ブヒれる哀愁を求めて、悩む姫

「難しいね!」


 あの音更さんが、早くも音を上げる。

 ここまで大変だとは。


「撮影自体は、いいじゃない」


 加納さんのいうとおりだ。実際、映像は最高のモノが取れたように思う。


 俺たちがしたことといえば、海ではしゃいでいただけだ。それなのに、あんなにも儚く撮れるなんて。


「マジ天才、彩月さつきちゃん。映像スタッフの仕事に誇りを持っているだけあるよ。ただなぁ」


 背もたれに身体を預け、音更さんがうめく。


「その分、効果音のハードルが上がっちゃったんだよねぇ」


 ポニーテールの髪を、音更さんは乱暴にかきむしった。


「どの辺りが、気になっているのかしら?」

「つまり、『ああ。この音を聞くたび、あの娘を思い出すなー』とブヒれる音が欲しいわけよ」


 映像を流しながら、音更さんが解説する。


「最後のシーンあるじゃん。音が鳴ると、虚空を見上げるシーン。ここで、効果的な音が欲しいなと」

「そこまで大層な。音ってそんなに大事なの?」

「別に。私がこだわってるだけ」


 思っていた以上に、難航していた。

 主に、音更さんのこだわりが強すぎて。


「フリー素材とか、使ってはダメなのかしら?」

「それは考えたよ。ただ、トラブルが起きるか予測できないからね。お金を取るわけじゃないから、大丈夫だと思うけれど。作れるなら、作った方がいいかな?」


「効果音を集めたCDを使うとかは?」

「あるけれど一〇万以上するよ。プロ仕様だと」


 加納さんが、声を失う。音更さんにスタッフを任せたのは間違いだったかもと、思い始めているようだった。


 早くも、暗礁に乗り上げる。あと数日というのに。


「そもそもさぁ、『音』を作ろうとするからダメなんじゃね?」


 俺は、そう提案してみる。


「どういうことなん、棗くん?」



「つまり……『声』だったら?」



 音更さんが、ヘッドホンの耳を強くもみしだく。理解をしてはくれていそうだ。


「無声映画でしょ?」

「最後に一度だけ、『ありがとう』とか『だいすき』とかの声が流れるんだよ。写真か何かを見て、一緒に過ごした日々を思い出しながら、声が聞こえてくる、みたいな」

「だと、耳元でささやく感じがいいかもしれないわね。あなたがやってみせて」


 急に、加納さんから無茶振りが来た。


「俺がやんの?」

「沙和を説得できるのは、あなただけって聞いたわ」


 誰情報だよ、それ。


「えーコホン。いくよ音更さん」

「おっしゃ来いや!」


 両手を広げながら、俺のささやきを待つ。


「……ありがとう。だいすき」


 声を出さない、唇の動きだけで音を出す。


「ブブブブブブッヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 採用決定。

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