ねり消しゴム


 図書館で本を読んでいると、隣に座った小学生が、得意げな顔でぼくになにか見せてきた。

 ――ねり消しゴムだ。

 消しゴムのかすを集めて作る、あの黒いゴム玉である。

 大きさは、パチンコ玉くらい。見事な球形だ。

「お、よく作ったな」

 ぼくは小声で言った。

「ありがとう。もっと大きくできるかな」

「そりゃできるさ。この玉をもう一つ作って、二つの玉をこね合わせてごらん」

 次の日、彼は、またぼくに話しかけてきた。

「言われたとおり作ったよ。見てごらん」

 と、握っていた手を開いた。

 なるほど、ねり消しゴムは、昨日の倍の大きさだ。

「すごいでしょう」

「うん、すごい」

「もっと大きくできるかな」

「ああ。そうしたら、もう一つこの玉を作って、こね合わせてごらん」

 すると、翌日、彼は昨日の倍、つまり初日の四倍の大きさのねり消しゴムを見せつけてきた。

 ゴルフボールくらいの大きさだ。

 こんなにすごいねり消しゴムは初めて見た。

「立派なもんだ。こりゃ驚いた」

「ねえ、もっと大きくできるかな」

「そりゃ、できるはできるさ。だけど、どんどん消しゴムのかすを集めるのが難しくなるぞ」

「そうだね」

「きみ、これひとりで作ってるのか?」

 すると彼は目線を落とし、

「うん……」

「――そうか。ひとりで作ったなら余計にすごいや。もっと大きなものができたら、またおれに見せてくれな」

「うん」

 翌日、彼は、昨日の二倍もある、ソフトボール大のねり消しゴムを持ってきた。

 よくもまあ、こんなにかすが集まるものだ。

 学校中の消しごむのかすを集めているのかもしれない。

「いやあ、これはものすごいな。新聞記事になるんじゃないか。大したもんだよ」

 誉めると気をよくしたのか、彼は、もっと頑張るぞ、などと元気づいて帰っていった。

 次の日、驚くべきことに、彼は、ボウリング玉ほどあるねり消しゴムを持ってきた。

 さすがに図書館にいたほかの人たちも気がついて、ざわざわ声が上がった。

「昨日の今日で、もうこんなのができたのか。信じられない。すごい子だな、きみは」

 ぼくが言うと、彼はぼくの顔をのぞきこみ、

「本当に?」

「ああ、大したもんだ」

「暗くないだろうか」

「は」

「ぼく、友だちから陰気なやつだって言われるんだ。陰気だから、そんなつまんないものを作るんだろうって」

「つまらないものではないだろう」

「本当に?」

「本当さ。まあ、きみが陰気な子だとも、ぼくは思わないけどな。それに、陰気なら、みんなこんな立派な代物を作れるとでもいうのか?」

 ぼくは小学生の肩をたたき、

「これからも、自分のやりたいことをやればいいじゃないか」

「ありがとう、がんばるよ。だけどね、そろそろ、かすも集めづらくなってきちゃったんだよ。なんせこれだけ大きいと、途方もない量が必要だからね」

 それはそうである。

 もはや消しゴムそのものより数倍大きいわけで、消しゴムをたくさん買って、それを全てかすにしたとしても、こんなボウリング玉を作るには、一体いくつ消しゴムが必要なんだろう。

「図書館の職員に言って、机の上のかすを取っておいてもらうよう頼んだら」

「うん、そうだなあ」

 それではまるで足りないか。

「それとも、学習塾に頼むか」

「どうだろう。そういう場所じゃない気がする」

 そういう場所じゃない?

 ほかに思い当たる場所があるのか?

 出版社とか、漫画家の家とか、そんなところか?

 翌日、ぼくのところに、また彼がやってきた。

 今日はあまりに大きいから、悪いけど外に降りてきて、と耳打ちするのである。

 図書館の玄関を出て、ぼくはあっと声を上げた。

 そこには――

 大人の背丈ほどある、球形のねり消しゴムが、まるで抽象芸術のオブジェのように置いてあったのだ。

「ど、どうやって作った、こんなでっかいの」

 ぼくが訊くと、彼はにやりと笑い、

「はじめ君とちか子ちゃんをねり合わせたんだ。はじめ君もちか子ちゃんも、ぼくをいじめるかすだからね」

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