第46話、妖怪が異世界を徘徊している、『転生者』という名の妖怪が。

「……大ニッポン帝国? それに、大トウア共栄圏、って」




 自分の王国の外務大臣が、別の世界の軍人の生まれ変わりだとか言い出すだけでも、直属の上司としてはどう反応すればいいのか途方に暮れるところだと言うのに、何だかわけのわからない国名だか地域名まで出されてしまい、もはや完全にお手上げ状態となるエルフの女王様であった。




 しかしそれに対して、知らぬ間に上司から『中二病』嫌疑をかけられてしまった、当の青年貴族のほうは、


 ──更に衝撃的な事実を、開陳するのであった。




「つまりですね、今回この南半島ライトエルフ王国に宣戦布告をしたのは、実質上はブロッケン皇国では無くて、本来他の世界の過去の歴史上存在していた大日本帝国であり、だからこそ本来九条列島に閉じ込められているはずの魔女たちが、海を隔てたこの国に対して軍事行動を及ぼすことができたのですよ」




「………………………は? いやいやいやいや、ちょっと待って!」




「おや、何かご疑問な点でも?」


「むしろ疑問ばかりなんですけど、特に問題なのは、その大ニッポン帝国ってやつよ! うちの国に宣戦布告してきたのは、間違い無くブロッケン皇国だったじゃない⁉ もし違うと言うのなら、宣戦布告自体が無効となって、今回の戦争行為が国際法上においても、認められなくなるんじゃないの⁉」




「そんなことは無いでしょう、確かに私たちは皆この世界に生を受けた時から、自分たちを大日本帝国の軍人と認識しておりますが、それはあくまでも『中身』の話であって、『外見』のほうは主にブロッケン皇国民なのだし、他国に対して宣戦布告をする場合、ブロッケン皇国として行わざるを得ず、もちろんこの王国を含む諸外国においても、ブロッケン皇国民の中身がどうなっているのかなんて知りようが無いのだから、普通に『ブロッケン皇国が宣戦布告をした』と認識するだけで、今回の宣戦布告の正当性を疑う国家なんてあり得ませんよ」




「……それってつまり、今やブロッケン皇国が、大ニッポン帝国とやらに、完全に乗っ取られてしまっていると言うことなの?」


「は? まさかそんな、我ら大日本帝国が、一つの国家を乗っ取り成り代わっているなんて、そのように見なされてしまうとは、はななだ心外ですな」


「そ、そうよね、いくら異世界からの転生者の数が多かろうが、少々チートなスキルを持っていようが、国そのものを乗っ取ることなんて、できるわけが──」




「何せ我々大日本帝国は、もはや『国の概念』を超越しており、その構成員はすでに世界中に存在していますから、やろうと思えば『大東亜共栄圏の建設』どころか、『世界同時革命』すらも、十分可能なのですよ」




「………………………え、世界同時革命、って、何ソレ⁉」


「非常に癪に障る話ですけど、まさにこれぞ、むしろ我々大日本帝国の最大の殲滅対象である、コミー主義者たちの最終目標なのですが、実は現在我々『転生者』こそは彼ら同様に、『精神的存在』となっており、国とか人種とかの概念すらも超越しているのです」


「コミー主義、それに精神的存在、って……」




「『コミー主義』を奉ずる者たちは、まさにあなたのような王族にとっては天敵みたいなやつらで、社会の最底辺の労働者階級による、生産手段の独占と国家運営を行うと言ったとち狂った思想を、自分の国どころか世界中に広げようとする、狂信的な思想に囚われた集団のことです。彼らがやっかいなのは、同じ思想の持ち主であれば、国や人種を越えて団結でき、世界中に『同志』の連帯の輪を拡大していけることです」




「──ちょっ、そんなやつらが、いろいろな国で反乱を企てていたとしても、対処のしようが無いじゃないの⁉ ある意味姿の見えない幽霊を相手にするようなものだし!」


「おお、言い得て妙ですね。我々の世界ではかつて『コミー主義』そのものを、『妖怪』と形容した御仁がおられましたよ。──ただし、コミー主義をちゃんと国家レベルで弾圧することに成功した国が、歴史上ただ一つだけ存在しておりましたけどね。そう、それこそがまさしく、我が大日本帝国だったのです!」


「え? たった一つだけって、そんなことは無いでしょう? そのような労働者による資本支配を目論むなどといった、頭の狂った思想犯なんて、うちのような伝統的な王国はもちろん、近年発展がめざましい資本主義国家においても、絶対に認められず、徹底的に撲滅の対象になるのでは?」




「先ほども申しましたように、コミー主義者どもは、どこの国でもどこの組織でも、正体を隠して潜入し、知らぬ間に周りの者たちまでコミー主義に染めていくことが可能ですので、気がつけば資本主義国のリーダーであるアメリカ合衆国を始めとして、ほとんどすべての国がコミー主義者に無自覚に誘導されて、自由主義陣営に属するポーランドや中華民国を守るために始めた第二次世界大戦だったと言うのに、むしろ反コミー主義の急先鋒だった大日本帝国やドイツ第三帝国を滅ぼすことになり、当のポーランドや中国をも含めて、世界の多くの国がコミー主義に塗り替えられてしまうと言う体たらくだったのです」




「──どうしてそうなった⁉ 無茶苦茶怖いな、コミー主義って! よく大ニッポン帝国は、自分の国内だけとはいえ、コミー主義者どもを抑えることができたよな?」




「そりゃあ内務省の指揮のもとで、コミー主義者なんかよりもよほど恐ろしい、『特別高等警察官』を大量導入して、思想犯と疑わしき者は問答無用に逮捕拘禁して、情け容赦ない取り調べや拷問によって、組織の全容を洗いざらい白状させて、芋づる式に一網打尽にしていきましたからね。──つまり我が大日本帝国こそが、アジア全土における『コミー主義化の防波堤』だったというのに、コミー主義者どもに扇動されたアメリカやイギリスが喧嘩をふっかけてきて、せっかくの自由主義と平等主義のもとでの大東亜共栄圏の建設をおじゃんにして、東アジアの大部分が戦後数度の内戦を経て、めでたくコミー主義化してしまいましたとさ」




「し、思想犯に対する、問答無用の逮捕拘禁に拷問て、なによ、大日本帝国って、そんな恐ろしい国だったの⁉」


「恐ろしいって、それくらい『普通のこと』ですよ」


「──思想弾圧が普通って、ほとんど独裁状態のエルフ王国の元首である私から見ても、『怖さの限界突破』以外の何物でも無いよね⁉」


「さっきとは、話は逆なのですよ。確かに国内法は対外的には国際法の下に置かれて、基本的に効力がまったく有りませんが、当然のごとく、国内に対しては絶対的な効果が望めるのです」


「だからといって、国民を弾圧するのは、あまり褒められることでは無いのでは?」




「何をおっしゃるのです、まさにこれこそは、国民の自由や権利と社会全体の福祉とを両立するための、最も理想的なやり方なのですよ?」




「はあ?」

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