日傘


 盛夏の陽射しは猛烈だった。アスファルトの上に、濡れたようなかげろうが浮かんでいた。

 いつからか、前を、カップルが歩いている。

 ぼくから見て左が男性、右が女性。

 どうも若者らしい。

 女が、ハンドバックから、折りたたみ式の傘を取りだした。

 日傘だ。

 傘の柄を、男が持ってやった。カップルは肩を寄せ合った。

 陽射しはぎらついていた。

 日傘があれば楽だろう。

 ぼくは、ブリーフケースを片手に、カップルとの距離を保ちながら、通りを進んだ。

 ――すると。

 右側の、女のあたりから……

 なにやら、白い煙のようなものが立っていることに気がついた。

 ぼくは目をこらした。

 見間違いではないかと思ったのである。

 ――だが、煙だった。

 煙と言うのが大仰なら、湯気のようなもの。

 それが、女の右腕のあたり、つまり日傘の外に少し出かかっている腕のあたりから立っているのである。

 しゅう……

 しゅう……

 と、音がしているわけではない。

 だが、目の前の光景には、そんな音がふさわしかった。あきらかに、女の右腕がちらっとでも陽にさらされると、白い煙が立つのである。

 そのことに男が気がついたらしく、彼は、女を抱きよせた。

 二人とも、今度は日傘の中におさまった。

 もちろん、女の右腕も、である。

 すると、もうあの煙は見えなくなった。

 ぼくは、ふいに不安になり、自分の右腕を見てみた。

 それから、左腕も。

 煙など出ていない。

 当たり前だ。

 ぼくはまた、二人を見据えた。

 女は、ときおり、わざと右腕を日傘の外へ出した。

 すると、二の腕から、手のひらから、手首から、また白い煙が立ちのぼった。

 それがおかしくてならないといったように、何度も手を伸ばしては、ドライアイスの煙のようなものを、しゅうしゅうと立ちのぼらせるのだ。

 彼は、女を強く抱きよせた。

 よせ、やめろ、日傘から外へ出るなと言わんばかりだった。

 女はすっかり日傘の中に収まり、煙はもう出なくなった。

 カップルは、しばらく行った先の横路地へ折れたために、ぼくの視界から消えた。

 折れた先はビルに挟まれた細道で、道全体が、きわめて濃い日陰になっているので、まるでようすが見えない。

 追ってみようかとも思ったが、二人がぼくを待ち伏せしていたらどうしようと思いいたり、ぼくは前へ向き直って、早足になった。

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