第34話、女神様のささやき♡(異世界編)その7

「……はあ? 何だよそれって、まるで俺たち異世界転生者が、ゲンダイニッポン産のWeb小説に操られているというか、もはやこの世界そのものが、ゲンダイニッポン産のWeb小説によって、みたいじゃないか⁉」




 なんか、「すべての異世界は、ゲンダイニッポンのWeb作家によって創られた、小説内で描かれた世界に過ぎないのだ!」みたいなことを言い出した、お偉い司教様の電波話を延々と聞かされて、堪りかねた俺は思わず、目の前の漆黒の聖衣姿のイケメン眼鏡の青年へと、食ってかかっていった。




 しかし当のご本人のほうは少しも動じず、いつものように胡散臭い笑みをたたえたまま、更なる蘊蓄コーナーを開始する。


「一応ですね、ゲンダイニッポンにおける多世界解釈量子論に則れば、世界というものはあらゆるパターンのものが最初から無限にので、まさにこの世界そのものが、ゲンダイニッポンの特定のWeb小説内で描かれた『異世界』そのままであったとしても、別におかしくはないのですよ」


「……、現実の世界と、小説の中で描かれた異世界とが、一致するだと?」


「はい、その場合異世界転生が行われるとしたら、『地方貴族の十男坊』や『本好きの女の子』たちが、飽くなき願望や不断の努力によって、やはり集合的無意識とのアクセスを果たして、ゲンダイニッポン人の『記憶と知識』を『前世の記憶』として、己の脳みそにインストールすることで実現されます」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ? 偶然偶然て、そんなに偶然ばかりによって、この俺たちにとってはあくまでも現実世界が、よその世界のWeb小説そのままになってしまうなんてことが、本当にあり得るのか⁉」




「まさか、そんなことあり得るわけがないでしょう? 言ったではないですか、もしもこの世界が小説なら、お気楽なファンタジーなんかではなく、呪いに満ちたホラー小説だって。そう、すべては偶然によるもの、悪意と言ってもいいほどの『作意』によるものなのです」




 ──っ。




「確かに、あくまでも偶然によって、異世界転生そのものの現象が起こることもあるでしょう、しかしこの世界は違います。このように人間だけではなく、蜘蛛もスライムもドラゴンの卵さえも、『ゲンダイニッポン』という特定の世界からの転生者ばかりなのは、あまりにも不自然であり、しかもその言動のすべても、いくら自称『転生者』とはいえ、あまりにも『芝居じみて』いると申せましょう」


「……芝居じみている、だと?」




「何度も何度も申しますけど、たとえ前世の記憶とやらに目覚めようと、この世界で生を受けて現在この世界に存在しているとしたら、『この世界の人間』以外の何者でもないのですよ。それなのに、まさにあなたを始めとする自称転生者たちときたら、あまりにも『ゲンダイニッポンに利する』言動ばかりをとられているのです。──まるで、ゲンダイニッポンの作家がゲンダイニッポンのWebサイトでゲンダイニッポンの読者のために作成した、『小説の主人公』のようにね」




 ──! た、確かに……ッ。




「これはもう、同じ転生状態とはいえ、あなた方の脳みそには、偶然にも本物のゲンダイニッポン人の『記憶と知識』がインストールされたのではなく、あくまでも『つくりもの』でしかないWeb小説の登場人物の『記憶と知識』が、インストールされているとしか思えないのですよ」




「……俺たち、この世界の転生者には、小説の登場人物などという、作為的な存在の『記憶や知識』が、インストールされているだと?」


「ええ、まさに『悪意に満ちた呪い』そのままにね。そのためあなたたち『転生者』は、ゲンダイニッポンのWeb小説の主人公よろしく、『成り上がり』や『チーレム』や『世界支配』や『近代戦争』や『現実逃避のスローライフ』等々を実現しようと、平和だったこの世界をむちゃくちゃにしていったわけで、これはもう我々普通の人間からすれば、『ホラー小説』以外の何物でもないでしょう」


 げ、ゲンダイニッポン特有の異世界転生系のWeb小説が、実はホラー小説そのものだってえ⁉


「そしてこの『異世界のホラー化』は、まさしくホラー小説よろしく、どんどんと周囲の人々にも伝播していっているのです」


「は? つまり俺たちの周囲の人間も、俺たちの影響を受けて、前世の記憶に目覚めたりしているわけか?」


「厳密には、違います。異世界転生するのは、あくまでも『主人公』であるあなたたちのみであり、周囲の者たちは、『ヒロイン化』や『モブ化』をしているのです」


 ……おい、なんかホラー小説ではなくて、むしろメタ小説化しているんじゃないのか、これって?




「さっきの話で言えば、まさしく彼らこそ、『偶然』集合的無意識とのアクセスを果たしているのです。あなたたち『主人公』気質の方たちがアクセスできるのなら、その他の方たちだって、アクセスする可能性があるわけですからね。ただしあなたたちみたいに、完全にゲンダイニッポン人に成り切るのではなく、無意識に『ゲンダイニッポンの価値観』に染まってしまうだけなんですよ」




「……ゲンダイニッポンの、価値観に染まるだと?」




「いわゆる『なろう系』とか『太郎系』とか呼ばれる作品の、最大のツッコミどころとして、よくゲンダイニッポンのWeb上のアンチの方々が取り上げているではありませんか? 転生者である主人公が、異世界の人々やモンスターをやたらと殺戮したり、戦争を起こして都市や国を力で支配したり、そうでなければ敵の軍隊丸ごと破壊し尽くしたりといった、どう考えてもこの世界にとっては災厄としか思えないことをしでかしたというのに、とにかく主人公の正当性ばかりを讃え上げる、周囲のヒロインキャラとか太鼓持ちとか、とてもこの世界の住人とは思えない輩のことを」




「ああ! 確かにいたいた、俺の周りにも! 俺が何をやっても『ジュナーン様マンセー!』な、ハーレムメンバーとかモブキャラとかが! あいつらがとにかく全肯定ばかりしてくれるものだから、つい俺様も調子に乗ってしまったんだよなあ」


「あなた、それが不自然であるとは、まったく思わなかったのですか?」


「……そういや、ハーレムメンバーの中には、俺に実の父親を殺されたやつもいたんだけど、「ううん、ジュナーンは、別に気に病むことは無いの。間違っていたのは、私の父のほうよ! ジュナーンは正しいの! 私だってあいつには、散々虐待を受けていたから、むしろ清々したわ!』なんて、言っていたやつがいたっけ。その時は俺も『それもそうか』と納得したけど、今考えると、いくら何でも実の娘なのに、あれは無いよな」




「──それこそが、『主人公の呪い』というやつですよ」




 ………………………は?


「主人公の、呪い、だって?」




「とにかく、主人公の周りの人間を始めとして誰もが、自分の利益どころか世界全体の利益よりも、主人公の利益のみを優先するという、狂った価値観の全世界的蔓延。──これを『呪い』と言わずして、何と言うのです。しかもそれがゲンダイニッポンのWeb小説における、ゲンダイニッポン人の読者に受けるための、『作意に満ちた価値観』なのだから、始末に負えません。お陰様で今やこの世界は、人も社会システムもすべてがボロボロの有り様ですよ。そりゃそうでしょう、何せ『ゲンダイニッポンの価値観を持った主人公』だけが優遇されるのですからね、本来のこの世界の価値観なんて、ないがしろにされ蹂躙されるだけでしょうよ」




 ──‼


「お、俺たち転生者が、悪いって言うのか? 仕方ないだろう⁉ 俺たち『主人公』だって、ゲンダイニッポンのWeb小説の『登場人物』の一人として、操られていたようなものなんだから!」




「──ええ、そのためにこそ、あなた方『主人公』の皆さんには、この聖レーン転生教団直営の、『転生病監察医務院』に入院していただいたのですから」




 ……え。

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