アンドー先生


 二時間目の授業は、理科である。

 辰也たちは、理科室の席について、先生がやってくるのを待っていた。

 すでに始業のチャイムは鳴っている。

 だが、理科の安東先生は、まだ教室に入ってこない。きっと、教務室で、足どめをくっているのだ。

 クラスメイトたちは、席についたまま、ザワザワおしゃべりに花を咲かせている。席についているので、いきなり先生が入ってきても、どやされることはあるまい。

 そのとき。 

 ガラガラガラ。

 理科室のドアが開いた。

 スタスタスタと、白衣を着た、若い男が入ってきた。

 男は、教壇のうしろに立って、こちらを向いた。しらない男だ。安東先生ではない。なにか陶器を思わせるような、白光りのする肌である。

「はい。はじめましょう」

「だれです?」

 辰也がすかさず言った。

「安東先生はどこです? あなたはだれなんです?」

「わたしですか? わたしは――」

 そう言うと、白衣の男は黒板に向きなおった。黒板に、パソコンに打ち込んだような、均整のとれた明朝体で、こう書いた。

 ――アンドー。

「…………」

「わたしは、アンドー先生です。安東先生に代わって、今日から、このクラスの理科をうけもつことになりました。よろしくネ」

「聞いてません!」

 声があがった。

「あんたはなんだ!」

「アンドロイドです」

 そう言うと、アンドー先生は、一同に諭すように続けた。

「わたしは、あなたたちに理科を教えること。理科の学力を伸ばすこと。理科の学力を正しく評価することなどを目的に派遣された、アンドロイドです」

「ロボットだってよ!」

「つまみだせ!」

「安東先生をつれてこい!」

「まあ、待ってくださいヨ。そんなにいじめないでくださいネ。あなたたちの身体反応、学習成熟度などは、いつもAIによって解析され、最適な教育プログラムが生成されますネ。わたしは、それを、あなたたちに提供することができるのですヨ」

「でも――おまえはロボットじゃないか。ロボットの教師だなんて、そんなのごめんだぜ!」

「どうしてサ」

 アンドー先生は小首をかしげた。

「いままで理科をうけもっていた安東先生は、人間だから、いろいろな間違いを起こしますネ。だけど、わたしは起こさない。間違いを起こさないどころか、行動はいつも完璧かつ最適な教育者なのダ。それって、教師として、最高ではないですカ? 人間の教師は、みな、それをめざして、日々がんばってるんじゃないのカ?」

 ――なるほど。

 正論だ。

 いや、腑に落ちない気もするが……。

 しかし、間違ったことを言っているとは思えない。

 辰也たちには、アンドー先生に対する抗弁が、すぐには思いつかないのである。

 と。

「なんてな!」

 ガラガラッとドアが開いて、また、だれか入ってきた。

 安東先生だ。

 いつもの安東先生である。

 ニヤニヤして……いかにも、笑いをこらえきれないといったふうなのだ。

「驚いたかい? この人は、劇団の役者をやっている、ぼくの知り合いでね。ちょっと芝居をうってもらったんだ」

 アンドー先生は、だが、無表情に突っ立ったままである。 

「ハッハッハ! みんな、そんなに静まりかえるなよ」

 安東先生は、いやにギラギラした目つきで、一同を眺めわたした。

「――でも、きみたち、どうだね? もしもアンドー先生みたいに、教育者に求められるタスクを完璧にこなすことができるアンドロイドがいたとしたら。考えてごらんよ。そうなったら、人間の教師なんて、もはや必要ないと思わないか? 人間の教師なんか、みんなどこかに追っ払っちまって、いっそ、アンドロイドに教育を任せたほうが、この国の将来のためだとは思わないか?」

「…………」

 そのとき。

 またもや、ドアが開いた。

 入ってきたのは――

 これも、安東先生だ。

 あわててやってきたようで、息を切らしている。

「わるいわるい。遅くなった――おや? おい、だれだ、おまえたち!」

 安東先生は怒鳴った。

 そして、

「みんな! そいつらはなんだ? わたしが本当の安東だ。そいつは偽物だぞ!」

 すると、アンドー先生と、いやに饒舌だった安東先生とは、タタタタッと、理科室の窓際へ駆けていき――

 飛び降りた。

 飛び降りたのだ。

 窓が閉まっているのに、スーッと、その窓をとおりぬけて、二階の理科室から、窓の外へ落下していったのだ。

「いない!」

 窓際のクラスメイトたちが、窓から身をのりだして言った。

「消えたんだ!」

「どこにもいないぞ!」

 窓の下の植え込みに、アンドー先生が着ていた白衣がひっかかって、ひらひらと風になびいていた。






 

 

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