということになるだろうか。そんな都合の良い話が合っていいものだろうかと疑問もあった。


「ヒナタの言う通り、できすぎた感があります。知り合いといっても、父の葬式では見かけませんでした。まあ、父の知り合いの息子ということだから、葬式に参列しないのは当たり前ですが。それでも、それなら、ほとんど見ず知らずの他人ということ。家庭教師を引き受けることはまずないでしょう。」


 ミツキもヒナタと同意見のようだった。祖父は双子の言葉に考え込むように目をつむっていた。しばらく沈黙が続いた。


「では、あずささんのことも気になるが、その結城という男も気になる。少し、結城という男について調べてみることにしよう。」


「お願いします。」




「それと、ここに住む際のルールだが、私の書斎に入らないこと、お手伝いさんのいうことをよく聞くこと、それ以外は特にないから、自由に過ごしなさい。あと、今後のことについてもよく二人で話し合うといい。私は前と意見は変わらないからね。君たちを引き取る準備はできている。」


 その日の話は終わりを告げた。そのまま、夏休みは順調に過ぎていくと思われた。双子も祖父に言われなくても、将来のことを考えていくつもりだった。




 双子は毎日一緒に過ごしていた。朝起きて、一緒に食事をして、一緒に勉強をして、夜寝る場所まで一緒だった。その姿を最初はほほえましく見ていた祖父の家のお手伝いさんも、あまりにも二人が一緒に過ごしているのを見て、途中からは気味の悪いものを見るような視線に変わっていく。


「顔が似ているのもあるから、二人が一緒に居ると、なんだか不気味に見えるわね。」


「確かに。でも、双子だから仕方ないわよ。一卵性の双子だったらなおのこと、顔が同じなのは当たり前でしょう。でも、それ以外で、なんだかあの双子は危うい気がするのよね。」


 祖父の家のお手伝いさんはこそこそと廊下で話していた。





「ヒナタは、本当にこの家のお世話になるつもりなの。」


「だって、そうしないと、ミツキは高校に行けない。それはさすがに困るだろう。」


「それは嫌だけど。どうにもじいさんを信用できないんだよなあ。」


 ある日の午後、双子は学校の宿題をしながら、今後のことについて話し合っていた。母親にはこの家にお世話になると話していたが、実際のところは決めかねていた。母親の本性を見た後に、祖父のことをすぐに信用しろというのは難しい。


「だったら、僕のところに来るのはどうだろう。」


 双子は、自分たちに与えられた二階の一室で宿題をしていた。祖父やお手伝いさんが部屋に入ってくることはあるが、それ以外の人が入ってくることはなかった。当然だろう。人の家に勝手に入り込む輩は不審者か、泥棒の類である。


 しかし、その不審者と思われる人間が突然、双子の目の前に現れた。


「やだなあ。そんなに警戒をしてもらっては困る。一度会っているだろう。もしかして、君たちは自分たち以外の相手には関心がないのかな。それでも、他人のことはもう少し気にかけた方がいいと思うけど。」


「ゆ、結城さん。どうして、こんなところに。」

「マジかよ。もしかして、お前はこの家の知り合いなのか。」


 双子は周囲に目を配る。何か武器になりそうなものはないか。窓から逃げることは可能か。結城の様子もしっかりと観察する。警戒した表情を見せる双子に結城は苦笑いを見せた。


「覚えているじゃないか。そう、僕は君たちの母親に言われて家庭教師をしようと思っているのだけど。いやあ、あれからずいぶん君たちのことを探したんだよ。だって、もう一度家を訪ねたら、母親しかいないから。それに、母親の方がすごい不機嫌でさあ。会って早々、ビール瓶投げつけてきたときは驚いたわ。」


 アハハと、結城はさらりと物騒なことを言い出した。母親の凶行は今更だが、それにもめげず、双子のことを探そうとしていた結城も危険人物だ。双子はそのように認識して警戒を強めた。



「母親のことは危険だとわかったでしょう。それなのになぜ、僕たちの家庭教師をしようと思っているのですか。僕たちにはお金がありません。家庭教師を引き受けるメリットがない。」


「メリットならある。どうしてかって。それは……。」


 手招きされ、しぶしぶ双子は結城のもとに近寄る。





「お前たちの母親が、俺の父親をたぶらかしたからだよ。」


 ハッと表情をこわばらせる双子。それを見て、結城は母親の素行を口にする。


「そんなに驚くことはないだろう。君たちの母親が昔はヤンキーで、男をとっかえひっかえしていたのは知っているだろう。知らなくても、そうなんだよ。それは結婚した後も変わらなかった。俺の父親はお前たちの母親にたぶらかされて、そのおかげで俺たちの家庭は崩壊した。だからこれは復讐だ。」


「それは物騒なことだ。」


「お、おじいさん。」


「まったく、私に接触してきたのはそのためか。それで、双子の家庭教師をしようというのなら、私がそれを認めよう。金は払うから好きなだけ勉強を双子に教えるといい。」


「有り難い。じいさんがこの双子の家庭教師として俺を雇ってくれるという契約が成立だ。」


「いいよ。面白い。その考えは実に面白い。存分に双子を鍛えなさい。将来の下屋敷家を継ぐ大事な息子たちだ。」



「ありがとうございます。」


「では、もう少し、双子に丁寧に説明をしてやりなさい。双子が戸惑っているだろう。今後のこともあるだろうから、そうだ。今日は泊っていきなさい。」


「お気遣い感謝します。お言葉に甘えて泊まらせていただきます。」



 双子は知る由もなかった。結城と祖父がグルになって、双子を母親から引き離そうとしていたことを。


 祖父は双子と結城を見ただけで、そのまま部屋から出て行ってしまった。その場に残された双子と結城の三人はしばらく無言で睨み合っていた。先に視線を外したのは結城だった。


「じゃあ、おじいさんの言う通り、君たちにわかるように説明を始めようか。」

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