ブヒる姫の邸宅にお呼ばれしたら、銃声(?)が……
前に話していた、「懐メロを聞かせる」という話が、現実となった。
「受験を控えた妹が家にいる」と話したら、「じゃあウチに来なよ」と軽く返答が。
口約束だと思っていた。
まさか、本当に呼ばれることになるとは。
約束していた日曜日が来た。
俺は駅前デパートのショーウィンドウで、服装を整える。
「待った?」
白のワンピース姿という清楚な格好で、音更さんは待ち合わせ場所に。
「今来たところだ」
「そっか。じゃあ行こうか」
相手は、理事長の孫だ。さぞ豪華な家に住んでいるに違いない。粗相のないようにしないと。今からでもお土産を買っても間に合うか?
「かしこまらなくてもいいから。ホラ、着いたよ」
「え?」
辿り着いたのは、ごく普通の一軒家だった。変わっているのは、二世帯なくらいか。「音更」と「多聞」の表札が並んでいる。
「姉夫婦と暮らしているの。多聞ちゃんの家が遠いからって、『じゃあウチで住めば?』ってお姉ちゃんが」
部屋が余っていたので、そこに夫婦で暮らしているという。
「お邪魔します」
中に入ると、省スペースを有効活用していることが見て取れた。二世帯になったので、リフォームしたという。
「本当は祖父母を家に招く予定だったんだけど、向こうの住み心地がいいからって言うのと、私の両親の邪魔をしたくないんだって」
理事長が住むはずだった場所に、多聞先生夫妻が暮らしている。
「案外、広くないでしょ?」
「うん。そうだな」
「広すぎる家だと、掃除が大変だー、ってわかったの」
今の家は広すぎて、お手伝いさんが複数いないと回らないのだとか。理事長は結局、家を国に寄贈した。小さな家を買い直したそうな。
金持ち独特の、ぜいたくな悩みだ。
現在、旧家はオシャレな子ども園になっているという。
「素敵でしょ? 木製の階段を踏みしめる音とか」
感動するところが、若干ズレているような。
「ご両親と、多聞先生は?」
「お買いもの。赤ちゃん用の色々を」
唯一免許を持っている多聞先生が、車を出しているという。
「でも、まあ。変な気を利かせた……ってのもあるかも」
妙な勘違いをされているのでは、とのことだ。
「誤解されたままは、困るな」
「さすがにね」
人生初、女性の部屋にお邪魔する。
「緊張しすぎ。お茶入れてくるね」
音更さんが、席を立つ。
部屋を見回すと、棚に色んなモノが入っていた。
コンビニの袋が床に落ちている。片付いてないのかと思ったが、位置的に「意図的な置き方」だとわかった。クツで重しをしているからだ。それも、彼女が絶対に履くことがなかろう「男性用の革靴」で。
音更さんは、どこへ向かっているんだ?
しかも、フローリングの床に置いてある健康器具って。どう見ても「電動肩たたき」だよな。何に使うんだろう?
「お待たせ。市販のお菓子なんだけど、いい?」
コーヒーと一緒に音更さんが持ってきたのは、どこの店でも買える簡易版ラングドシャである。
「これでもぜいたくだよ。いただきます」
女性の部屋に招かれているのだ。それだけでも胸が一杯である。
持ってきたCDを再生して、雑談をした。
「この時代のドラムって、荒っぽいね。好きだなぁ。ギターのハウリングもさ、味があるよね」
昭和サウンド固有の演奏法は、今の音楽にはない生々しさがある。現代のデジタル音にも魅力はあるが、懐メロにしかない魂だってもちろんあるのだ。
「この部屋じゅうにある道具ってなに?」
「ああ。私ね、音を集めてるの」
効果音の出る道具を、探しているのだとか。
「たとえば、このコンビニ袋とかを、こうやってクシャクシャってやると」
ごく普通に、コンビニ袋がクシャクシャと鳴る音に聞こえる。
「ビニール袋を丸めている音にしか」
「だよね? では、これを踏んづけます」
音更さんが、男性用の革靴を履く。続いて、ビニール袋を絞って床に落とした。規則正しい音で踏みしめる。
「あっ。男性が草むらを歩いている音に、聞こえるかも」
「でしょ?」
この前に作ったスライムを両手で潰しながら、また音更さんが歩き出す。今度は早足で。
「水たまりを足でバシャンッてした音かな」
「うん。正解」
このように、自分でも音を立てて遊んでいるのだとか。
「こういう音を探しては、編集して素材にしているの」
「へえ、すげえ」と、俺は感心した。
自分で集めたり、作ったりしているという。
「まだ中学生だから、フリー素材で提供しているけれど、いずれは商品化したいなって」
「そこまで考えているのか」
「でも、両親は普通に学校へ通って欲しいみたい」
なるほど。俺は、彼女が時折見せる疎外感の正体を、垣間見た気がする。
どこか浮世離れしている感覚を、俺は音更さんから感じていた。その解答が、これなのかもしれない。
ピピピ、とスマホが鳴った。
電話に出ると、音更さんが急に焦り出す。
「ごめんっ。姪がグズりだしたから帰るって!」
「わかった。お邪魔しまし||あっ!」
コンビニ袋に足を取られ、俺は一回転に近い形でズッコケてしまった。
「危なわわあ!」
俺の後頭部をかばおうと、音更さんが覆い被さってくる。
ドン、と俺は背中から落ちた。
音更さんとの距離が、限りなくゼロに近づく。
呼吸音が、自分でも分かるくらいに激しくなっていた。
「ご、ゴメン! すぐにどくから!」
床を手が、何かを掴む。
ダダダダダダダッ! と、マシンガンの様な音が。
よく見ると、音を出しているのは例の「電動肩たたき」である。
「あの、これもひょっとして?」
「これをフローリングで作動させると、銃声になるんだって」
「へえ……」
俺の中にわき上がっていた熱が、急激に冷めていく。
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