姫、スライムを連れてブヒる
朝から、音更さんがボンドを持ってきていた。しかも業務用である。五千円超えるぞ。しかも、授業で使う用途は別らしい。ボンドを借りに来た子には、普通のサイズを貸していた。
何に使うんだろう?
壁に防音シートを貼る作業をしたときは、テープを使ったし。
その答えは、ASMR部で明かされた。
「今日はスライムを作りまーす」
部活動に必要だったのか。
「なんか見たことある! Vチューバーがビニールプールにスライム作って、溺れてたな」
進藤も、見た記憶があるらしい。
「みんなにボンドが回るかわからなかったので、買ってきましたぁ」
業務用ボンドを、俺たちのボウルに注いでいく。
「沙和ちゃん先輩っ。洗濯ノリは、部活で余った分を譲ってもらいました。コレで足りますか?」
ミミちゃんが持ってきたのも、業務用である。
「PVA。ポリビニルアルコール製……上出来です、ミミちゃん!」
音更さんからサムズアップが出た。スライムとして使えるらしい。このノリもドボドボとボウルへ。
「あとは、このホウ砂ですねー」
えらく昭和チックな箱に入っているのは、白い粉である。
後付けなのか、スライムのイラストも描かれていた。
「なあ音更さん、ホウ砂ってなんだ?」
「理科の実験に使う薬品だよ。ヴァイオリンの防腐剤としても使われるんだって」
重曹などと同じように、洗剤として効果を発揮することも。
「毒性がそれなりに強いから、使うのは少量までにしてね。少量だけ使って、余ったら学校に支給するよー」
たった五グラム口に入れただけでも、激しい嘔吐に見舞われるらしい。まあまあ劇薬なので、私物化は避けるとのこと。
全員に作業用のボウルが行き渡り、作業が始まる。
「ボンドと洗濯ノリ、ホウ砂を少々入れて、混ぜ混ぜします」
今日は全員、美術の授業があった。なので、絵の具も使う。好みに合わせて、思い思いの色と合わせていった。
スライムと言ったら青だろう。俺はブルーを選んだ。
進藤は緑を。音更さんは黄色い。
「しっかり混ぜないとユルくなるからね、よーっくかき混ぜてね」
「おー、なんだかスライムっぽくなってきた」
混ぜていく度に、粘度が増していく。ブチュルブチュルと、小気味よく気泡が潰れた。
ミミちゃんは絵の具ではなく、ラメパウダーを入れている。
「待ってミミちゃん、それなに?」
「マニキュアです」
驚きの顔を見せて、ミミちゃんからマニキュアを取り上げた。
「えっ、ヤバいんですか? ツヤツヤになるかなって、入れようと思ったんですが?」
イメージとしては、口紅状に固めようとしていたらしい。
「絶対にダメ。匂いがきつくなるよー」
試しに、音更さんはマニキュアでプチスライムを作ってみる。
かき混ぜる前に、全員で匂いを嗅いでみた。
「うわ、くっさ!」
「ゲホゲホ!」
化粧品の匂いが強すぎる。あまりの激臭に、進藤も咳き込んだ。
「これはダメですね。失敗です!」
「でしょ? これは処分するねー」
スライムは生ゴミとして処分してOKなんだとか。
「絵の具を使おうか。赤に茶色を混ぜると、ワインレッドになるよ」
気を取り直して、ミミちゃんはワインレッドに変更した。
「洗濯ノリが入っているから、トイレや流しに流さないでね。固まっちゃうから」
ホウ砂は粉末のため、めっちゃ薄めてから捨てればいいという。
「どうかな? 固まってきた?」
「もうこの段階で気持ちいい」
触っているだけで、癒やされそう。
全員分のスライムを確認して、堅さをチェックする。
「大丈夫みたいだね。あとはこれをラップでフタして、二日ほど寝かせます」
「なんのために?」
「中の気泡を潰すためだよ」
◇ * ◇ * ◇ * ◇
二日後、全員のスライム作りが再開された。
「じゃあさ、ボウルから出してみようか」
音更さんの指示通り、俺はボウルをひっくり返す。
「おっ!」
ツヤのある青い物体が、ボウルからゴロンと抜け出た。
「それをうどんを打つみたいに、ネチャネチャ混ぜてみて」
「こうか?」
ニューっと伸ばし、ギュッとこねてみる。
「ブチブチって音が最高だな!」
スライム作りに子どもがハマる理由が、わかる気がした。
「堅さも丁度いいな」
進藤が、スライムを持ち上げて、落とす。ブチュっという音が鳴った。
「ミミちゃんのラメスライムが、一番キレイだね」
見事なマニキュア色になったゴージャスなスライムが、できあがっている。ミミちゃんも目をキラキラさせていた。
「ズボズボ言いますね」
指を何度も突き刺しながら、ミミちゃんは感覚を楽しむ。
ただ、音更さんのスライムだけ、音が違った。パチパチという音が混ざっている。
「これね、キャンドルスライムっていうの。ロウを混ぜたから、こんな音になるんだって」
耐熱皿に移したスライムとロウをレンチンした後、混ぜて固めたという。
「はあああ、ジャックジャク」
従来のスライムとは違う音に、音更さんは酔いしれている。
「これ何に使うの?」
「こうやるの」
木製のロッカーに、音更さんはスライムを転がす。
「あっホコリが落ちてる」
「他にもキーボードとか、リモコンの掃除にも使えるよー」
できあがったボンドスライムは、各自が持ち帰った。
「一緒に帰ろ~ね~。ボンちゃーん」
黄色いスライムを両手に持ちながら、音更さんはスキップしている。
ボンドで作ったから「ボンちゃん」か。
大事そうに抱えているなら、まだ可愛げがあった。
しかし、親の敵のように握りつぶしている。
「ああー、いい音」
サイコパスかな?
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