第50話、正義の軍隊。

 東エイジア大陸最大最強の軍事国家、神聖帝国『ёシェーカーёワルド』。


 ──またの名を、『中つ国』。




 今、この国の帝都『北の京』は、文字通り『火の海』と化していた。




『ウフフフフフフフ』


『アハハハハハハハ』


『クスクスクスクス』




 右往左往している帝都防衛隊や民間人を見下すようにして哄笑を上げながら、高空にてゆっくりと大きな円を描くように飛行している、無数の黒衣の少女たち。


 トンガリ帽子に小柄な肢体をすっぽりと覆い尽くすマントに、大陸の人間ヒューマン族では滅多に見られない漆黒の髪と鮮血のごとき深紅の瞳は、彼女たちが『魔法少女』であることを、雄弁に物語っていた。


 そんな異形の者どもが、いかにも魔女の眷属らしく箒に跨がって空を飛んで、何をやっているかと言えば、




 ──次々に中つ国中の各都市へと『自爆特攻』を繰り返して、身の内の膨大な魔導力を暴走させて、全土を焦土へと変えていっていたのである。




 もちろん堪ったものでは無かったのは、帝都防衛隊を始めとする、中つ国の軍人たちであった。




「──何で魔法少女が、いきなり中つ国を襲ってくるんだよ⁉」


「しかもあいつら、タイヴァーン島からやって来ているそうだぜ?」


「まず最初に、タイヴァーン侵攻のために集結していた、フッケーン省の駐留部隊が殲滅されたそうだからな」


「どうしてブロッケン皇国にしかいないはずの魔法少女が、タイヴァーンなんかから攻め込んでくるんだよ⁉」


「そもそも魔法少女も魔女も、『九条の結界』の外には出られないんじゃ無かったのか⁉」


「それが何でもタイヴァーンには、人知れず魔女や魔法少女が、隠れ住んでいたらしいんだ」


「……ああ、あそこは以前一時期とはいえ、ブロッケンの領土だったからな」


「いや、『隠れ住んでいた』と言うのなら、どうしていきなり中つ国の攻撃に駆り出されているんだよ⁉」


「……まさか、元々タイヴァーン独立時に、残存していたすべての魔女や魔法少女を、軍で確保していたとか?」


「有り得るな、魔女や魔法少女は、いくらでも軍事利用できるからな」


「それなら、タイヴァーンに魔法少女がいたことを、他国の者が知らなかったのも、無理ないよな」




「「「──それに何よりも、あの異様な攻撃法についてもな!!!」」」




「……しかしいくら何でも、あれは無いだろ?」


「たとえ魔法少女とはいえ、あんな年端もいかない女の子が、自ら『自爆特攻』を仕掛けてくるなんて」


「次々に仲間たちが死んでいく姿を見て、どうしてまったく恐れずに自分自身も躊躇なく、命を投げ出すことができるんだ?」


「それ程、タイヴァーンの軍部による、『洗脳教育』が完璧なのか?」


「あるいは、元々『魔法少女』と言う存在自体が、自分の命すらも頓着することの無い、常識外の化物なのか?」




「「「……どっちにしろ、もう中つ国は、おしまいだ」」」




「まさかいきなり、こんな非常識極まる攻撃をしてくるなんて」


「もはや、この『北の京』を始めとして、全土の主要都市は壊滅状態だ」


「そりゃあ、魔法少女の自爆特攻なんて、防ぎようが無いよな」


「……罰が、当たったんだ」


「強大な軍事力を笠に着て、タイヴァーンを力尽くで併呑しようだなんて、目論むものだから」


「自分たちのほうが、理不尽な暴力に晒されることになってしまったのだ」




「「「──そうだ、俺たちがこのまま滅んでしまうのは、自業自得に過ぎないのだ!!!」」」




 そのように、中つ国の神聖帝都守備隊の最後の生き残りたちが、すべてに諦めきってしまったのに呼応するかのようにして、一斉に降下行動を開始する上空の魔法少女たち。




 ──まさに、その刹那であった。




『──ぎゃっ⁉』


『──ぐえっ⁉』


『──ひぎぃっ⁉』




 突然飛来した無数の火炎球ファイアーボールの直撃を受けて、一瞬で消し炭と化す、幼い少女たち。




 そしてそこへ、西方の空から天翔けてやって来たのは──




「……魔女、だと?」




 そうそれは、魔法少女たち同様に、漆黒のトンガリ帽子とマントに身を包み、黒髪と赤い瞳の絶世の美貌でありながらも、その肢体だけがなまめかしく政熟した、成人女性たちであったのだ。




「……ど、どうして魔女が、魔法少女を攻撃するんだ?」


「仲間割れか?」


「いやそもそも、何で魔女までが当たり前のようにして、中つ国に現れるんだよ⁉」




 そのような地上の兵士たちの大混乱をよそに、いかにもプロフェッショナルな軍人そのままに、『念話』で会話を行う魔女たち。




『──西村隊及び葛城隊、帝都上空に展開完了!』


『これより、魔法少女の掃討を開始する!』


『他の主要都市における作戦は、ほぼ終了とのこと!』


『教団の術士たちが、タイヴァーン島に「九条の結界」同様の魔法障壁を展開するまでは、各部隊とも持ちこたえるんだ!』


『──これ以上、同じ「日本人」として、御先祖様の恥をさらすわけにはいかないからな!』


『この異世界においてこそ、我々「極東アジアの平和の番人」たる「自衛隊」の、意地と存在価値を見せつけてやるのだ!』




 そのように謎めく言葉を交わし終えるや、次々と魔法少女たちを撃墜していく魔女たち。


 そのうちに、無数に押し寄せてきていた魔法少女たちの姿が、ぱったりと見えなくなったのであった。


 先ほどの念話で言っていた、タイヴァーン島そのものに対する『魔法障壁』とやらが完成して、魔法少女や魔女を島内に押しとどめるのに成功したのであろうか。




 しかしそんなことを露ほどにも知らない、地上の兵隊たちは、大混乱に陥るばかりであった。




「……何で、魔女が、魔法少女を駆逐するんだ?」


「俺たち、助かったのか?」


「いや、あれは少なくとも、『中つ国』の勢力では無いだろう⁉」


「もしもタイヴァーン同様に、中つ国も魔女や魔法少女を隠し持っていたとしたら、もっと早い段階に出動させていただろうしな」


「それじゃあ、また別の『第三勢力』が、介入してきたってことか?」


「つまり、中つ国が戦闘不能になるまで様子見をしていて、ここぞという時にタイヴァーン勢力の魔法少女を、横から殴りつけたわけか」


「あ、有り得る…………」


「……そして次は、俺たち中つ国軍の番て、わけなのか⁉」




「──いえいえ、ご心配なく。この魔女たちは、我が教団の『忠実なるしもべ』にして、『平和の軍隊』ですから!」




 突然のその場に鳴り響いた、悲惨なる戦場にはあまりにも似つかわしくない、落ち着き払った涼やかな声音に、一斉に振り向く帝都防衛隊の兵士たち。


 するとそこには、漆黒の聖衣に身を包んだ、一人の美丈夫がたたずんでいた。


「……聖レーン転生教団?」


「ど、どうして、『なろうの女神』の使徒が、この戦禍の北の京にいるんだ?」


「──やれやれ、窮地をお救いしたと言うのに、つれないお言葉ですなあ」


「するとまさか、上空に新たに現れた魔女たちは、教団の手の者なのか?」


「どうして『魔女教』とは対極的存在である『聖レーン転生教団』が、魔女なんかを囲っているんだよ⁉」


「ふふふ、何せ『魔女』や『魔法少女』は、いろいろと使い途がありますからね。特に『転生者の受け皿』としては最適で、その威力のほどは、あなたたちも痛感したばかりでしょう?」


「……何だと?」




「先ほどのタイヴァーンの魔法少女たちは、すべて『大日本帝国』と言う異世界の、軍人たちの転生体だったのですよ」




「「「──なっ⁉」」」




「そうなのです、『魔女教』とは、転生者を侵略戦争に利用することを目論んでいる『邪教集団』であり、ありとあらゆる世界の『転生』を司る我々『聖レーン転生教団』としては、これ以上見過ごすわけにはいかず、この際きつくお灸を据えて差し上げることにしたのです」




「『お灸』、だと?」


「ええ、彼の者たちが『大日本帝国軍人』の転生者によって、世界征服を目論むのなら、『目には目を』と言うことで、こちらも同じく『日本』から、『軍隊』を召喚することにしたのです」


「──そんなもの、敵を増やすだけじゃ無いのか⁉」


「いえいえ、同じ日本の軍隊といえども、我々教団が召喚したのは、かつての大日本帝国による侵略戦争を心から反省して、『正義と平和の軍隊』として甦った、『自衛隊』なのですから!」


「……『ジエイタイ』? 正義と平和の軍隊、だと?」


「軍隊が、正義と平和を騙るなんて、一体何の冗談なんだ⁉」




「冗談なんかじゃ有りませんよ、自衛隊こそ『平和憲法』のもとで、けして武力を国際問題の解決手段として使わず、むしろ自国や周辺地域の平和を維持するために存在し続け、同じく平和を愛する同盟国や友好国が無法者国家の侵略に遭おうものなら、『集団的自衛権』に基づいて、そこで初めて『正義の軍事力』を行使すると言った、まさしく『ピースメーカー』を地をいく武力組織なのです!」




「「「──おいおい、そんなあまりにも『綺麗事』そのまんまの『暴力装置』なんて、本当に存在し得るのかよ⁉」」」




「それは皆様御自身が、先ほど直接体験なされたばかりではありませんか? 彼ら自衛隊が、何よりも平和と正義を守るために、自分たちの『御先祖様』である『魔女教徒』──すなわち、『大日本帝国軍人』の転生体を殲滅しなければ、この中つ国は滅亡していたかも知れないのですよ?」




「「「──うぐっ⁉」」」




「まあ、そうは申しましても、そもそも『魂』だけの存在とも言える転生者は、完全に滅びることなぞ無く、何度でも甦ることができるのですがね。──そう、自衛隊と大日本帝国軍の、この世界を舞台にした、お互いの『正義』を賭けた闘いは、今始まったばかりなのですよ☆」

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