たき火でブヒる姫
今日は校外学習で、たき火をする。
音更さんが、薪を組んで陣取っていた。着火剤である松ぼっくりも忘れない。ジャージ姿も様になっている。
「すごい沙和ちゃんっ、一発で火が付いた!」
他班が苦戦する中、我が班は音更さんのおかげですぐに着火成功。調理に取りかかる。
同じ班である女子二人とクラス委員の男子が料理を作る中、俺と進藤が、薪を運ぶ。
「火は完全に、君らに任せてよいのだな?」
我がクラス代表は、男子ながら料理の天才という盛りすぎ設定を持つ。なにあのみじん切りの動きは。見えないんだが?
「お、おう。むしろ料理はアテにせんでくれ」
一応作れるんだが、料理部エースの手を患わせたくない。音更さんの趣味を邪魔したくないし、クラス代表の趣味に口出しもできなかった。
「では、みじん切りしたタマネギを炒めておいて欲しい。飴色になるまで」
「がってん承知!」
カレーがおいしくなる重大な役割を、進藤が請け負う。
「俺たちが作っているのは、カレーだよな?」
鍋に山盛りと積まれたタマネギに火を通しながら、進藤はザクザクとかき混ぜる。
「ああ。一流レストラン仕様かな?」
カレーって、もっと簡単なモノだと思っていた。ホテルのスイートで出すわけじゃないんだが?
「ごめん手伝う」
火の番をしていた音更さんが、我に返った。進藤の作業を。
「おう、すまん」
「いいって。ああ、このタマネギが焼ける音もたまんない」
音更さんは慣れた手つきで、タマネギを炒める。
「焦がしたらヤバイぞ」
「だよね。クラス代表怖い」
言いつつ、音更さんは今にもトリップしそう。ピチピチという油の跳ねる音が、心地よいみたいだ。
「料理好きなの、沙和ちゃん?」
女子の一人が、一人ふけっている音更さんに問いかけた。
「全然。家でも作らないよ」
「へえ、意外。てっきり棗くんのお弁当とか作ってあげているのかと思った」
なんで、俺の名前が出るのか?
「ないない。私、ぶきっちょだからね。家でも作らせてもらえないの」
自分で食べる分は作っても、家族のために料理はしないという。
その後、俺の話題には一切触れずに、音更さんは調理を続けた。
「飴色って、こんなカンジ?」
音更さんが、クラス委員に聞く。
「うむ。まだ白い。もうちょっと頼む」
「はあい」
音更さんの腕が限界っぽいので、俺が交代する。
「火を見てていいよ」
「そうする」
オレがタマネギを炒めている間、音更さんはたき火を見ながら別世界へ。
「疲れた?」
「ちょっとだけ。棗くんは?」
「平気」
案外、こういった単純作業は好きなのだ。昭和懐メロを聴きながらだと、余計にはかどる。
「懐メロ好きなんだね」
「うん。親が元のど自慢荒らしでな」
子どもの頃からずっと聞いていた結果、耳が馴染んでしまった。
「私、昭和歌謡ってアニソンでしか知らなくてさ。あんまり聴く機会がないんだよね」
スマホから微かに流れるレトロな曲調に、音更さんは耳を傾けている。
「すごいビンビンくるサウンドだね。懐かしいのに、目新しい」
ギターのギンギンかき鳴らす、昭和独特の音に、音更さんは興味を示したみたいだ。
「ありがとう。こういう音楽が好きって人、同世代にいなくてさ」
「今度もっと聴かせてよ」
「おう。昭和歌謡沼に引きずり込んでやる。楽しいぞ」
そんな会話を続けている間に、タマネギがジャクジャク言い出す。
「ぬぬ、これは飴色じゃないか?」
クラス代表に見せてみる。
「オーナーシェフ、ご判断を!」
「上出来だ。これに野菜と肉を投下しよう」
ドバーッと、野菜が投下された。
肉は肉で、焼くという。クラス代表が取り出しましたるは、なんとスキレット!
「ジュッワーって音が最高だねぇ」
「まったくだ。器財一つで、ここまで音が変わるとは」
俺たちがうっとりしていると、女子らが俺たちに注目していた。
「二人ってさ、本当に部活だけの関係なの?」
「ごご、誤解しないでっ。そういうんじゃないからっ」
手をバタバタさせて、音更さんはごまかす。
その後、米も見事に炊き上がった。いただきます。
「米の炊き具合、最高。これくらいの固さが、カレーに合うな」
人一倍盛り付けている進藤が、カレーをむさぼる。
俺と音更さんは、たき火を囲んでカレーを口へ運ぶ。
「このパチパチ音に抱かれて眠りたい」
「ガマンしろ。もうすぐ山を降りる時間だ」
「あ~あっ、個人的にキャンプしに来てもいいね」
近所の公園だと、バーベキューは禁止されている。危険だという理由から、河原も使えない。安全にキャンプする場所は限られている。
「俺たちが通えるのは、炭火を使った焼肉屋くらいかな」
とはいっても、値段は張るが。
「それだと店内BGMがなぁ。テーブルに備え付けてある換気扇の音も気になるし」
食後のホットココアを飲みながら、音更さんは未練がましくたき火にへばりつく。
「あ~帰りたくないなぁ」
「動画で辛抱しよう。ほら、火を消そう」
「あ、まって。私が水掛けるから」
思い出したかのように、音更さんがたき火に水を浴びせた。
「このジューって音も最高だね」
結局、なんでもいいんじゃねえか……。
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