【竹島の日記念】進撃のヴァルプルギス⁉

 ──この国は、数十年前からずっと、『壁』に閉ざされていた。




 ただし、その壁は、目には見えなかった。




『九条の盟約』。


 この島に生まれた魔女たちを、生涯縛り続ける、絶対の障壁。


 一年中、わずかな例外の日以外は、大小様々な島々からなる領内から、出て行くことはできなかった。




 ──文字通り、魔女たちにとっての『呪縛』にして、数十年前の大戦における様々な罪科に対する、『報い』として。




 ……だけど、


「だけど、母さん。空には壁なんて、存在しないじゃないか」


 いつものお気に入りのくさはらに寝そべりつつ、遮るものが何もない、無限に広がる蒼穹を見上げながら、私はそのように独り言ちた。


 そう、


 確かに私は、先祖代々の、魔女の血を受け継いでいた。


 だけど、百年近く前の御先祖様の罪なんて、今更問われても困る。


 私たちはあくまでも、『今』を生きているだけなのだから。


 たとえ魔女の幼生むすめ──『魔法少女』で、あろうとも。


 昔に生きて、死んだ人たちの、『呪縛』に囚われたりするものか。


 そうだ、


 今日こそ、越えて行こう、


 あの、果てしなき大空へ、


 どこまでもどこまでも、飛んで行こう。




『仲間たち』と、一緒に。




「──ヘレナー!」




 だだっ広い野原中に、唐突に響き渡る、他ならぬこの私を呼ぶ声。


 背負ったマントを、大きくはためかせながら駆け寄ってくる、一つの影。


 右手に持っている古風な大振りの箒以外は、トンガリ帽子から足元のブーツまで、全身黒一色。




 ──私のとまったく同一の、魔法少女のための、『戦装束バトルコスチューム』。




「もうっ! 『出撃』の日まで、こんなところにいるなんて! 随分探し回ったんだから!」


「……ミクラ」


「さあ、お母さんも待っているわ、行きましょう!」


「おい、お母さんじゃ無いだろう? 今日からは『魔女長』殿だ、間違えるな」


「──あ」


「……まったく、初陣で浮ついているのは、おまえのほうじゃないのか?」


「そ、そんなこと、無いもん!」


「それにしても、どうして今日なんだろうな」


「仕方ないじゃない、最高族長会議において、今日を『バンブース島の日』と定めて、いよいよ我が皇国の、数十年来の屈辱を晴らすことを決定したのだから」


「いや、私が言いたいことは、そういうことでは無くて」


「わかっているって、せっかくのお母さん──いえ、魔女長殿の誕生日なのに、出撃に重なってしまうなんてね。これじゃバースディパーティもできやしないわ」


「……ふん、一匹でも多く、半島のエルフどもを血祭りに上げて、魔女長へのプレゼントにすりゃあ、いいだろう?」


「──はっ」


「な、何だよ」


「はっ、ははっ、あははははっ! いえ、いかにもヘレナらしいと思ってさあ」


「ちょっと、そんなに私、『武闘派』に見える?」




「いいんじゃないの? いかにも『魔女っ子』らしくて。きっとお母さんも、喜んでくれるよ!」




「──ッ」


 ……そうだな。


 私たちは、どう抗ったところで、『世界の敵』である、魔女の娘に違いないのだ。




『昔の罪』は、知ったこっちゃ無いが、あくまでも何の罪も無い現在の私たちに対して、あんまりうるさく責め立ててくるつもりなら、




 ──お望み通り、『新しい罪』を、犯してやろうじゃないか?




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……本当に、『列島の魔女』どもは、攻めてくるんですかねえ」




 九条列島ブロッケン皇国と東エイジア大陸とに取り囲まれた、ブロッケン海上に浮かぶ小島、『バンブース島』。




 まさにこの日、現在この島を実効支配している、南半島ライトエルフ王国軍によって、厳重なる臨戦態勢がとられていた。




 本来はあり得いないはずの、ブロッケン皇国の再侵攻への対応を急遽命じられて、不安に駆られるあまり、そこかしこで止めども無く話し声が聞こえてくる。


「そりゃあ、来る確率のほうが高いだろうな。いきなり『バンブース島の日』なんて設定したかと思えば、今日の式典に合わせて、まさにこのバンブース島を臨む『イズモシティ』に、あれだけ大勢の魔女や魔法少女たちを、完全武装で集結させているんだからな」


「それにしても、我が軍の防御態勢は、あまりにも過剰ではありませんか? こんな小さな島を防衛するために、普段の守備隊の十倍以上の兵員や兵器を配置しており、特にブロッケン側の海岸線にずらりと設置されているのは、我が軍の虎の子のミサイル迎撃部隊ではありませんか?」


「馬鹿言うな、あれでも足りないくらいだ。何せ敵が空から来ようが海から来ようが、この島に上陸する前に、すべて殲滅しなければならないんだからな」


「ええっ、そんなことが、可能なんですか⁉」


「たとえ成功確率が低かろうが、是非とも成し遂げなくてはならないんだよ!」


「ど、どうして?」




「忘れたのか? 本来魔女たちは、四月末日の『ヴァルプルギスの夜』以外は、九条列島の外には出られないはずなんだ。それなのに急遽制定された本日2月22日の『バンブース島の日』に、万に一つでも上陸を許したんじゃ、この島が全世界の国々が参画して取り決められた、『九条の盟約』に則った、『ブロッケン皇国の固有の領土』の範囲内であることが、証明されてしまうではないか⁉」




「──ッ。それって、まずいじゃないですか⁉」


「まずいからこそ、これだけの過剰なる防衛体制をとっているんだ! わかったらおまえも油断せずに、敵さんの襲来に備えておけ!」


「アイアイサー!」


 空を飛んだり、海上を水上スキーして来たりして、高速移動が十八番オハコの魔女や魔法少女たちのことゆえに、いつなんどきいきなりやって来るとも知れないので、いい加減おしゃべりを切り上げて、気を引き締め直す南半島軍兵士たち。


 ……ちなみに、


 これまで、いかにも『おっさんの兵士同士の会話』であるかのように描写してきましたが、実は南半島ライトエルフ王国民である彼らは皆、美男美女であるとともに非常に長命でもあるから、ビジュアル的にはプラチナブロンドの髪の毛と翠玉色エメラルドグリーンの瞳も麗しい、超絶美少年ばかりですので、悪しからず♡




「──来ました、空からです! 一人の魔女に率いられた魔法少女が数名ほど、魔法の箒に跨がって、こちらへと急接近中!」




 その時突然の、物見の兵士からの急報に、エルフ兵たちの間に緊張が走る。


「よし、本島に近づくにつれ、攻撃のために速度を落とすはずだ。それに合わせて、対空砲撃を開始せよ!………………………って、あら?」


 威勢良く命令を下そうとした指揮官殿であったが、そんな彼をあざ笑うかのようにして、まったくスピードを落とさず、むしろますます加速しながら、バンブース島上空を猛スピードで通過していく、魔法少女たちの一隊。


「な、何だ?」


「どうしてブロッケン皇国軍が、バンブース島を素通りしていくんだ?」


「この島を奪還することこそが、あいつらの悲願じゃ無かったのか?」


「──ちょっと待て!」


「ど、どうしたのです、隊長?」


「あいつら、このままスピードを上げ続けて、一体どこに行くつもりなんだ?」


「どこっ、て」


「確か、あっちの方角にあるのは」




「「「我らが王都たる、ジーレ特別市?」」」




「──ちょっ⁉」


「そんな、馬鹿な!」


「『ヴァルプルギスの夜』でもあるまいし、魔女や魔法少女が、他国の領土を侵したりできるものか⁉」


「そんなことを、言っている場合か!」


「そうだ、王都守備隊のほとんどの部隊が、現在この島にいるんだぞ⁉」


「そのような防備の薄い王都が、襲撃されてしまったら……」


「くっ、やつらの狙いは、これだったのか⁉」


「必要最小限の兵員を残して、今すぐ王都に取って返すんだ!」


「もう、遅い! 空飛ぶ魔法少女たちに、追いつくものか!」


 ──あまりに予想外の事態に、たちまち大混乱に陥る、バンブース島防衛隊。




 しかもその後すぐに、王都が瓦礫の山になってしまったことが伝達され、完全に戦意を失ってしまったところに、




 ブロッケン皇国軍が、『あちらの世界の第二次世界大戦時の日本海軍のレプリカ軍艦』による大艦隊を組んで押し寄せてきて、長距離艦砲射撃をしこたまぶち込んできて、バンブース島のほとんどすべてが、更地に変えられてしまったのであった。〜めでたし☆めでたし〜。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 一方、ブロッケン海上を飛行し続けている魔法少女隊のほうは、そろそろ南半島ライトエルフ本土に差しかかりつつあった。




「……なんかバンブース島の海岸線に、すごい数のエルフ兵がいるのが見えたんだけど、どうしたのあれ?」


「どうしたもこうしたも、私たちブロッケン皇国軍が、攻め込んでくるとでも思っていたんでしょう」


「はあ? あんな戦略価値の無い小島なんて、あえて生身で攻撃したりせずに、海軍の機動部隊にでも任せるわよ⁉」


「……まったくだ。わざわざ『九条の盟約』を破棄してまで、『宣戦布告』をするのだ。相手の防備が間に合わぬうちに先制攻撃をカマすとしたら、首都等の重要都市に決まっているではないか」




「こらあ、ヤシロちゃんにミクラちゃんにヘレナちゃん。そろそろジーレが見えてくるから、おしゃべりはその辺にして、戦闘準備に入りなさあい」




「「「──イエス、マム!」」」




「ま、まあ、魔法少女であるあなたたちの上官である私を、『マム』と呼ぶのは間違っていないけど、実際にも『母親』なんだから、何だか紛らわしいわね」


「それでは、タンヤン隊長とお呼びいたしましょうか?」


「それとも、今回は古巣のブロッケン皇国軍での作戦ですので、先祖代々の『魔女名』である、『ユキカゼ』のほうが、よろしいですか?」




「──ふふふ、まさかこの『特別実験隊』が、魔女大戦終結後にブロッケンの領土では無くなった、『タイヴァーン島』に残された魔女たちの子孫によって構成されているとは、夢にも思わないでしょうね。そもそも生まれた時から皇国の領域の外で暮らしているのだから、当然『九条の盟約』に縛られること無く、エルフ半島であろうが東エイジア大陸であろうが、好きなだけ侵攻し放題だったりしてね♡」

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