【新シリーズ試作版】ヴァルプルギスの鏡像。

『──こちら山崎中隊、目標「中つ国」帝都「北の京」の市街地の灯火を、肉眼で確認!』




「──こちら伊藤司令分隊、全隊、爆撃降下体勢に入れ!」




『──山崎中隊、了解!』


『──井上中隊、了解!』


『──山田中隊、了解!』


『──谷口中隊、了解!』


『──川本中隊、了解!』


『──東城中隊、了解!』


『──牧瀬中隊、了解!』


『──沢田中隊、了解!』




「──よし、全隊、突撃! 今こそ我らの大和魂を、存分に見せてやれ!」




『『『──うおおおおおおおおおおおおおお!!!』』』




 隊長殿の『檄』に呼応するように、深夜の極東海上に響き渡る、無数の怒号。




 ただし、各『隊員』たちの声は、最後のものだけは、紛う方なく『肉声』であった。




 ──しかも、いかにも甲高い、『少女』特有のものであったのである。




 そう、




 夜陰に乗じて大編隊を組んで飛行している、『彼女』たちこそは、




『あちらの世界』の第二次世界大戦において、『真珠湾』へと奇襲攻撃トラトラトラに向かっている、大日本帝国海軍の戦闘機や雷撃機や爆撃機なんかでは無く、




 トンガリ帽子に漆黒のマントを羽織って、空飛ぶ箒に跨がった、いまだ年端もいかない、いわゆる『魔法少女』たちであり、




 この世界そのものも、現代の地球なぞでは無く、剣と魔法のファンタジー異世界ワールドであったのだ。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 ──『ヴァルプルギスの夜』と呼ばれる、『あちらの世界』の欧州における、高名なる宗教的祝祭日がある。




 本来は『春の到来』を告げるイベントで、古来より4月の最終日から5月最初の早朝にかけての一夜において、魔女たちがドイツのブロッケン山に集結して『祭りサバト』を催して、呑めや歌えやと一晩中騒ぎ続けると言い伝えられていた。




 非常に偶然なことにも、この剣と魔法の異世界にも『ヴァルプルギスの夜』という、世界的に特別なるイベントが存在していたのだ。


 ……ただし、何と言ってもガチの『剣と魔法のファンタジーワールド』であるので、ホンマものの魔女が関わっているイベントであることが、『あちらの世界』ではあり得ない最大の特徴であったが、それ以外にもけして見過ごせない『本質的な違い』があった。




 こちらの世界では、魔女は基本的に極東海上に浮かぶ弓状列島『ブロッケン皇国』内に一年中閉じ込められており、年に一度の『ヴァルプルギスの夜』のみに、島外に出ることができたのだ。




 よって、列島の北西方向に広がっている、東エイジア大陸諸国の東岸部の諸都市にとっては堪ったものではなく、海岸線周辺の都市部は放棄して内陸部に引っ込み、特に『ヴァルプルギスの夜』の当日には、箒に乗ってやって来る魔女や魔法少女たちの飛行到達範囲には、けして足を踏み入れないようにしていた。


 それと言うのも、東エイジアにおける主な種族である、人間ヒューマン族やエルフ族に比較して、魔女は莫大な魔法力を誇っており、他の種族と協調したり世の道理に従ったりする必要も無く、まったく交渉の余地は無くただ暴れ回るばかりなので、手の施しようが無かったのだ。


 とはいえ、魔女たちの『魔法の箒』の飛行範囲は限られており、しかも活動可能時間も『一晩』に限られているので、被害予想地域の防衛体制さえ万全に整えておけば、それ程甚大な被害を被ることは無かった。




 ……少なくとも、今年の『ヴァルプルギスの夜』までは。




『──こちら、帝都防衛師団第六分隊。現在被害甚大!』


『──残留魔力量が汚染限界値を大幅に超えており、生存者の捜索及び救助活動も難航!』


『──依然敵による「爆撃」が続行中、対空砲火、追いつきません!』


『──すでに、帝都の市街地の約七割が壊滅!』


『──帝都防衛師団も、陸軍空軍共に、三割以上の戦力を喪失!』


『──もはや、組織的な継戦は不可能です!』




 次から次へと、防衛師団本部へと舞い込んでくる、絶望的な戦況報告の数々。


 もはや忍耐も限界に達した、壮年の師団長殿は、握りこぶしで己の太ももを殴りつけるや、勢いよく立ち上がった。




「──『爆撃』だと、ふざけるな! あれはまさしく、『自爆』ではないか⁉」




 いかにも吐き捨てるように言い放つ、憤怒の情のこもった言葉。


 そうなのである。


復路かえりみち』のための時間や飛行魔法力を度外視して、全力で飛来してきた無数の魔法少女たちは、


 彼女たちがコードネームで言うところの『中つ国』である、神聖帝国『ёシェーカーёワルド』の帝都の中心地に到達するや、スピードを少しも緩めること無く、そのまま全速力で降下体勢に入ると同時に、




 体内の莫大なる『魔導力』を暴走させて、『あちらの世界』のちょっとした『核兵器』並みの、大爆発を起こしたのであった。




 それが無数に落下してくるものだから、堪ったものでは無かった。


 もはや帝国側には、為す術も無かった。


 ……何度も繰り返して述べるが、ここは剣と魔法とファンタジーワールドであり、


 第二次世界大戦どころか、第一次世界大戦当時の文化レベルにもほど遠い、


 いわゆる『中世ナーロッパ』とも、揶揄されている、


『あちらの世界』に比べれば、大幅に稚拙な技術水準でしかなかったのだ。


 そもそも毎年恒例の『ヴァルプルギスの夜』自体も、ブロッケン列島から大陸東岸へと飛来してきた魔女や魔法少女たちが、いかにも『おとぎ話ファンタジー』そのままに、あちこちに『いたずら』をして回る程度の話で、最悪のケースでも、これまた『魔女イベント』にありがちな、『人さらい』をするくらいのものであった。


 よって、帝国側の防衛体制も、魔法の使える『魔導士部隊』を主力メインとし、開発に成功したばかりの単純なライフル銃等からなる、『銃火器部隊』を補助的に配置するといった程度のものだった。


 一応『航空隊』なるものも存在していたが、これまたファンタジーワールドらしく、騎士や剣士が飛竜を駆って空を翔る『騎竜隊』と呼ばれるもので、魔力をフルパワーで発揮し全速力でかっ飛んでくる魔女や魔法少女には、とてもじゃないが対応できなかった。


 ……ただでさえこのような体たらくだと言うのに、何と今回の『ヴァルプルギスの夜』においては、全速力で飛来してきた無数の魔法少女たちが、そのままあたかも隕石でもあるかのように、超音速で落下してきて、自分自身を爆弾にして甚大なる被害を及ぼすという、予想だにしなかった非人道的戦術をとってきたのである。


 その結果、頼みの魔導士部隊は、アッと言う間に全滅してしまい、残った銃火器部隊ではろくに迎撃行動もとれず、せめて一般市民の避難誘導に徹しようとしたものの、遮る物の無い上空から急降下してくる無数の『魔法少女爆弾』の前には、軍民もろとも灰燼と帰するのみであった。


「……くそう、何か、何か打つ手は、無いのか⁉」


 苦痛に顔を歪めながらうめき声を上げ、ただ夜空を睨みつけるばかりの師団長殿。


 ──そして、そんな彼の頭上へと、降り注いできたのは、




『うふふふふふふふ』


『あははははははは』


『ほほほほほほほほ』


『くすくすくすくす』




 何と、『爆弾の少女』たちの、純真無垢なる笑声の雨あられであった。


「……ど、どうして、これから自爆特攻をするというのに、笑っていられるんだ?」


 ──化物どもめが!


 駄目だ、


 あんな化物には、我々人間ヒューマン族の『常識』なぞ、通用するものか!


 ……もう、無いのか?


 ──打つ手は、何も無いのか⁉




 そのように、


 全軍の指揮官である大の男が、己の無力感に打ちひしがれていた、




 ──まさに、その刹那であった。




『──な、何だ、あれは⁉』


『──緊急報告! 緊急報告!』


『──新たなる、未確認飛行物体を、発見せり!』




「……な、何だと⁉」




 更なる予想外の急報を受けて、魔法少女たちとは反対方向の空へと仰ぎ見る、師団長殿。


「あ、あれは……?」


 それは一見すると、あたかも紙飛行機を巨大化したかのような、全体的に三角形のシルエットしていた。


 それが数十体ほど、みるみるうちに魔法少女たちの大編隊へと、迫り来たかと思えば、


 翼下に懸架していた、多数の『空対空ロケット弾』を四方八方へと発射して、ほとんどの『少女爆弾』どもを、空中で爆破したのであった。


「──なっ⁉」


 しかも、辛くも撃ち漏らしてしまい、すでに降下体勢に入り音速を超えた魔法少女たちに対しても、難なく追いすがっていき、今度は20ミリ機関砲をお見舞いして、『全員撃墜』を成し遂げたのであった。


「す、すごい、あれだけの魔法少女たちを、全滅させてしまうなんて⁉」


 あまりに思いがけない事態の急変に、もはや茫然自失となり立ち尽くすばかりの隊長殿であったが、何とまさにその『謎の救世主』たちが、突然空中で全機停止するや、そのままゆっくりと垂直に降下してきたのだ。


「な、何だ、この奇っ怪な空中機動は? まさかこれもすべて、『魔法』で動いているのか?」


 ──だが、驚くのは、まだまだ早かったのだ。


 謎の飛行機械のキャノピーを開け放って、全員揃って姿を現した、『彼女』たちの姿を一目見て、思わず我が目を疑う壮年男性。




「……ま、魔女?」




 そうなのである。


 基本的には金髪碧眼しかいないはずのこの神聖帝国『ёシェーカーёワルド』においては、あまりにも異彩を放つ漆黒の長い黒髪と、彫りの深い端整なる小顔の中の鮮血のごとき深紅の瞳は、まさに敵国『ブロッケン皇国』の住人であり、かつての世界の支配者、『魔女』そのものであったのだ。


 ──魔法少女だけでは無く、こいつらもすでに侵攻してきていたのか⁉


 ……しかし、それならどうして、仲間である魔法少女たちを攻撃したのだ?


 それに、もうすぐ夜が明ける。


 早くブロッケン列島に戻らないと、存在そのものが消失しかねないというのに、どうして余裕の表情で微笑んでいられるんだ?




 ──そのように、大混乱に陥っていた師団長殿に対して、おもむろに帝国軍人方式の敬礼をするとともに、一斉に口を開く女性パイロットたち。




「「「救援に駆けつけるのに、大変遅れて申し訳ありませんでした! 我らは『現代日本からの転生者』からなる実験部隊、『theエイ隊』のラムジェット戦闘機隊、『ザラマンダー』であります!」」」




 ──そう、実はこの世界の『魔女』の正体とは、他の世界からの『転生者』であったのだ。

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