体育祭当日に、ブヒる姫

 ドンドンドン! と音更さんの太鼓が唸る。


 数日前のメイストームはなんだったのか。体育祭は予定通り開催された。


 俺はツインテールのカツラを付けさせられたまま、障害物競走の最中だ。網をくぐり抜け、跳び箱をジャンプ。平均台をダッシュで進み、最後は粉の中にあるソフトキャンディを探す。


 トップの選手が苦戦している中を、俺は出し抜いて一着に。


 だが、俺の見せ場はここまで。後は、進藤と音更さんの独壇場だった。



 昼休みとなり、俺たちは日を避けるため部室で弁当を食べる。


「すげえな、ぶっちぎりじゃん」


 進藤が、ミミちゃんに作ってもらった弁当をかきこむ。


「まだ油断できないけどな」


 お次は綱引きと玉入れ、騎馬戦だ。どれも団体競技である。


「特にクラス対抗リレーで、一気に追いつかれる可能性が高いよ」


 とはいえ、順位なんてどうでもいいんだけれど。


「それにしても沙和ちゃん先輩、学ラン似合いますね」

「だよねぇ。自分でもそう思うよ。いっそさあ、学ランのある中学に入ってもよかったかも」


 白学ランと白いハチマキ姿の音更さんは、ご満悦の様子だ。


「それは寂しいな。俺たち一緒になれないじゃん」


 俺は思わず、口走る。


「あ、う、うん。そうだね」


 頬をかきながら、音更さんも黙り込んでしまう。


「おいおい、いつからそんな密着する関係になったんだ?」


 進藤が、俺たちをからかった。


「もう先輩、ひやかしたらダメですよ。二人とも意識しちゃうでしょ? こういうのは、黙って見守るのがセオリーです。ゆっくり熟成して、機会ができたら一気においしくいただくんです。お料理と同じですよ」


 そういうミミちゃんは、進藤と進展がないのだが……。


「わ、私と棗くんは、ちょっと違うかなー」


 棒読みで、音更さんが否定する。


「その通りだよ、ミミちゃん。考えすぎだって」


 俺も便乗した。


「いえいえ。隠さなくて結構」


 全部知り尽くしていますよといったドヤ顔で、ミミちゃんは俺たちの発言を制止する。恋に恋したい年頃かな? まあ、本人もきっかけが欲しそうだし。


 そんなミミちゃんは、午後の部の借り物競走で「憧れの人」を引き当て、進藤と手を繋いで一着に。


 綱引き惨敗、玉入れは圧勝、騎馬戦は惜敗といったところ。


 最後のクラス対抗リレーで、勝敗は決する。


 だが、アクシデントは突然起きた。


「大変だ、クラス代表が騎馬戦で足をくじいた! 悪いが棗、お前が代わりに出てくれ!」


 落馬した際に、足をひねったらしい。


 まさかここへ来て、俺が参戦することになるとは。


「不甲斐ない。頼んだぞ棗」


 進藤に背負われながら、クラス代表は唇を噛みしめていた。


「お、おう。負けても恨むなよ」

「出られないのは負けと同じだ。オレはただ、貴公の武運を祈る」

「大げさな。まあ、いっちょやってみるさ」


 一年のミミちゃんから、バトンを引き継ぐ。グラウンドを一周し、音更さんにバトンを渡す。この段取りで行く。


 とはいえ、ミミちゃんは足が遅かった。くらいついてはいるが、ほぼビリまっしぐらである。


「はあはあっ、すいません先輩!」

「いいって。進藤じゃなくてごめんな!」


 バトンをもらって、猛ダッシュをかける。

 運動部所属には敵わないが、他のクラスには追いついた。どうにか、三位にもっていく。


「後は頼んだ、音更さん!」


 俺は、音更さんにバトンを差し出す。


 しかし、なぜか彼女は受け取ろうとしなかった。


「早くバトンを取って!」


「もう一声!」


 ここにきて、リクエストかよ。






「はあ、はあっ! 勝って帰ってこい」


 俺は、音更さんに荒い息でささやく。




「ぶっひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」




 なんだあれ……。グラウンドに、イノシシが現れた。砂煙を上げて、音更さんがコースを走り抜ける。カーブさえ意に介さず、運動部すら追い越していく。


 他のクラスも唖然としていた。音更さんに、あんなポテンシャルがあったなんて。


 結局音更さんのスパートは実り、三年が見事一着でゴールテープを切る。


 我が組の勝利で、体育祭は幕を閉じた。


「すっごい音更さん。なにあれ?」

「信じられない! 棗クン、どんな魔法を掛けたの?」


 制服に着替え終えた俺と音更さんを、女子が囲んでくる。


「ナイショだよ!」


 意味ありげな言葉を残し、音更さんはバックレた。


 俺も知ーらないっと。




 部室まで避難する。本当は、早く帰らないといけない。


 進藤は、ミミちゃんを連れて先に帰っている。


 が、「もう少しだけ勝利の余韻に浸りたい」と音更さんは言う。


「ご褒美ちょうだい、棗くん」

「報酬ったって、俺にはそんな高価なものはあげられないぜ」

「いいんだよ。気持ちで」


 俺の手に、音更さんが炭酸のボトルを乗せた。


「勝利の美酒だよ。かんぱーい」

「おう」


 プシュッと、ボトルを開ける。


「あーいい音。ご褒美は、炭酸を飲む音を聞かせてよ」


 言いながら、音更さんは自分の分を一口飲んだ。


「いつも聞いてるじゃん」

「そうじゃなくて」



 なんと、音更さんは俺のノドに耳を当てる。



「ささ、ハリーハリー」


 俺は、生ツバを飲み込みそうになった。

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