ブヒりつつ、悩める姫
「私さ、本格的にフォーリーアーティストを目指したいんだ」
「あの、効果音職人のことだよね?」
「うん」
図書館で、熱心に調査していた職業だ。
「専門学校に行って、映像の勉強をするのが、私の目的なんだ」
「すごいです、沙和ちゃん先輩」
ミミちゃんが、バンザイをしながら音更さんを絶賛した。
「そのなんとかアーティスト、なれますよ。絶対! わたし、応援しますっ」
「ありがとうミミちゃん。でも、家が許してくれなくて」
仮にも音更さんは、理事長の孫である。いわゆる、お嬢様というヤツだ。そんな彼女が学校へ行きたがらないだけでも、家庭内は一大事である。
「それなりに調べたんだ。中卒から入れる専門学校は、一応あるって」
しかし、ほとんどの学校が要求する資格は、「高校卒業以上」だ。高校を卒業して、人並みの知識常識を身につけてから入ってくれと言う意味だろう。
お金を払うのは、親だ。やはり、説得する必要がある。
「高校生活をしている間、私の気持ちが枯れないか心配で」
「情熱が、強すぎるんだね」
「そうなんだぁ。入学当時から、学校がつまんなくてさ」
音更さんが、力なくうなずいた。
「棗くんと出会わなかったら今頃、不登校になっていたよ。今は、棗くんたちと一緒にいられることが、唯一の楽しみかな」
それは、うれしい。こんなフワフワした俺でも、音更さんの役に立ってるんだって。
「他の女子とかも、話してるじゃん」
「もう付き合い。向こうもわかってる。私が煮え切らない態度を取ってるって。誘われても、あしらってるもん。彩月ちゃんくらいだよ。同い年で話すのなんて」
本格的に、音更さんは女子の間で孤立しているらしい。
「キライじゃないんだけど、好きか? って聞かれれると、そうでもないかなぁ」
音更さん自身も、気にしているようだ。
「個人的には、好きなことだけに打ち込みたいんだよね。モタモタしていると、職人の席はなくなるだろうし。可能な限り、現場に立ちたい」
「ひょっとしてさ、この間の文化祭で、火が付いちゃった?」
「そうなんだよぉ」
おどけながら、音更さんは言う。しかし、まなざしは真剣だった。
「どうしたらいいのかな? 進学した方がいい? それとも、専門学校でがんばった方が」
ミミちゃんは「どこへ行くにしても、後悔しない生き方って素敵です」と励ます。
「難しいな。オレは、進学した方がいいと思うぜ。高校三年の間にしぼむ夢なんて、その程度かなって」
対して、進藤は辛辣な言葉を吐いた。
「先輩は、沙和ちゃん先輩に成功して欲しくないんですか?」
「違うって。万が一失敗したら、取り返しが付かない。選択肢は多い方がいいって言ってるんだ」
「そう言えばいいじゃないですかぁ! ホントに口が悪いんだからぁ!」
「悪かったよ。とにかく音更さん、三年普通に生きなかっただけで、普通の感性から遠ざかってしまうんだ。クリエイターって案外、その普通が大事だったりする。それを、念頭に入れなよ」
不器用ながらも、進藤なりに気を使っているみたいだ。
「みんな、ありがとう。棗くんは、どう思う?」
俺は、何も言えない。「好き勝手やれ」ってのは違う。かといって頭ごなしに「進学しろ」だと、彼女の親と同じだ。
「結論を急ぎすぎじゃないか?」
「そうだ、ね。よく考えてみるよ」
あいまいな言葉しか、言えなかった。
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