振り付け
放課後、レンたちは、体育館に集まった。
二週間後に、体育で、ダンスの発表会があるのだ。
あらかじめ課題曲が設定されており、グループごとに自由に振り付けをし、発表するのである。
レンのグループには、ハルトとユイトという、もともとダンスが得意な生徒がいる。女子はさておき、放課後に三人で体育館に集まって、さっさと振り付けを作ってしまおうというわけなのだ。
「最後は、みんなでバック宙だ」
ハルトが提案した。
「いいな!」
ユイトが同調した。
「インパクトあるぜ!」
「インパクト・アリムラカスミ!」
くだらないことを言って笑っている。
「ちょ、ちょっと待って。無理だよそんなの」
あわてて止めたのがレンである。
「だって、ぼくがまずバック宙なんかできないだろ、それに女子だって三人いるんだよ。彼女たちだってできないだろ」
「それもそうか」
「美術部に科学部だからな。——あ、ごめん」
ハルトが謝った。レンも美術部員なのである。
「謝らなくていいよ。だって本当のことだもの」
レンは続けた。
「だから、なにか、ぼくらにもできる振り付けだと助かるんだけど……」
「そうしたら」
ハルトがひらめいたようだ。
「最後に、おれとユイトだけ前に飛び出していって、バック宙するのはどう?」
「いいな!」
ユイトがニカッと笑った。
自分たちが目立つぶんには、一向にかまわないのである。
「とりあえず、ラストはそれで決まったな。そこまでをどうするかだよ」
「短い中に、なるべくたくさん技をしこみたいな」
課題曲は、せいぜい二分弱くらいなのだ。
「それなら、どうだろう。ハルトとユイトが、キホン前に出て、いろいろな技を繰り返すってのは。そして、ぼくと女子三人は引き立て役として、ちょっと引いたところで、ひたすら単調な踊りをしているんだ。背景みたいなものさ」
「いいけど――」
目立ちたがり屋の二人は否定しなかった。
「いいけど、それでレンたちは大丈夫なん? たぶん、ダンスの内容って評定に関係してるぜ」
「でも、グループ発表なわけだろう。そのグループ全体として、ダンスが良いものになれば、とりあえず悪い点数はつかないんじゃないか。個人の技能を図るんだったら、わざわざグループで発表なんかさせないだろ」
「構成力が問われてるってわけか」
「そういうことさ。マスゲームみたいなことをやっても仕方ないじゃないか」
「なるほどな。さすがにクラス委員はちがうぜ」
「がぜんやる気が出てきたぞ! クラス委員さま!」
ハルトもユイトも意気込んだ。
これで、なんのしがらみもなく、自身の技術をクラスメートに誇示できるという喜びに充ち溢れている。
さて。
そうなれば、一連の個人技は二人に任せることにして、レンは、背景として、なにを踊ったらよいかを考えなければならない。
二人はもう、勇んで個人練習をはじめている。
レンも、とりあえず適当に手足を動かしながら、なにかいい振り付けがないものか、探してみようと思った。
バタバタ。
ドタドタ。
クルリンパ。
試行錯誤の結果、最初に考案したのは「海藻のゆらぎ」である。
これは、ゆっくりと屈伸運動をしながら、水平に伸ばした両手を、波打つように動かす、ただそれだけである。
やってみると、運動音痴のレンにも、なんら難しいことはない。
二分なら、女子たちも間違いなく続けられる。
だが。
これをもってダンスというには、いささか無理がある。
少なくとも、なにか別の動きと組み合わせる必要がありそうだ。
レンは、続いて「ゴータマ」という振り付けを考案した。
地べたに、大仏のように座り込んで、合掌をする。
おもむろに、両手を左方に向け、そのまま、顔の前で弧を描くように、右方へ持ってくる。これは釈迦の生誕と入滅の時間軸を表現しているのだ。
最後に、ヒョットコのような顔をして、自身が決して悟りなど開いておらず、凡愚のひとりであることを表現し、終わる。
よし。
まず、これでよし。
では、「海藻のゆらぎ」から「ゴータマ」の流れでやってみよう。
そうして演習をしていると、
「いてて!」
ハルトの悲鳴が聞こえた。
なにか、アクロバティックな技に失敗して、空中から地面に落下したようなのだ。
「大丈夫か?」
レンとユイトが駆け寄った。
「大丈夫」
ハルトが、尻をさすりながらうめいた。
「いてててて。それにしても、あんな技、いつも成功しているというのに」
「ハルトにしては珍しいな。あんな技で……」
ハルトは、なおも尻をさすりながら、
「ふしぎだよ。なんか、だれかに、思いきり床にたたきつけられたようだ」
「まさか」
ユイトは言ったが、
「だけど、ハルトがあんな簡単な技で失敗するなんてな……」
腑に落ちないながらも、さいわい大事には至らなかったので、三人は練習を再開した。
レンは、「海藻のゆらぎ」のあと、「ゴータマ」に移り……
ヒョットコのくだりまできた。
レンは、思いきり、口をひんまげた。
決まった!
そのとき。
「あちちち!」
今度はユイトがわめいた。
「あっちい! あっちち」
地べたでのたうちまわっているのである。
「どうしたどうした」
レンとハルトは、ユイトの体操ズボンの尻の部分が、三センチくらいの大きさで、焦げたようになっているのに気がついた。
「なにがあったんだ」
「尻に火がついた!」
ユイトは、ゼイゼイあえぎながら言った。
「おかしい。急に尻が熱くなった……! やけどしたんじゃないか?」
ブリーフをずり下ろすと、たしかに、一〇円玉ほどの、赤い水ぶくれができている。
「すぐに冷やさなきゃ! 保健室に連れていこう!」
レンが提案した。
ハルトは、一も二もなくうなずいた。
だが、すこし冷静になったユイトは、地べたから立ち上がり、
「ありがとう。保健室へは、おれひとりで行けるよ。みんなは練習を続けていてくれ。時間がもったいないだろ」
「だけど……」
「大丈夫だって。たぶん、なにかの拍子で、摩擦で熱をもったんだろう」
「そうかな」
「そうだよ! おれがそんなにヤワに見えるかよ」
「…………」
そうまで言うので、レンとハルトは、体育館に残ることにした。
各自、練習を再開した。
レンは、あの「ゴータマ」という技の次に、「手八丁」という技を考案した。
全速力でその場足踏みをしながら、高速で拍手を打ち鳴らし、三〇回もたたいたころでクルリとターンして、ピョンとジャンプし、着地と同時にアカンベエをするというものだ。
レンは、とりあえず足踏みと拍手のパートだけやってみた。
ダンダダ、ダンダダ、ダンダダ。
パチパチパチパチ。
なかなか良い感じだ。
適当な振り付けでも、意外とダンスになるものだな。
どれ、最後まで、通しでやってみよう。
レンは、「海藻の揺らぎ」「ゴータマ」「手八丁」と、連続してダンスを実行してみた。
そして、最後にアカンベエ。
パン!
乾いた音がした。
たまたま目撃した生徒の証言によると、レンは、一瞬のうちに砕け散ってしまったという。
了
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