第35話、女神様のささやき♡(異世界編)その8

「……な、何だよ、この病院だか地下牢だかに、俺を強制的に収容したことが、どうしたと言うんだ?」




「おや、気がつきませんでしたか?」


「──だから、何がだよ⁉」




「ここに入院されてから、『女神様』のお声が、まったく聞こえなくなったことですよ」




 ……あ。


「そ、そういえば、そうだ! あんなに事あるごとに聞こえていた、『なろうの女神』のアドバイスが、ここに入れられてから、全然聞こえなくなっているじゃないか⁉」


「そりゃあ当然ですよ、ここには強力無比な結界が張り巡らせられているから、なんぴとであろうと、集合的無意識とはアクセスできないようになっていますからね」


「何だと?」


「どうやらゲンダイニッポンのWeb作家の皆様は、勘違いしているようですが、異世界へと生まれ変わるその瞬間にだけ、女神様が『これから異世界転生すること』を教えただけで、自分のことをいつまでも、『ゲンダイニッポン人の生まれ変わり』だなんて思い込み続けることのできる人間なんて、いるわけが無いのです。そもそも前世の記憶なんて、極論すれば『夢の記憶』みたいなものなのですよ? 夢の記憶をずっと覚え続けることのできる絶大なる記憶力を持つ人なんて、いるわけが無いじゃないですか? 常識的に考えて、『前世の記憶』などという眉唾物なんて、すぐに綺麗さっぱり忘れ去って、普通にこの世界の人間として、当たり前の人生を歩いて行くのみでしょうよ。──よって、『異世界転生』状態を、まさしくWeb小説のように持続させるためには、常に『女神様のお言葉』を、ささやき続けなければならないのですよ。文字通りに、『呪いの言葉』そのままにね」


「なっ、あの『女神のささやき』こそが、『呪いの言葉』そのものだっただと⁉」


 そのように、あまりにも思わぬ台詞を突き付けられて、俺が驚愕の声を上げた、


 まさに、その刹那であった。




『──ギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!』




 地下病棟中に響き渡る、何者かの絶叫。


「な、何だ⁉」


「……ああ、どうやら、蜘蛛さんのようですね」


「蜘蛛って、あの有名な、俺同様にゲンダイニッポン人のJK女子高生として目覚めた、『タラ子』とか言うやつか?」


「さあ、JK女子高生だったかどうかは、本当のところは定かではございませんが、巨大タランチュラの『タラ子』さんであることは、間違い無いですよ?」


「それがどうして、あんな断末魔みたいなのを、突然上げたりするんだよ⁉」


「言ったでしょう、現在この病棟においては、集合的無意識とのアクセスが遮断されて、ここに収容されている皆さんは、全員異世界転生状態では無くなっていると」


「転生状態で無くなったとしても、ただの蜘蛛のモンスターに戻るだけだろうが? 今の絶叫は、一体何なんだ⁉」




「だって、『ゲンダイニッポンのWeb小説という呪い』から解放されたのは、転生者本人だけでは無いからですよ」




 は?


「彼らのような、蜘蛛とかスライムとかドラゴンといった、モンスター連中は、己の上昇志向に基づいて、周囲の種族や都市や国家を支配下に置く過程で、人間をも含む自分とは他の種族のモンスターたちを、配下に加えていくってのがセオリーなんですが、本来ならモンスターというものは、蜘蛛とかスライムとかドラゴンといっても幼生レベルとかいった、自分よりも格下の存在に従ったり、そもそもゲンダイニッポンの価値観に則ってこの世界の不利益になることをしたりはしません。それに対してまさしくこれぞ『主人公補正』効果によって、周囲の者たちを無自覚に集合的無意識にアクセスさせて、ゲンダイニッポンの価値観に染め上げて、自分に忠実な『ハーレムメンバー』や『手下キャラ』に仕立て上げているのです。──そのように散々虐げられてきた彼ら彼女らが、『ゲンダイニッポンのWeb小説の登場人物としての呪い』から解放された時、無理やり己の意志やこの世界の価値観と反することをさせられたことに対する憎悪は、一体誰に向けられることになるでしょうね?」


 だ、誰に向けられるって、そりゃあ──。


「ちなみに、ある意味当然のことながら、彼らの支配下にあったモンスターたちも、これ以上世俗において害をなさないように、あるじ蜘蛛やスライムやドラゴンと同じ牢内──おっと失礼、病室内に収容しております」




 ……何……だっ……てえ……。




『ブバババババババババババババババババババババババババッ!!!』


『グケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!』




「おや、どうやら残るスライムさんとドラゴンさんへの、『ご恩返し』のほうも終わったようですねえ」


 そんな司教のやけに穏やかな声とともに、この独房型病室へと近づいてくる、数えきれないほどの足音。


「……お、おまえたちは」


「ええ、あなただけの、『ハーレムメンバー』や『太鼓持ちキャラ』の、皆さんですよ。──ただし、皆さんすでに、『ゲンダイニッポンのWeb小説の呪い』から、完全に解放されていますけどね」


 そんなことを言いながら、入り口の鍵を平然と開ける、黒衣の聖職者。


「──さあ、皆さん、『主人公』様へ、ご挨拶を、存分になさってください」


 その言葉に促されるようにして、無言無表情のままで室内へと入ってくる、十数名の男女たち。




 その手に、銃刀類や棍棒等の、凶器となり得るものを携えながら。




「……やめろ、やめてくれ、俺が悪かった、俺も操られていたんだ、ゲンダイニッポンのWeb小説とやらに! 俺もおまえたちと同じなんだ! だから赦してくれ! お願いだ助けてくれ! やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめてくれえええええええええええええええええ!!!」

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