第4話 あの時……
「え、――な、なにを言って……る、の?」
嘘、嘘だ。だって、あの時、私が、
「俺もまだ咲優が好き……なんだと思う。だから、
そんな諦めない彼女と過ごしてるうちに、好きでいてくれる陽菜と真剣に向き合おうって決めたんだ。
こんな俺には勿体ないくらい尽くしてくれたり、笑顔が最高に可愛くてさ、沢山元気を貰えるんだ。
本当に大切にしたいって、これからもずっと一緒に居たいって思うようになってた」
咲優は、表情が見えない程俯き、静聴していた。
「そんなに大切に想って貰える彼女さん、本当に幸せ者だね。羨ましいよ。――――わかった。お願い、一つだけ聞いて貰ってもいいかな」
「……うん」
「今だけ、今だけで良いから」
要望を最後まで言うことなく、咲優は俺の胸へ飛び込んできた。
こんな状況じゃなければ。本当なら嬉しいはずなのに、これ程ない幸せのひとときのはずなのに、涙が止まらない。
もう、ゆうくんの隣に居る事は出来ない。
本当はこれも許されない。
許されるはずがない。
だけど、今だけは、ほんの少しだけ、あともう少しだけ……。
こんな性格じゃなければ、もっと早く変われていれば。あの時意地を張らず、素直に自分の気持ちを伝えられていれば。
なんでこうなっちゃったのかな。
自分のせい。
全部台無しになっちゃったな。
腕の中に居る咲優は、いつも眺めている姿より、何倍も小さく感じる。強く抱きしめれば壊れてしまいそうなほどに、華奢で繊細な体だ。
どれだけの間こうしていたのだろうか。自分の中ではとても長い時間こうしていたように感じる。だが、時はそれ程経っていないみたいだ。
「ごめんね。もう大丈夫。ありがとう」
俺を突き放すように離れ、背を向けて言葉を続けた。
「ゆうくんはすごいよね」
「何が?」
「ゆうくんの告白断ったじゃない?自分勝手だってのは分かっているけど、ほんとーに辛かったよ。あの日から勇気君の顔を見るだけで胸が苦しくなって、家ではずっと泣きっぱなしの毎日だったんだよ。
それなのにゆうくんったらフラれた側なのに、数日も経たないうちにいつも通りに戻ってたし、やっぱりすごいなって思ったんだー」
「あっはは~」(こんなに褒めてくれているのに、俺もそうでした。なんて言ったら雰囲気台無しになってしまうな……)
「あのね。この際だし言っちゃおうかな」
「ん?」
「本当はね、私、告白される前からゆうくんの事が好きだったんだよ」
「え……」
「それでね、断ったのは今日、自分の言葉で告白するのを前から決めてたからなの。身勝手な理由で本当にごめんね。あれからずっと辛かったよ」
「――断られたとき俺だって落ち込んでたよ」
「そうだったんだ。でも、立ち直れたのはその子のおかげだったんだね」
不意打ちを付くように咲優は突然振り返って、俺の懐へ飛び込んできた。
その勢いを残したまま、俺の襟を掴み口付けを強行しようとしてきた。咄嗟の出来事ではあったが、手のひらを間に挟み行為を止めることが出来た。
「どうして、どうして!このままキスさせてくれれば、諦めれたかもしれないのに。どうして……」
「ごめん。さっきも言った通りだ。こんな、陽菜を裏切るような行為はできない。本当にごめん。許してくれ」
「――あーぁ。冗談だってば。気にしないで」
小さな溜息をついた咲優はまた、背を向ける。そのまま振り返ることなく「じゃあ、またね」と別れの言葉を告げ、帰路へ着くのだった。
振り向き様に見えた彼女の瞳は濡れていた。何か言葉を掛けなければいけない。だが、去っていく背中をただ、俺は眺める事しかできなかった。
互いに別れ、帰路へ着く。
途中まで一緒に帰った方がいいに決まってはいるが、あんな顔を見た後で一緒に帰ることは俺には出来ない。ましてや、多分一言も話せないだろう。
最後に驚愕の事実を聞かされ、混乱している。もし、順序が違ければ望んていた未来になっていたのだろう。
でも、今大切なのは陽菜なんだ。
俺が出した答えは間違っていない。
どんな言葉を並べても、繕っても何も変わらない。込み上げてくる沢山の想いが一杯で、辛い。苦しい。吐き気にも似た感覚が襲ってくる。
こんなに好きだったんだ。ほんと私ってバカだ。
部屋に着くまで我慢できたのに、一人になったら脱力感と喪失感に苛まれ、ベッドに突っ伏すことしかできない。
もし、あの時断らなかったら。きっと結末は変わっていた。
瞳一杯に溜まった涙が溢れ始めた。一度流れた涙は次々に零れ続け、止まる事はない。押さえ込んでいた感情が、嗚咽と共に吐き出た。
堰を切ったかように声が枯れるまで泣き続け、
「あああああ、あああ」
こんなに誰かを好きだと思ったのは生まれて初めてだった。
「ううううう、ううう。――わぁぁぁぁぁ。うわぁぁぁぁぁ」
ひどく崩れた顔を枕に埋め、私はただ泣き続ける事しか出来なかった――
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