第25話、202×年、GINZA〜『令和事変』その21

「……はあ? そもそも現代にっぽんのWeb作家が、異世界転生を扱った作品を作成するから、本当に異世界が生み出されて、今回のようにぎんに異世界の軍隊が攻めてくるといった、大騒動が起こることになるだって⁉」




 とうきょういちにある国防省の、大臣専用の極秘会議室。




 先日、銀座における自衛隊の反乱部隊を中心にした事実上の武装蜂起事件、仮称『れい事変』についての、政府公式の調査報告を行った責任者にして、警察庁職員にしてはいかにもマッドサイエンティストふうな、常に白衣をまとった研究職員、ごんわらいるから、「内々に相談したいことがある」との申し入れを受けて、余人を交えぬ一対一サシでの会見に応じたところ、開口一番とんでもないことを聞かされてしまったのであった。




「……我が国の防衛の任を預かる、国防大臣である私に直々に伝えたいことがあるからということで、こうして一席設けてやったというのに、よもやそんな世迷い言を聞かされることになるとはな」


 私がほとほとあきれ果てて溜息をつくや、何と当の発言者のほうは、いかにも意外そうに目を見張った。


「世迷い言も何も、現に銀座において、一般市民の皆さんを始めとして、警視庁機動隊員や自衛隊員の、いわゆる『異世界転生化』が行われたのは、もはや厳然たる事実でありませんか?」


「厳然たる事実も何も、先日の厚生労働省での『報告会議』においては、他ならぬ君の口から、そもそも世界というものは、この現実世界以外にはあり得ず、異世界転生と言っても、本当に他の世界から物体や精神体が転移していくるのではなく、本人が『自分の前世は異世界人なのだ!』などと、だという話ではなかったか?」


「もちろん、基本的には、そういったふうに理解していただいて、問題はありませんが、あの会議においては同様に、各個人の『前世の記憶』自体は、単なる妄想の類いではないとも、申しておいたはずですが?」


「──うん、あ、ああ、そうか、そういう『前世の記憶』の基となるのが、まさしくWeb上の異世界転生系の作品で、思い込みが激しい者たちにとっては、作中に描かれた異世界が本物以外の何物にも思えなくなって、自分もその異世界人の生まれ変わりだと信じ込んでしまうってことか? なるほど、確かに君の調査結果にあったように、あの事件の場で異世界転生化した者たちって、ほぼ全員、元々異世界転生に極めて関心が高かったらしいからな」


 うん、そういうことなら、納得だな。


 この考え方なら、リアリティ的にも、何も問題は無いし。


 ──しかし、


 目の前の白衣をまとった縁なし眼鏡の男のほうはと言えば、いかにも「やれやれ」といった感じで、首を左右に振るばかりであった。




「後から詳しく述べますが、それはそれである意味『真理』を突いていると言えましょう。──とはいえ、まず何よりも私が言いたかったのは、確かに異世界転生という『イベント』のほうは、断じてあり得ませんが、自称転生者に宿る『前世の記憶』のほうは、本物だということなのですよ」




 ……あー。


 確かにそういったことも、聞いていたっけ。


「つまり、異世界人の記憶が本物ということは、彼らの住む異世界が実在していて、彼らの自称する『神聖帝国ёシェーカーёワルド』なんかも、本当に存在していることになるわけなんだな?」




「いえいえ、間違いなく存在しているとは断言できず、あくまでも、存在しているかも知れないだけの話だったのですが、まさしくこの世界のWeb作家が、異世界系の作品をどんどんと量産することによって、いたずらに存在可能性を与えてしまって、こうして今回の転生騒動を起こすことになったのです」




「……この世界のWeb作家が、異世界系の作品を書くことによって、今回の転生騒動が起こっただと? いや待て、それだと話がおかしいではないか? 異世界系の作品を作成することによって、作中の異世界が存在するようになるというのは、百万歩譲って認めるとしよう、だがなぜ、その異世界の中に存在している人間が、この世界へと、明確な『復讐の意思』を持って、『逆転生化』という精神的な侵略を行ったわけなのだ?」


「おお、そこに気づかれましたか、感心感心。ミスリードとして、自衛隊の反乱部隊のメンバーは、事前に意思の疎通をはかり武装蜂起の準備をしていたという、エピソードを挟んでいたのですが、どうやらひっかからなかったようですな」


「──おいっ、政府公式の調査報告書に、ミスリードなんか仕込むんじゃないよ⁉」


「さっきも申しましたが、この世界のWeb小説家が異世界系の作品を書くと、まったくそのままの異世界が存在する可能性が生じ、しかもこれまた先日申しましたが、時間の前後関係を超越して、Web作家がその小説を作成する以前から、すでに存在していたことになるのです。そう、それこそ小説の内容と、まったく同一に」


「はいはい、その『あらゆる世界はすべて最初から存在している』論っていうのは、現代物理学の中核をなす量子論に則っているから、理論的に正しいので、反論を受け付けないわけだろ? まったく、量子論と言えば、何でもごり押しできると思いやがって…………いや、ちょっと待てよ? 『小説の内容と、まったく同一』ってことは、まさか⁉」




「そうなんですよ、実際の異世界においても、小説の内容そのままに、いわゆる『主人公』に当たる人物が、現代日本から異世界転生しているんですよ」




「──それもう、本物の世界とかではなくて、小説の世界そのものではないのか⁉」


「いえいえ、あくまでも、『小説と同一の世界観』を有する、『本物の異世界』なのです」


「その本物の異世界に、本当に現代日本から、転生者が来るっていうのかよ⁉」


「……大臣、お言葉が、少々乱れていますよ?」


「君の言い分が、あまりにも、常識外れだからだよ⁉」




「ですから、何度も何度も申しておりますように、量子論に則れば、ありとあらゆる可能性パターンの世界が、最初からすべて存在していますので、当然のごとくその中に、『別の世界からの転生者が存在する世界』が存在してもおかしくはなく、そしてその『別の世界』が、たまたま我々の『現代日本』であることも、無限の可能性パターン的には、十分あり得るわけなんですよ」




「……つまり、異世界人の立場からすれば、現代日本のほうこそが、無限に存在し得るに、過ぎないというわけか?」




「そうそう、まさに、そんな感じですよ! やればできるではないですか、大臣!」


「……別にこんな『オタク知識』に、造詣が深まったところで、嬉しくはないがね」


「そりゃそうですよ、それだけ『危険性』が、高まるわけですからね」


「──な、何だ、いきなり、その『危険性』というのは⁉」




「だから、さっきあなたご自身でおっしゃったばかりではありませんか? この現実世界で『異世界転生化』なんて、非現実的なことを起こしてしまえるのは、当然のごとく、元々『異世界に関する知識を有していた者』たちに限るって。──よって大臣閣下も、これ以上異世界について詳しくなられると、自衛隊の反乱部隊の方々のように、異世界人として目覚められるかも知れませんよ?」




 ──‼

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