閑話① 母親と父親の出会い
水藤あずさはその日、お見合いをしていた。あずさは、お見合いなどは、もてない男女がやるものであり、自分みたいな男に困ることがない女には無縁のものだと思っていた。
まさか、自分がお見合いをしていることは、昔の自分には想像ができなかっただろう。
目の前の男を見ながら、そんなことを考える。そうなると、この男も女性にもてない、いわゆる負け組なのだろうか。見た目はイケメンだ。背も高いし、スタイルもよい。家柄もよく、金はありそうだ。年もまだ若い。大学院を卒業して三年くらいといっていたから、年は28歳くらいか。それに対し、あずさの年齢は23歳で、それほど年が離れているわけではなかった。
あずさは、このお見合いで結婚しようとはつゆほども考えていなかった。男あさりが過ぎると母親に叱られ、仕方なくお見合いに参加している。自分は結婚を前提としたおつきあいをしている。そのことをアピールするためだけに参加していた。
だから、自分の母親の前で、「結婚前提のお付き合いをしている」ということを熱演してくれる男性だったら、正直誰でもよかった。それが終わったら、相手に振られたとでも伝えればよい。男に振られて傷心する自分の完成である。しばらくは母親も自分のことを心配してくれる。もちろん、あずさは男あさりを辞めるつもりはなかった。
「下屋敷匠(しもやしきたくみ)です。今日はよろしくお願いします。」
「水藤あずさ(すいとうあずさ)です。こちらこそよろしくお願いします。」
誰でもいいとは言っても、あずさは相手の経歴や年収、容姿などを確認していた。その中で見つけたのが下屋敷家の息子だった。下屋敷といえば、有名な金持ちの家系である。
そんな金持ちが、自分と結婚前提の付き合いをしていると紹介したら、母親はどんな顔をするだろうか。内心で、すでにこの男を落としたことにしていたあずさだったが、それは男の言葉によって打ち砕かれた。
「僕のことを金持ちだと思っているようで恐縮ですが、僕は下屋敷の家を継ぐつもりはありません。むしろ、下屋敷の性を捨てて、自由に生きたいと考えています。」
「私は別にそれでもかまいませんよ。家の力に頼らず、自分の力だけで生きていこうとするその考え方は嫌いではありません。」
とは言ったものの、あずさは内心がっかりしていた。下屋敷家という金持ちを紹介し、母親に結婚アピールをするつもりではあったが、玉の輿ができるかもと期待している部分もあったからだ。しかし、彼は家に頼らず、自分自身で稼いでいる収入がかなり多かった。
結果として、あずさは、お見合いで出会った、下屋敷匠という男と結婚することに決めた。普段の彼女では到底出会うことのない優良物件であったからだ。
しかし、あずさが結婚を決めた理由はそこだけではない。彼の自由に生きたいという思いに心を打たれたからだ。男あさりをしていた自分を封印して、下屋敷匠という男一人にしようと心に決めた。
二人はめでたく結婚した。しかし、皆に認められ、幸せな結婚というわけにはいかなかった。あずさの母親は結婚に賛成だった。まさか、自分の娘が玉の輿に乗れるとは思いもしなかったからだ。そして、自分の娘のただれた生活が更生され、男あさりが終わると思うと、男に感謝しかなかった。
反対したのは下屋敷匠側の両親だった。両親は下屋敷家の長男である匠に、自分の後を継がせたいと思っていた。それなのに、当の息子はどこの馬の骨とも知らない女と結婚して家を出ると言い出した。両親から見たら、あずさは息子を奪った泥棒猫同然である。匠には弟がいたため、後継ぎがいなくなったというわけではないが、どうやら弟の出来は良くなかったようだ。
結婚に反対され、さらにはそんな女と結婚するなら、お前との縁を切るといって、匠は実家から勘当されてしまった。
結婚式は行ったが、もちろん下屋敷家は来なかった。しかし、二人の間に子供が生まれると、途端に手のひらを返したように、孫に会わせろとせがみだした。匠は苦笑しながらも、あずさの目を盗んで孫の顔を見せに下屋敷家を訪れていた。
勘当されたとはいえ、匠は優秀な男で、会社に勤めて、仕事はしっかりとこなし、お金を稼いだ。あずさが専業主婦でも問題はないくらいか、多少の贅沢もできるような給料だった。
月日が流れ、二人の間に子供が生まれた。そのころから、あずさはどこかおかしな様子を見せるようになった。
生まれた子供は双子だった。匠も積極的に育児に参加した。しかし、平日は仕事がある。そのため、日中の面倒を見るのはあずさの役目だった。匠といるときは普通だが、匠がいない日中におかしな様子を見せるのだった。
あずさの家は、母子家庭であった。父親は誰だかわからない。母親はあずさの父親について話すことはなかった。あずさは、物心つくころにはすでに父親がいないという家庭で育ったために、父親がいなくても特に寂しいと思うことはなかった。
しかし、ある日、母親が珍しく家でお酒を飲んでいることがあった。その時にぽつりとあずさに対してつぶやいたのだ。
「あんたは私の血を受け継いでいる。だからこそ、男を選ぶときは気をつけな。そうしないと、私みたいになってしまうから。」
自分の父親について話したわけでもないのだが、その発言によって、あずさは、自分の父親のことがなんとなくだが想像できてしまった。今まで、父親や男についての話をしたことがなかった母親が、酒の影響か男について言及している。
この時、あずさは中学生三年生。進路についても決めていかなければならない大事な時期であった。しかし、母親の言葉は的を射ていたのだろう。あずさは、すでに男あさりをしていたのだった。
そして、そのせいで当然、受験勉強に身が入るわけがない。ギリギリ入ることができた高校でも、あずさの男あさりは止まることがなかった。奇跡的にお見合いで下屋敷匠と出会うまで妊娠することはなかったが、いつ妊娠してもおかしくないような行為もたくさんしてきた。
あずさが、そのような不良行為をし始めたのは、母親が過労で倒れたことが関係していた。母親は娘のために必死に働いていた。現在の景気はあまり良くはない。正社員になるのが難しい世の中であり、母親もまた世間の波にのまれていた。正社員として働くことはかなわず、いくつもの仕事を掛け持ちして懸命に働いていた。無理に働いていたのだろう。身体に限界が来て倒れてしまったのだ。あずさは、自分のために懸命に働いている母親の姿を見たくなかった。
「どうして、身体を壊すまで働くの。」
倒れた際にあずさは母親に問いかけた。自分にそこまでの価値があるとは思えない。あずさの問いに、母親は弱弱しくもはっきりと断言した。
「それは、あんたが私みたいにならないためだよ。お金があれば、世の中大抵のことはうまくいく。だからこそ、働いてお金を稼ぐしかないんだよ。」
今にも死にそうな青白い顔をした母親に言われてしまい、何も返す言葉が見つからなかった。
だからこそ、現実逃避をするために男あさりを始めた。悪い男とも付き合ってきた。高校を卒業するころには、近所で知らない人はいないくらいの有名なヤンキーとなっていた。
そんなことで、あずさは、自分がまともに子供を育てていることがおかしくて仕方がなかった。双子のヒナタとミツキをあやしていると、ふと思いだすのだ。自分がどんな人間なのかを。
夫がいない日中に突然笑い出したり、泣き出したりするのは、自分がどんな人間かを思い出した時だった。
幸いなことに、子供を虐待するという行動には至らなかったが、それでも突然笑い出したり、泣き出したりするのは普通の人間の行動ではあまりない。しかし、双子はそのころはまだ幼かった。母親の異変に気付くことはできなかった。夫も、自分の前では普通だった嫁の闇に気付くことはなかった。
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