第五章 修学旅行で、ブヒる姫

ブヒる姫と、進路

 家の中で、俺はスライムの音を堪能していた。作ってみると、案外愛着が湧くモノだなぁ。こういうのは。


 特に汚れてもいないノートPCとか、ゲーム機のコントローラーなどの上で、ついつい転がしてしまう。


 プチプチ、という音に癒やされている自分に気づく。


 個体を寝かせる工程がなければ、文化祭でも作れたのに。そしたら、妹も。


「おにい、ごはん」と、妹の謡子ようこが部屋に入ってくる。


 俺のスライムを、謡子はジーッと見つめていた。


「どうした謡子?」

「それ、気持ちよさそう」


 仏頂面ながら、興味はある模様。


「分けてやろうか?」


 定規でザクッと真っ二つにして、スライムを切り分ける。


「ほら」

「あんがと」


 特に拒否するでもなく、謡子は俺のスライムを部屋に持ち帰った。


 ブチブチとスライムを握る音が、謡子の部屋から伝わってくる。相当ストレスがたまっているようだ。


「メシだろ? 降りるぞ」

「そうだった」


 慌てて、謡子はスライムを自室に置いて食卓へ降りていく。



◇ * ◇ * ◇ * ◇



 文化祭の熱もさめやらぬまま、進路指導の相談会が始まる。

 といっても、高校へ進学する以外、俺は何も考えていない。

 放課後になり、ASMR部に集まる。


『ASMRで人は集中できる』という実践のため、期末の範囲に全員で取り組んでいた。


「音更さん、この間はありがと」

「え、どうしたのいきなり?」

「いやさ、妹の機嫌が直ったっぽいんだ。スライムのおかげで」


 俺が作ったスライムを、妹はいたく気に入っているようだ。


「そっかー。お役に立てたなら何よりだよぉ」


 音更さんが、「えへへ」と笑い、また作業に戻る。 


「棗くん、ちょっといい?」


 歴史のノートを取りながら、音更さんが珍しくヘッドホンを外す。


 俺も「ああ」とヘッドホンを耳から離した。


「前に電話したときさ、妹さんエライ剣幕だったよね?」


 音更さんはシャーペンの尻を、ノートの上でコンコンと跳ねさせる。


「いつもなんだ。将来、学者になりたいらしいからな。今が正念場らしい」

「それは大変だね」


 我が妹は、小六にして恐ろしくストイックなのだ。

 心理学者のメンタリズムDaisukeが影響してるとか。

「彼のような、人を成功へと導く心理学者になりたい」と、口癖のように言っていた。


「とはいえ、矛盾にも程があるよね。なんせ彼が提唱しているのは、『毎日イライラせずに自分を許し、ただその日を全力で生きようぜ』なのにさ」


「あんまり勉強にこだわりすぎててなぁ。こっちが気を使うよ」


 おかげで、進藤も我が家から遠ざかっている。


「勉強は、楽しみながらやるもんだよ。ピリピリしながら学んでも、ピリピリした覚え方しかできないからさ」


 多聞ちゃんの受け売りだけどね、と音更さんは続けた。




「私さあ、親と話したの。映像系の専門学校に行くって」


 俺の血の気が、引いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る