風車


 気ままな一人旅の途中だった。

 私は、この町の近くに、友人が住んでいることを思いだした。

 陶芸をやっている人で、創作活動のために東京から田舎に移住した旨が、今年の年賀状に書いてあったのだ。

 その友人とは、しばらく会っていない。

 久しぶりに会えば、話にも花が咲くだろう。

 どうせめぼしい観光地は回ってしまったし……あとは、今夜の宿にチェックインするだけなのだ。

 よし。

 ちょっと、連絡をとってみよう。

 スマホで電話をかけると、すぐに本人が出た。

 それはいい、ぜひ来てくれ、待っていると喜んだ。

 すぐあとに、ショートメールで住所が送られてきた。

 隣町のようである。

 車に乗りこみ、ナビを入れた。

 ここから三〇分もかからないらしい。

 早速、出発した。

 うねうねした生活道路をしばらく走ると、じきに大きな県道に出た。

 ナビは、そのまま一〇キロあまり直進せよという。

 見通しのよい田舎道を、私は進んだ。

 水田だ。

 水田の広がる、平野である。

 小集落が点在しているほかは、みずみずしい水田が広がっているばかりなのだ。

 道の駅や、ちょっとした即売所なんかもなさそうだ。信号機すら、ほとんどないのである。

 気を引くものはなにもない、片田舎の道を、車は進んだ。

 いつしか、私はボーッとしてきた。

 道が、あまりに単調なのだ。

 いかん。

 このままでは眠ってしまう。

 集中して――

 しかし。

 意識はまたよろめいた。

 いかんいかん。

 そう思った矢先。

 ――風景が変わった。

 あれは……風車だ。

 赤に緑、黄色に桃色の――

 色とりどりの風車が無数に立ち並び、くるりくるりと、風に煽られ回っているのだ。

 水田や、点在していた小集落は、いまやどこにもない。

 見渡すかぎり、風車しかないのである。

 風力発電か?

 すぐにそう思ったが、あれは、たしか洋上風力を使って発電するのではないか?

 こんな海なし県に、これほど大規模に風力発電所があるものだろうか。それらしい施設や看板ひとつ見当たらないし……

 とすると。

 村おこしのオブジェかなにかだろうか。

 だが。

 オブジェにしては、設置範囲が広大すぎる。この平野に無数に立ち並ぶのに加えて、ここから見えるあの山にも、この山にも、にょきにょき風車が立っているのだ。

 それに。

 風車が回るくらい風が吹いているなら、そのへんの道草も、ゆらゆら揺られているはずではないか?

 だが、車内から見るに、微動だにしていないのだ。

 いったいなんなのだ?

 ナビの残りのキロ数だけは、着実に減っていく。

 まるで、気味の悪い遊園地に迷いこんだような気分だけれども……

 進めば進んだだけ、友人の家は近づいているようなのだ。

 ナビは、やがて、県道を右に曲がれと教えた。

 見ると、道の先は丁字路になっている。

 ウインカーを出して曲がった先は――

 もとの、水田の広がる、単調な片田舎であった。



「それは君、いろいろ解釈できるぞ」

 陶芸家の友人は、身を乗りだした。

「まずは、君が、あまりに退屈な県道だと思ったものだから、県道の道祖神がいっちょやる気を出して、まぼろしを見せたという解釈だ。もうひとつは、君の脳が、退屈をなぐさめるために、君自身にまぼろしを見せたという解釈だ。これなんか面白いじゃないか。小説家である君の脳が、どんな発想をするかわかるのだからね。しかし、その景色がもしもほんとにあったら、ぼくはそんな俗なところには住みませんよ。この、牧歌的で自然豊かな田舎が気に入って移住したのでね……。や。君の発想が俗だと言いたいわけじゃない。もしも現実にあったらという話さ。いてて。痛い。痛い。痛いですなァ」





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