第43話、奴隷としての本分。

『──南半島ライトエルフ王国の市民の皆さん、ご安心ください、我々北半島ダークエルフ人民解放軍は、同胞であるあなた方を保護するために参りました。けして抵抗すること無く、大人しく投降してください。──繰り返します、南ライトエルフ市民の皆さん、ご安心ください、ご安心ください、ご安心ください、我々は皆様の同胞たる、北半島ダークエルフ人民解放軍です』




 魔導大陸エイジアの極東部に位置する、『森の一族エルフ半島』南部、ライトエルフ王国の首都ジーレ特別市。


 大陸一番の享楽の都として栄えてきたこの街は、今やかつての栄光なぞ微塵も感じられないほど、




 ──瓦礫だらけの廃墟と、成り果てていた。




 王都中を網の目のように走っていた大小様々な道路の上には、無数の老若男女のライトエルフたちの死骸が折り重なっており、わずかに生き残った者たちも、皆一様に傷つき完全に疲弊しきって、力無くその場にうずくまり続けていた。


 ──すると、その時、




「ぎゃっ⁉」


「ひぎぃ!」


「ぐうぉっ⁉」


「や、やめてえええええっ!」




 大通りのそこかしこから響き渡ってくる、悲鳴や怒号や断末魔。


 それも、そのはずであった。


 ちょっとした一軒家ほどの巨体を誇る大勢の白熊たちが、背中にダークエルフの解放軍兵士を乗せたまま、路上に散在しているライトエルフたちを、その生死を問わず、どんどんと踏み潰していったのだから。


 ──その横っ腹に黒々としるされた、『Tー34』の文字。


 これぞまさしく、北半島人民共和国ご自慢の、脅威の生体兵器、『熊型獣人戦車』のご登場であった。


 その情け容赦無しの蹂躙っぷりに、ついに堪りかねたライトエルフの男性が、抗議の声を上げた。


「おいっ、やめろ、やめてくれ! あんたたちは、俺たちの救助に来たんだろ? なのにどうして、死体どころか、まだ息のある者まで、戦車で踏み潰すんだ⁉」


 それに対して、白熊の上に跨がっているダークエルフの女性兵士のほうは、いかにも値踏みするような冷徹な視線を向けてくる。


「……ほう、おまえはまだ『使えそう』だな。──よし、そこの死にかけのメスとガキを捨てて、我が戦車隊の最後尾の隊列に加われ!」


「なっ⁉ こ、こいつらは、俺の妻と娘だぞ⁉」




「役に立たない者なぞ、助けるいわれは無い。我々が求めているのは、この南半島の地に、新たなるコミー主義国家を打ち立てるための、オスの奴隷労働力と、ダークエルフ族を繁殖させるための、使い捨ての母胎はらみぶくろだけだ」




「き、貴様⁉ 何が『保護』に来ただ! 本当はおまえら『北』も裏では、九条列島の魔女どもとつるんでいるんだろう⁉ このエルフの面汚しが! やっぱりダークエルフなんぞは、我々ライトエルフの足元にも及ばない、ただの『劣等種』だ!」


 自分の家族をまるで『廃棄物』であるかのように言われて、つい頭に血がのぼり、現在の立場をすっかり忘れて、目の前の『完全武装の兵士』に向かって食ってかかっていく、ライトエルフの男性。


 それに対して軽くため息をつくや、傍らの白熊戦車に騎乗している兵士へと、


 冷ややかな声音で、何の感情も無くぽつりと告げる、隊長殿。




「……やれ」




「「「はっ!」」」


「──うぐっ⁉」


 ダークエルフの女隊長の命令一下、すでに構えていた弓から矢を放ち、即座にライトエルフの男を射殺す女性兵士たち。




 ──しかも、ついでとばかりに、彼の妻子をも、道連れにして。




「見ての通りだ、死に損ないども! 貴様らライトエルフが生き残る道は、ただ一つ! オスもメスも一匹残らず、我々ダークエルフの奴隷となるだけだ! 反抗的な奴隷なぞ、必要ない! 今ここで『殺処分』する! 死にたくなかったら、とっとと隊列に加われ!」




 敵の女兵士の『最後通牒』を聞くや、慌ててよろよろと立ち上がり、無数の戦車の群へと連なっていく、必死の形相のライトエルフたち。




 もはや身を起こす気力も無い、自分の友や恋人や妻や夫や親や子供たちを、あっさりと見捨てて。




 ──なぜなら、こんなことなぞ、彼らにとっては、『奴隷としての魂』に刻み込まれた、ごく普通の行為に過ぎないのだから。




 まだブロッケン皇国が『九条の結界』に阻まれていなかった当時は、この半島のすべてのエルフたちが、魔女の奴隷だったのであり、強欲かつ残虐である彼女たちのご機嫌を損なうことの無いように、オスもメスも自ら進んで下僕として奉仕して、自分が生き延びるためになら平気で、友や恋人や妻や夫や親や子供たちを売り飛ばしていたのである。




 ──そう、彼らは数百年ぶりに、思い出したのだ。




 自分たち半島の民が、いくらエイジア大陸における最上位種たるエルフであろうとも、全世界における最高種である九条列島の魔女たちにとっては、単なる慰み者に過ぎない下等動物であったことを。

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