【本編】その2

第2章、ヴァルプルギスの心臓。

第42話、九条列島皇国軍、宣戦布告⁉

『──緊急警報! 緊急警報! 本日正午、我が南半島ライトエルフ王国に対して、極東列島ブロッケン皇国が、宣戦布告いたしました! 市民の皆さんは、直ちに安全な場所に避難してください! ──繰り返します! 緊急警報! 緊急警報! 市民の皆さんは、直ちに指示に従って、避難してください!』




 ──無数の人波で賑わう、休日の王都ジーレ特別市にて響き渡る、ひび割れたアナウンス音。




 一瞬何を言われたのかわからず、呆然とした顔でその場に立ちつくす、老若男女のエルフたち。


 しかし、次の瞬間、


 当然のごとく、


 ──周囲は、騒然としたざわめきに包み込まれた。




「せ、宣戦布告、だと⁉」


「とうとう、『北』が、攻め込んできたのか!」


「まさか、38度線の絶対防衛ラインが、突破されるとは⁉」


「くそっ、卑怯極まりない、ダークエルフどもが!」


「いきなり、休戦協定を破りやがって!」


「だからあいつらは、信用できないんだ!」


「エルフの風上にも置けない、『劣等種』どもめが!」


「何が『宣戦布告』だ、白々しい!」


「38度線からこの王都ジーレは、目と鼻の先じゃないか⁉」


「軍の迎撃が間に合うどころか、我々一般市民が逃げる暇も無く、長距離砲の集中砲火で、皆殺しにされてしまうぞ!」


「我々はこのまま、ただ虫けらのように、ひねり潰されるだけなのか⁉」




「……いや、ちょっと待てよ?」




「さっきの緊急警報は、何と言っていた?」


「そ、そういえば……」


「……ブロッケン、とか、何とか」


「ブロッケン皇国って、もしかして?」


「極東海上に浮かんでいる、弓状──否、『九条』列島の?」


「そ、そうだ、そのブロッケン皇国が」




「「「宣戦布告、だと?」」」




「あは」


「あは」


「あは」


「あは」


「あは」


「あは」


「あは」


「あは」


「あは」




「「「──あはははははははははははははははははは!!!」」」




「おいおい、一体、何の冗談だ?」


「ブロッケンが、宣戦布告だと?」


「そんなわけが、あるか!」


「あの傍若無人な魔女どもが、律儀に宣戦布告するなんて、それだけでもあり得ないのに」


「あいつらが、島の外に出られるのは、年に一度の『ヴァルプルギスの夜』だけだろうが?」


「それって、春の到来を告げる、4月末日のことだろ?」


「今はまだ、冬真っ盛りというのに」


「何をとち狂っているんだ、魔女どもは?」


「もしかして『宣戦布告』って、万年島の中にひきこもっている女どもが、ヒステリーを起こしただけかよ⁉」


「何せあいつらは、どんなに強力な魔力や武力を持っていようが、海を越えたこのエルフ半島には、指一本触れられないんだからな」


「こりゃあ相当、悔しくて悔しくて、仕方なかったんだろうなあw」


「そもそも魔女に対して奇特なことにも、『交易』なんてしてくれているのは、俺たち南半島だけだからな」


「つまり、食糧にしろ、その他の物資にしろ、魔女どもにとっては、まさしく俺たちだけが、『命綱』ってわけだ」


「お陰で、こちらからかなり高値で『ふっかけて』も、向こうさんのほうからは、文句は言えないわけだけどな」


「たまにはわざと、供給量を減らして、焦らせたりしてな」


「あはははは、それでひもじくなって、『宣戦布告』か?」


「とんだ『床ドン』も、あったものだな?」




「「「──あはははははははははは!!!」」」




 一応は『非常事態』のはずなのに、王都の大通り中に響き渡る、あまりにものんき極まる笑声。


 ……まさにその時、他人の視線から逃れるようにして、フード付きのマントを目深に被った長身の人影が、そこら一帯を見渡せる陸橋の上へと姿を現した。


 まるで太陽光線が天敵である『吸血鬼種』みたいに、マスクや手袋等で露出を極力抑えていたものの、ほんのわずかな隙間から覗いた肌の色は、この南半島のライトエルフならではの、抜けるような純白では無く、




 ──ここにいるはずの無い、現在もなお休戦状態にある、北半島人民共和国の、ダークエルフ特有の褐色であった。




「……正式に宣戦布告をしたと言うことは、もはやいかなる戦闘行為も許されるわけよね? たとえそれが、名目上のみとはいえ『戦時下』にありながら、すっかり平和ボケしてしまっている、一般庶民の皆様に対してでもね? うふふふふふふ」




 そして、次の瞬間、




「──各『潜入班』に告ぐ! 集合的無意識とアクセスし、固有兵装の形態情報をダウンロードしたのち、ただちに作戦行動を開始せよ!」




 それはけして、それほど大きな声量では無かった。


 しかし間違い無く、魔法の効果が及ぼされており、


 広範囲かつ遠距離にわたって、『特定の者』だけを対象にして、響き渡っていったのであった。




「……アイリちゃん、どうしたの?」


「お、おい、こんなところで、立ち止まるなよ?」


「何だてめえ、荷物持ちのオークが、御主人様の買った商品を、なに道ばたに落っことしているんだよ⁉」


「この奴隷コボルトが! 横断歩道の真ん中に突っ立っていないで、さっさと歩きやがれ!」




 次々に、人波のあちこちから上がってくる、騒がしい声音。


 それらは皆一様に、自分のすぐ近くにいる者に対する、訝しげな問いかけであった。


 ただしその対象は、ライトエルフのみならず、この南エルフ半島においては『劣等種』とされて、奴隷階級に甘んじている、オークやコボルトやノーム等々の、他の種族の者たちまでもが含まれていたのだ。


 ──唯一の共通点と言えば、それらの者たちの全員が全員、まだ十代半ばの少女たちだということであった。


 その多種多様な者たちが、突然すべての表情を消し去り、その場に立ちつくしたかと思えば、




 まったく同じタイミングで、異口同声につぶやいたのだ。




「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、神風の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、朝風の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、春風の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、松風の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、旗風の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、睦月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、如月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、弥生の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、卯月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、皐月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、水無月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、文月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、長月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、菊月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、三日月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、望月の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、吹雪の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、白雪の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、初雪の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、深雪の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、叢雲の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、薄雲の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、磯波の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、浦波の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、綾波の兵装の形態情報をダウンロード」


「──集合的無意識とアクセス、大日本帝国海軍駆逐艦、敷波の兵装の形態情報をダウンロード」




 そして、その刹那、


 彼女たちの周囲の空間に、突然青白い炎が灯ったかと思えば、


 みるみるうちに、禍々しくも巨大な、大砲や機銃や魚雷へと、変化メタモルフォーゼしていったのである。




 ──あたかも、この世界とは別の歴史における、かつての軍事大国の海軍の、各種の駆逐艦デストロイヤーの兵装そのままに。




 それを見て取るや、陸橋の上の謎のダークエルフは、再び唇を震わせて、


 魔術をまとったささやきを、発した。




「──全艦、全方位に向かって、全砲門を、一斉発射ッ」




 まさにこの時、大陸の者たちは、エルフか、人類か、その他種族のいかんを問わずに、思い出したのである。




 たとえ『九条の列島』に閉じ込められていようが、『宣戦布告』さえすれば、いくら他国を武力で蹂躙しようが、国際法的には正当な行為として、いかなる誹りを受けるいわれは無いことを。




 ──そして何よりも、強大なる魔女たちは、『九条の束縛』すら克服できたなら、今すぐにでも世界中を戦火に包み込むことなぞ、造作も無いのを。

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