ブヒる姫の顧問

「でもあと三日で二万字なんて無理です! 私には時間が」

「無理なタイムスケジュールを組んだのは、あなたです。前もってしっかり準備しておけば、もっと余裕を持てたはずですが?」


 なおも食い下がる文芸部員を、顧問はバッサリ。


 憔悴しきった女子部員を連れて、文芸部顧問は去って行く。 



 残されたのは、俺たちASMR研の面々だ。


「相変わらずおっかないね。女帝は」


 文芸部顧問を見送りながら、多聞先生はため息をつく。


「改めて自己紹介しよう。俺の名は知ってるな」

「はい。多聞先生。二|Cのなつめ あきらです。よろしく」

「ご丁寧に、どうもどうも」


 俺が腰を折ると、多聞先生も頭をかきながらペコペコした。


「二|B担任の多聞です。部活だと、はじめましてかな?」


 そうなるっけ。入部届を出すときには、いつもいなかったし。顧問との対話が、部活動身かっめにしてようやく達成できた。


「悪いね。女房がお産の直後でね。家事や育児は二人で協力し合っている」


 多聞先生は、俺の入部届を受け取る。


「うちの卒業生だと、聞きました」

「御幣がある言い方だな。まるで中学生に手を出したみたいな言われ方だよ。実際の結婚は、高校卒業後すぐだったからねっ。そこはお間違えなく」


 いきなり多聞先生が、「それがさあ」とまくし立ててきた。


「女房ったら高校卒業していきなり、『私は婚約者よ』って言ってきて。もうビックリだったよ! まさか、ボクの知らない間に話が進んでいたなんてさぁ! まいっちゃうよね。まあ、かわいいから許すけど」


 文句かと思ったら、ノロケか。


「音更の……沙和さわの面倒を見てくれてありがとう。ウチの義妹が迷惑を掛けて」

「迷惑だなんて、そんな」


 新しい世界を知ることができた。クラスの美少女とも近づきになれたし。


「そうそう。大変な目になんかこれっぽっちも遭ってないし」

「さっき起きたのを、トラブルというんだぞ。蓮川先生がいなかったら、ボクじゃ止められん所だったぞ」

「へいへーい」


 おどける音更さんのおでこを、多聞先生は出席簿でコツンとする。


「とにかく今日はもう遅い。早く下校するように。またうるさいって怒鳴られる前にな」

「あの子が自意識過剰なだけじゃん!」

「それでもだ! 帰った帰った」

「ちぇー」


 まだ部活動したりないのか、音更さんはソファの膝掛けに座って足をバタバタさせていた。


「明日も学校あるから、それで」


「お楽しみは明日に取っておくか!」

 抵抗をあきらめた音更さんが、カバンを担ぐ。


「一人で帰れるのか?」

「うん。お姉ちゃんのおつかいは私が行っておくよ。姪っ子の顔も見たいし」

「助かる」

「じゃあ棗くん、多聞ちゃん。バイバーイ」


 音更さんの上履きのリズムが、遠ざかっていった。

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