お婆さん
スーパーの惣菜コーナーを品定めをしていると、ひょっこりと、背の低いお婆さんが現れた。
お婆さんは、短い腕をいっぱいに、惣菜のパックに手を伸ばした。
パックを手に持つと、また別の惣菜の物色を始める。
本当に「物色」という言葉がふさわしく、まじまじと食品を眺めたり、一度手に取ったものを戻したりするので、見ていて気分のいいものではない。
じきに、抱えるパックの数も増えてきた。お婆さんがひとりで消費するのではないだろうが、六つも七つも積み重ねているのだ。
これならカゴを使えばいいと思っていたところに、慌てて店員がやって来た。
店長だ。
店長は、お婆さんに、うやうやしく来店の礼を述べたあと、さっと両手でカゴを差し出した。
ああ、これはなにかある、と思った。
店の上得意というくらいでは、こうはなるまい。
創業者の奥さんだとか、大株主だとか、なにか特別な人であろう。
するうちに、店長がお婆さんのカゴを持ってやり、お婆さんがその少し後をついていくという恰好で、二人はレジに向かった。
レジは何台も稼働しているのに、店長は、わざわざ「休止中」のレジに自ら立って、お婆さんの会計を始めた。
気になったので、すでに二人のあとを追尾していたぼくは、そのレジに待ち人として加わった。
「それでは、全部無料とさせていただきます」
「はいはい、いつもありがとうね」
やはり創業者の奥さんだとか、お妾さんあたりではあるまいか。
形だけのレジ打ちを終えると、店長はぼくなどお構いなしに、レジを「休止中」に戻した。
それから、店長とお婆さんは、店の出口へ向かった。もちろん、店長がレジ袋を提げている。
表でお婆さんを見送り、こちらにきびすを返した店長に、ぼくは話しかけた。
「ど、どうされました」
「あのご婦人はだれです」
「ご婦人?」
「お婆さんですよ。いまあなたが見送った、あのお婆さんです」
「そんな人いたかなあ」
とはぐらかして立ち去ろうとするのを、
「あなた、店長でしょう。店長がレジの客を無視したことを、お店の<お客様コーナー>に投書しますよ」
「え。ああ、気づかなかったんです」
「うそだ」
「本当です本当」
しかし、本当かもしれなかった。あれだけ特段の対応をしていたら、他のことに気がいかなくても仕方がない。
ぼくは、口調を和らげて、
「知りたいのは、ご婦人がどういった方かということです。もちろん他言はしません。悪用もしません。あくまで個人的興味から伺うのですが、あの方、一体どういった方なんですか」
「…………」
「教えてください」
「い、言いますよ」
店長はしょげたような顔で、
「だって、言わないと投書するんでしょう。言いますよ。あの人はね、あなたはご存知かどうか、五年前に、ここの駐車場で亡くなってるんですよ」
「え」
「搬入業者の車が、うっかり轢いちゃったんです。それで亡くなられたんですがね、もう五年も経つのに、いまだにときどきスーパーに来られるんです」
それから、店長は頭をぼりぼり掻きながら、
「うちにとっちゃ打撃ですよ。そのぶん売り上げが下がるわけですから。恨むなら搬入業者を恨めばいいのに、正直やりきれたもんじゃないですよ」
了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます