第44話、まさか『平和憲法』国家が、奇襲してくるとは思いませんでした。
「──外務大臣、これはどういうことなの⁉」
南半島ライトエルフ王国宮城の最上階の、御前会議室にて響き渡る、妙齢の女性の怒号。
何とそれは当国の最高権力者であるはずの、女王ティーガー=ザッツの、真珠のごとき
今や文字通り『鬼の形相』そのままに、怒りに歪んでいる、麗しのご尊顔。
しかし、今この場にいる十数名ほどの者たちは、すぐ面前の外務大臣と呼ばれた青年を始めとして、女王様の烈火のごとき剣幕に、わずかにも動ずることは無かった。
「……どういうことも何も、極東海上九条列島のブロッケン皇国が、正式に宣戦布告をするや否や、当方の国内主要都市をすべて瓦礫の山にするとともに、北半島のダークエルフ人民共和国の人民解放軍が、ライトエルフの保護を名目として38度線を越えて進出してきて、今やこの南半島ライトエルフ王国は、完全に外国勢力の支配下に置かれているだけですが、それが何か?」
「──『それが何か』って、ツッコミどころが満載で、どこからどうツッコめばいいか、わからないくらいよ⁉」
「ほう、たとえば?」
「九条列島の結界の壁に阻まれて、年に一度の『ヴァルプルギスの夜』にしか島外に出ることができない魔女たちが、『宣戦布告』なんぞをするなんて、本気にする者なんかいるわけ無いでしょう⁉ そのようにこちらの油断と混乱を誘っておきながら、卑怯にも同時多発テロなどと言った正規軍にあるまじき戦法を採るなんて、こんなもの、もはや正式なる戦争行為では無く、単なる犯罪行為じゃ無いの!」
一見すると『ごもっとも』とも思われるご意見を、怒濤の勢いでまくし立てる女王様。
それに対していかにもあきれ果てたかのようにして、深々とため息をつく外務大臣。
「あのですねえ、この王国内で勝手にブロッケン皇国を被告にして裁判を行って有罪にして、散々他国の主権を貶めて悦に入っていた、あなた様にはご理解できないかも知れませんが、一般的な常識では、ある特定の国家の司法判断や法令なんかよりも、国際的取り決めのほうが当然のごとく優先されるんですよ? すなわち、ブロッケン皇国が正式な手順を踏んで『宣戦布告』をして戦端を開いた場合は、国際的には何も問題は無く、こうして敗戦してから四の五の文句をつけたところで、『負け犬の遠吠え』以外の何物でも無いのです」
「この侵略行為が、国際的には何も問題無いなんて、そんな馬鹿な⁉ 基本的には魔女は九条列島の外には出られないんだから、そもそも『宣戦布告』自体が無効でしょうが⁉」
「いや、
「──そんなこと、できるわけが無いでしょう⁉ それって法治国家において、現在のブロッケン皇国の『九条の結界』の壁が、『平和憲法』の壁になっているようなものであって、当然すべての国民を縛りつけており、いかなる武力行為も赦されないはずでしょうが⁉」
「いい加減にしろよ、アホ女王! さっきから『国際法は国内法に優先する』と言っているのに、ちっとも頭に入っていないじゃないか⁉ この典型的な『半島脳』が!」
「ひいっ⁉」
「たとえ憲法といえども、あくまでも『国内法』である限り、当該国内にしか効果は及ばず、ちゃんと『交戦権』は有しており、国際法に則って『宣戦布告』をして戦端を開いた場合は、いかなる非難も浴びることは無いのですよ。──なぜなら、『うちの国は平和憲法に守られているのです!』なぞと、いくらわめこうが、よその国としては知ったこっちゃ無く、必要とあらば躊躇無く侵略してくるし、その際国際法をちゃんと守っていれば、どこからも非難されることも無いし、平和国家の人々が敗戦してから文句を言ったところで、何の意味も無いのですよ」
「……え、じゃあ、平和憲法なんて、国際的には何の意味も無いの?」
「その国の人々の、平和を愛する『お気持ち表明』くらいの意味は、有るんじゃないですか? ──もちろんそんなものなんて、実際に戦争になった場合、屁のつっぱりにもなりませんけどね」
「お、お気持ち表明って、平和憲法がかよ⁉」
「まあ、むしろ使い方次第では、戦略上、非常に有効に活用できますけどね。──まさに、今回のように」
「え、『お気持ち表明限定憲法』を、有効に活用できるって。……それも、戦略上?」
「ブロッケン皇国が『九条列島の結界』に阻まれているからこそ、あなたのようなトップを始めとして、南半島のエルフが全員、完全に油断しきっていたではありませんか? そこを突然の『宣戦布告』によって、混乱の坩堝にたたき落としてから、島外に出ることのできない自分たちの代わりに、元々南半島内にいた他種族の『同志』たちに武装蜂起させて、王都ジーレ特別市を始めとして、主要都市を軒並み壊滅させることができたのですよ。いやあ、想像以上の大成功でした。あなた方南半島のライトエルフたちが、一人残らず考え足らずの能無しばかりで、本当に良かった♡」
「──ッ」
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