7家族会議

 家に帰った双子と母親は、休む間もなく先ほどの三者面談について話し合う。


「さっそくだけど、今日の面談についてしっかりと話し合う必要がありそうね。」


 先に話を切り出したのは、母親だった。


「僕たちもそう思うよ。でも、お腹がすいたから、夕飯を食べてからでもいいかな。腹が減ってはなんとやらだしね。」


「そういうものかしら。ちなみにあの人とも話し合わなければならないから、夕飯後の方がいいかもしれないわね。」


 まただ。また、母親の中では自分の夫が生きていることになっている。母親の夫、双子の父親はすでに亡くなっている。母親と双子の息子の前に現れることは二度とない。それでも、これは毎度のことであるので、双子は父親の死を改めて言うことはなかった。



「父さんのことだけど、今日も残業で遅くなるって言ってなかったっけ。だから僕たちだけで先に進路のことを話し合っておこう。あとで、父さんに伝えればいいよ。」


「そんなことを言っていたかしら。それにしても、最近、あの人は仕事が忙しいことが多くて、顔も見ていないわ。これだけ忙しいと過労死しないか心配ね。」


 そろそろ、残業という理由も厳しいかもしれない。しかし、それ以外にどんな理由で父親が家にいないといえばいいのだろうか。


 とりあえず、今回のところは納得してくれたようでほっとする。その日、珍しく、母親が夕食を作ってくれた。ただし、以前から料理は得意な方ではなかったが、父親が亡くなって、味覚もおかしくなったのだろうか。肉じゃがと卵焼きというメニューだったが、肉じゃがのジャガイモはしっかりと煮えておらず、ニンジンに至ってはかなり歯ごたえがあった。卵焼きは、砂糖と塩を間違えたかのように塩辛かった。


 精神が不安定な母親にまずい、などと口にするわけにはいかない。双子は黙って黙々と夕食を食べるのだった。母親は、そのまずい料理をおいしくできたといって、嬉しそうに食べていた。


夕食を食べ終えて、いよいよ三者面談についての話し合いが始まった。なんとしてでも、双子は、どちらも高校に行ける未来を勝ち取らなければならない。



「ヒナタから聞いたけど、ヒナタはK学園に行かせたがっているって本当かよ。それに比べて、なんで俺は高校に行かせないつもりなんだ。」


「だって、その方が、効率がいいでしょう。うちには二人も高校に行かせるお金がないことがわからないのかしら。二人がダメでも、一人なら何とか出してあげられる。だったら、優秀な方がよい高校に行って勉強して、悪いほうは働く方がいいに決まっているはずよ。そんなこともわからないなんて私は育て方を間違えたのかしら。」


 さも当たり前のように、さらっととんでもないことを言い出す母親。冗談で言っているわけではなさそうだ。


「そうは言っても、担任も言っていただろ。今の世の中、高校も行かないで働くとかありえないって。俺の将来はどうなる?息子は一人が優秀ならそれでいいのかよ。もしかして、今までも俺のことはただのおまけだと思ってたわけ。」


 ミツキは今までの母親の行動や今の発言で、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。次々に暴言を吐きだしていく。


「いい加減にしやがれ、くそばばあ。こっちはお前の気が狂っているせいで、どれだけ迷惑していると思ってるんだ。こちとら、お前が何もやらないせいで、家事全てを俺とヒナタで分担しやってるんだ。受験生で勉強しなきゃならないってのにありえないだろ。別に家事をすべてやれとは言わないが、日がな一日中ボケッと過ごしているのに何も家事をやらないとかただのくそニートじゃねえか。父さんが亡くなってからというもの、何もせず、ただだらだら無為に過ごしてきたやつに俺の将来を決める権利なんてありゃしないんだよ。そんなに決めたければ、誰かと再婚して他で子供でも作りやがれ。俺は俺で勝手に生きていくだけだ。」


 言いたいことをすべてぶつけて、ミツキは家から出て行ってしまった。玄関の閉まる音がやけに大きく響く。


 家の中にはヒナタと母親だけが取り残された。母親はそこまでミツキが反論するとは思っていなかったようだ。今の言葉にショックを受けたのか呆然としている。



「ミツキの言うことは至極当然のことだと思うよ。くそばばあは言いすぎだけど。そろそろ、現実を見て生きていきなよ。もう、頭ではわかっているんでしょう。父さんがもう二度と戻ってこられないところに行ってしまったことを。」


 ヒナタが母親を諭そうと肩に手を当てようとするが、それはすごい勢いで払いのけられた。たいそうお怒りのようだ。こちらも堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。



「あのバカ息子が。人がせっかく示した進路に歯向かいやがって。くそが、あんなの私の息子じゃないね。あんな反抗的な息子を育てた覚えはない。勝手にどこの子にでもなりやがれってんだ。ああ忌々しい。」


 ミツキに対しての暴言だったが、それが終わると、次はヒナタに矛先が向かった。


「ヒナタもヒナタだ。なんだってミツキにあんなことを言わせてんだよ。お前はあいつの兄貴だろう。兄貴なら弟の面倒を見るのが当然だろうが。母親に向かってあんな口の利き方ないだろう。口の利き方を教えるのも兄貴の役目だろ。どいつもこいつも使えない息子だな。まったく、くそみたいな息子二人を置いて先になくなっちまうなんて、あいつも最低だな。」


 話し方が変わっている。こんな話し方をする母親を始めてみた。もとはヤンキーだったのだろうか。そういえば、母と父はお見合い結婚といっていたが、どうやって結婚までの流れに至ったのだろうか。


 あまりの母親の変貌ぶりに、つい現実逃避のように違うことを考えてしまったヒナタである。もう、どうにでもなれという気持ちでいっぱいだった。



「母さん、その話し方が本来なの。まあ、どうでもいいけどさ。俺たちがくそ息子なら、その親もくそ親に決まっているよね。『蛙の子は蛙』っていう言葉もあるし。もう少し、考えてから話した方がいいよ。しかも、その話し方だと、いかにもバカな母親丸出しで、こっちも頭が痛くなってくるよ。よく、父さんが母さんと結婚したなと思うぐらい。」


 ヒナタも今回のことで、相当怒っているようだ。言葉の端々に嫌味が込められている。そして、ヒナタも話が終わったとばかりに家を出ていった。その前に自分の進路について言及することは忘れていなかった。


「僕もミツキと一緒で、自分の進路は自分で決めるから。母さんは好きにしていいよ。ただし、僕たちの進路については一切口出ししないでほしい。」


 家にはとうとう母親がひとり取り残されてしまった。まさか、ヒナタにまで反抗されるとは予想していなかったようだ。一人に残され、打ちひしがれると思ったが、そうでもないらしい。


「くそが、くそが。どいつもこいつも私に歯向かってきやがって。こうなったら、本気で再婚相手でも探すか。それとも……。まあ、まずは……。」


 何か、とんでもないことを考えていそうな顔である。母親は立ち上がると、キッチンからごみ袋を持ち出した。そして、二階にある息子たちの部屋に向かった。

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