13家庭教師
家に帰ると、玄関には見覚えのない、男物の靴が置かれていた。誰か、来客がいるようだ。母親が自分たち以外と交流を持っていて、わざわざ家に呼ぶということに驚きを隠せない双子だった。
「お願いします。どうか、ヒナタにしっかりと勉強を教えてやってください。」
「しかし、あなたの息子は二人でしょう。弟のミツキ君の勉強は見なくてもいいのですか。」
「ああ、いいですよ。だって、一人が父親と同じ高校に行ければ、それだけで私は満足です。それに、二人も高校に通わせるとなると、お金もかかりますし。」
「はあ。」
リビングで話されている会話をこっそりと聞いていると、進路相談の時と同じことを話している母親の声が聞こえた。相手の声は若い男性のようだった。勉強を教えるとか言っているが、いったい何者なのだろうか。
「やっぱり、ミツキを高校に行かせるつもりはないみたいだな。どうするミツ。」
ヒナタが声をかける前に、ミツキは行動を起こしていた。双子なのにどうしてこうも差別ができるのか。昔はそんなことはなかった。二人で一緒の習いごとに通っていたし、おもちゃも料理も、兄のヒナタと同じ分だけ分け与えられていた。それなのに、突然のこの仕打ち。おとなしく聞いて置けるはずがない。
「このくそばばあ。まだそんな戯言ほざいてんのか、よ。」
「こんにちは。君が双子の一人かな。初めまして。今日から、この家で家庭教師をやらせていただく、結城彰人(ゆうきあきと)です。」
ミツキの言葉は、母親の客人の男に遮られた。先ほどの話と今の言葉から、男が双子の家庭教師をするらしいということは理解できた。
「あら、帰ってきたのね。ちょうどいいわ。この人は、匠さんの知り合いの息子さんで、ちょうどいま大学生なの。たまたま、近くのスーパーであったから、家庭教師をしてくれないかと頼んだところなの。」
母親が男の正体を詳しく説明する。ただし、やはり、母親は狂っていた。
「そうは言っても、家庭教師はお金がかかるでしょう。だから、二人も見てもらうわけにはいかないの。だから、K学園に進学して欲しい、ヒナタの勉強だけを見てもらうことにしたの。」
「君たちのお父さんが、僕の父と知り合いということなので、一人分の料金で君たち双子、二人分の勉強を見ます、と言っているんだけど、聞いてくれなくて……。」
結城が苦笑しながら説明する。家庭教師の話など双子は全く聞いていなかった。そもそも、双子は成績優秀で、特に家庭教師や塾に行かなくても、先生からは問題ないと言われている。なぜ、今更、家庭教師を雇う必要があるのだろう。
「母さん、別に僕たちは家庭教師なんていらないよ。自分で受験勉強できるから、この人には申し訳ないけど、断ろうよ。」
「そうだ。それに、俺たち二人分の費用も払えないないなら、なおさらだ。わざわざ家庭教師のためにお金を払う必要はない。」
いつの間にか、リビングにはヒナタがいた。双子が家庭教師はいらないと話しても、母親の中で、これは決定事項のようだ。
「うるさいわね。最近、母親に対して、ずいぶん反抗してくるじゃない。全く、反抗期とはいえ、これ以上、母親に反対するなら、こっちにも考えがありますからね。」
一体、これ以上、双子に何をするというのだろうか。すでにミツキを高校に行かせないようにしていることや、ヒナタをK学園に進学させたいという無茶な要求を双子に強いている。双子の部屋の物を勉強用具以外、すべて処分している。
次は何をされるかわかったものではない。それでも、家庭教師はいらないと言わなければならない。自分たちの家庭の問題を、ただ父の知り合いの息子というだけの男に押し付けたくはなかった。
「まあまあ、そんなに怒らないでください。あずささん。ここで出会ったのも何かの縁です。何なら、無償でも構いません。双子二人の勉強を見ますから、落ち着いてください。」
「そんな。いけません。双子の面倒を見るなんてことをしなくてもいいですよ。ヒナタさえ、匠さんと同じ高校に行ってくれれば、私は満足なんです。それに、ただほど安いものもありません。しっかり一人分の費用を払わせてください。」
「それでは、あまりにも双子に差別的ではありませんか。K学園に行かなくても、二人が近くの高校に行くという選択肢はないのですか。」
「結城さん。あなたは何か勘違いしています。差別がいけないなんて言いますが、ではあなたは、今まで差別を受けてきたことがないのですか。双子とはいえ、一人の人間です。優秀な方が優秀な高校に行くのは当たり前でしょう。それが、ヒナタというわけです。」
「だから、それがおかしいといって……。」
「結城さん、でしたよね。一度、おかえりください。母は、父が亡くなって、精神が不安定なんです。もし、本当に家庭教師が必要なら連絡しますから、今日のところはこの辺にしてください。」
ヒナタは玄関へと結城を追いやった。これ以上話していてもらちが明かないことを理解したのだろう。その判断は正しかった。このまま話を進めていたら、母親だけでなく、ミツキの精神も壊れてしまっただろう。
「では、また来ます。大学ももうすぐ夏休みなので。」
双子の母親がおかしいと気づきながらも、この家にまた来ると言いながら、結城は帰っていった。結城という男に興味は湧くが、本音としては家に二度と来てほしくないというのが双子の本音である。
結城を追い出し、再び母親のところまで戻ると、母親は激怒していた。ヒナタが結城を追い返している間に、ミツキと言い争いをしていたようだ。ミツキも顔を真っ赤にして激怒していた。
「どうして、俺が高校に行かないってなるんだよ。ヒナタと俺の成績は同じだ。優劣つけようがない。」
「ばかばかしい。差がなくても、一人しか行かせないに決まっているでしょう。高校だってお金がかかるのよ。それをどうやって払えというの。」
「じゃあ、アルバイトしながら、高校に通えばいい。それに、奨学金を借りるという手もある。母さんには迷惑かけないようにする。それなら問題ないだろう。」
「問題だわ。二人分の弁当や洗濯は誰がするっていうの。二人より一人の方が楽。義務教育だから、我慢してきたけど、もう限界。」
「だったら、いっそのこと、 僕たちを手放してはどうですか。」
ヒナタが二人の会話に割って入る。ヒナタは祖父のことを思い出す。祖父は一緒に暮らそうと提案してきた。どうしようかと返事を保留にしてきたが、今の母親の言葉で決意は固まった。
「実は、母さんと進路について言い争った日に、おじいさんの家に行きました。そこで、おじいさんから一緒に暮らそうと言われています。」
祖父の話題を出すのは、母親の前では禁句だったが仕方ない。このままではミツキがあまりにも可哀想だ。母親の逆鱗に触れてでも、言わなければならない。
「返事はまだしていませんが、今日のミツキへの対応で心を決めました。僕たちはおじいさんのお世話になります。」
ミツキも母親も驚いて、言い争うのをやめた。
「どうしたの。ミツキ。驚いた顔をして。確かに、おじいさんは僕たちのことを見捨てた。父親が亡くなって、初めて僕たちに興味を示した。でも、それがどうした。母親なんか、夫が亡くなって、汚い本性を丸出しにした。どっちに転んでもだめなら、僕はミツキと一緒に居られる方を選ぶだけだ。」
ヒナタは、ミツキと一緒に居ることができれば幸せだと思っていた。母親と一緒にこのまま暮らし続ければ、それが危ぶまれることは確実だ。それなら、祖父と一緒に暮らした方がいい。ただそれだけだった。
「そうだ。それがいい。そうすれば俺たちは一緒の高校に行けるんだ。」
ミツキも祖父と暮らすことに賛成した。ミツキも母親の意志が固く、決定を覆すのは困難だと悟っていた。
「あのくそじじい。匠さんの次は私の息子をたぶらかして……。」
「とりあえず、僕たちは、今日からおじいさんの家に泊まるから。ちょうど今日から夏休み。いい機会だから、夏休みの間はおじいさんのところに泊まるよ。そして、今後のことを考える。母さんも、僕たちがいない間にどうしたらいいか考えた方がいい。」
「少しは反省しやがれ。くそばばあ。」
「ミツキ。それは言いすぎだ。じゃあ、母さん、お元気で。」
二人は家を後にした。母親は追ってこなかった。こうして、二人は再び、祖父の家に向かうのだった。
「殺してやる。殺してやる。いっそのこと、ヒナタもミツキもあのくそじじいも。」
部屋に一人取り残された母親の呪いの言葉は誰にも聞かれることなく、静かな部屋に響き渡った。
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