12終業式

 三者面談により、兄のヒナタは父親が通っていたという私立K学園に、弟のミツキは高校に行かせないという選択肢を突き付けた母親だが、その後の言動や行動はいたって普通だった。ここでいう普通とは、息子のことを父親と間違えないこと、突然ヒステリックを起こし、叫ばないことである。世間一般の家庭の普通とは異なっていた。


 まるで、三者面談後のやり取りがなかったかのように、いつも通りの毎日が続いた。嵐の前の静けさというべきだろうか。双子は、逆に普通すぎる母親の行動が不気味で気味が悪かった。


「おはよう。今日で一学期が終わるわね。通知表はしっかり母さんに見せるのよ。」



「わかってるよ。いってきます。」

「いってきます。」


 母親は、父親が亡くなったことをようやく認めたのか、祖父の家に泊まって以来、一度も双子を父親と間違えることはなくなった。やはり、日中はぼうっと過ごすことが多いらしく、家事が手つかずのまま、双子が帰ってくるまでやっていないこともあった。

 しかし、双子にとっては、自分たちのことを父親と間違えることがなくなっただけでも、ストレスが減ったのだった。



「はあ。いつもなら、夏休みってうれしいけど、今年は楽しめそうにないな……。受験生ということを差し引いても、だ。」


「部活もないし、家にいる時間が多いからな。」


 双子は通知表については心配していなかった。どちらも成績は優秀で、先生の受けもいいので、母親が心配するような成績をとったことはない。今回は家でいろいろあったが、勉強面についてはしっかりやっていたと自負していた。


「事故や事件に合わないよう、規則はしっかりと守って、楽しい夏休みにしてください。」


 終業式が体育館で行われた。三十度を超える気温の中、校長が夏休みを楽しみなさいと言っている。ほとんどの生徒は暑さでもうろうとしていて、話をまともに聞いていなかった。双子も例外ではなかった。蒸し暑い中、熱中症で倒れる生徒もいたが、何とか終業式は終わったのだった。




 教室に戻り、通知表をもらって、今日の日程は終了した。中学三年生で、受験生ということもあり、ヒナタの担任も、ミツキの担任も「夏休みこそ、勉強に差がつく時期だ、志望校に向けて勉強を頑張りなさい」というものだった。

クーラーもなく、窓を開けただけの状態では、涼しいはずがない。体育館よりは少しマシな程度で、熱いことに変わりはない。クラスメイトは適当に先生の話を聞いていた。


 無事に終業式が終わり、生徒たちは家に帰宅する。双子も同じように家に帰ろうとしていたが、各担任に呼び止められた。


「ヒナタ君。ミツキ君。この後、少しだけ話をしてもいいかな。」


「別に構いませんけど。話すことなんて何もないですよ。」


「そうそう。俺たちの進路決定権は母親にあるらしいので、何か聞きたいことがあるのなら、直接母親に行ってください。帰ろう、ヒナタ。」


「そういうことなので、僕たちは帰ります。さようなら。」


 二人の担任は顔を見合わせた。父親が亡くなって、心配で様子を見てきたが、最近の双子の行動はおかしかった。


「大丈夫でしょうか。このまま夏休み中、母親と一緒に居たら、双子が危ない気がします。」


 ヒナタの担任である男性教諭が不安を口にする。ヒナタの様子は傍目から見たら、いつも通りで、ほとんどのクラスメイトは異変に気付いていない。ただし、いつもは周りの行動を先読みして、相手のことを考えて行動しているのだが、それがなくなりつつある。

 空気を読まずにクラスメイトを怒らせることがしばしば起きている。特に高校の話題が出てくると、感情的になり、クラスメイトが傷つくようなことを平気で言うようになった。 


 クラスメイトは普段が完璧すぎるので、少しぐらいの暴言を逆に人間らしいと評価しているが、担任は違った。家で何かストレスを抱えているのだろうと考えていた。


「不安ですよね。でも、下手に介入すると、母親を怒らせてしまいますし、難しいところです。それに、実は私、あの双子が苦手なんです。双子だから仲がいいのはわかりますが、それ以上に依存しているというか……。」


 ミツキの担任の女性教諭も心配を口にする。


『とりあえずは様子を見るだけにしましょうか』


 結局、二人の担任は肝心なところで、何も行動を起こさなかった。そこまで、生徒に対して熱心に指導する教師ではなかったということだ。口では生徒を心配してはいても、生徒は所詮「赤の他人」である。いわゆる、面倒くさいことに巻き込まれたくはないという、人間だれしも持っている感情を優先した結果だった。


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