第22話、202×年、GINZA〜『令和事変』その18

 そりゃあ、これだけの自衛隊関係者が、『同じ異世界の夢』を見るのも、どことなく中二病的摩訶不思議さを感じないでもないけれど、元々私たちは異世界系Web小説の愛好家同士なのであり、その嗜好は似通っていて、偶然同じような夢を見ることも十分あり得るだろう。


 ……しかしそれをさも、「何と、私は本当に、前世は異世界人だったのだ!」と、ガチで思い込んでしまうところが、(遙かいにしえの某似非科学雑誌の読者投稿コーナー以来の)異世界信奉者の異世界信奉者ならではの習性ならわしであり、そこに一般人か自衛隊関係者かの区別なぞ、存在したりはしなかった。




 だからといって、自衛隊のみならず、国防省の高官までもが、夢で見たことを本気にして、武装蜂起の実行を決意しちゃ、絶対に駄目だけどね!




「うん? みやまえ一尉──いやさ、『会長』、まだ納得ができないのかね?」




「え、一佐、いえ、別に、そういうわけでは……」


 突然の『会長』呼ばわりに面食らいながらも、しどろもどろに口ごもれば、周囲のお歴々までもが、口々に声をかけてきた。


「何と、『会長』、まだ我々の熱きパトスが、届いていないのかね?」


「『会長』! 他ならぬあなたが、そんな体たらくでは困りますよ!」


「そうですよ、『会長』、いつものように真っ先に暴走(妄想)して、私たちを引っ張ってください!」


「それにもちろん、『会長』の新作のほうも、今か今かと待ちわびておりますぞ!」


「どうせなら、是非とも『会長』御自ら、今回のぎんでの武装蜂起について、作戦成功後には必ずや、作品にしてください!」


「会長!」


「会長!」


「会長!」


「会長!」


「会長!」


「会長!」




「「「今こそ、迷える子羊である我々を、お導きくだされ!!!」」」




 ──いやいやいやいや、自衛隊並びに国防省の高級幹部ともあろう方々が、私みたいな青二才に対して、血相を変えて詰め寄ってこないでくださいよ⁉




 ……まあ、彼らの言っていることも、れっきとした事実だけどね。


 元々私自身、ネット上の某小説創作サイトにおいて異世界転生系の作品を公開するほど、本気で異世界転生することを欲していたり、自分が異世界人の生まれ変わりであることを結構ガチで信じていたりして、(サイト上で予想外に大ヒットしたのが、自衛隊が異世界に行って大活躍する作品でもあったがゆえに)日本一お堅いはずの職場内において、いつしか私こそが作者であることが密かに知れ渡っていくとともに、階級を問わず同好の士が集ってきて、ネット上で『自衛隊内異世界転生系Web小説愛好会』を立ち上げたり、オフ会を重ねたりすることによって、自然と絆を深めていき、いつしか自衛隊や国防省における影の一大組織にまで発展させていった結果、何とこの私こそが、みんなからの信望厚き『会長』へと、祭り上げられてしまったのだ。


 もちろんこれは、自分自身が率先して行った、『前世主義』の普及活動と、現実的な創作活動が実を結んだ成果とはいえ、自分よりも階級が遙かに上位の会員たちを、何かについて『指導』や『啓蒙』していくのも、いろいろと頭を悩ますこともあるわけでして。


 特に今回の武装蜂起についても、いつの間にか私を『首謀者』に担ぎ上げつつある始末であって、いくら何でもそれだけは勘弁して欲しいところであった。


 会員たちのあまりのやる気ぶりに、むしろ肝心要の会長である私自身が、反比例的に及び腰になっているのを見て取ったようにして、実質上のまとめ役である、人一倍老獪であることに定評のある佐久間一佐殿が、いつにない猫なで声で話しかけてきた。


「まあまあ、宮前君、そんなに構えずに。別に単なる夢なら、それではそれでいいではないか?」


 は?


 ──な、何だその、いきなりの『手のひら返し』は? あれほど自分が中心になって、盛り上がっていたくせに。




「ようく考えてみたまえ、我らが見た夢が『正夢』とならない限りは、そもそも銀座において騒動が起こったりはせず、自衛隊が出動することも無く、その結果当然のごとく、武装蜂起もあり得ないことになるだろうが?」




 ………………………あ。


「そ、そういえば、そうでしたね⁉」




「そして逆に言えば、もし正夢ともなれば、我らの異世界人としての記憶のほうが、めでたく本物であることが証明されるのだからして、その際には心置きなく武装蜂起すればいいのだし、今の段階はあれこれ悩む必要なぞ無く、ただ単に、一応どちらに転んでもいいように、心構えをしておけばいいだけの話なのだよ」




 ──そりゃあ、そうか。


 そもそも、私たちの夢が正夢になって、本当に銀座において騒動が起こってしまうなんて、それこそWeb小説みたいなことが現実になる可能性なんて、常識的に考えれば、ほとんど確率0%であろう。


 私は一体、何を悩んでいたのだろうか。


「──わかりました、もしも銀座で騒動が起こった際には、必ず私が指揮を執らしてもらいますよ!」


「ははは、その意気その意気! だがいいか? 男に二言はないぞ?」


「もちろんですよ!」


 実際に銀座で、騒動が起こってしまった場合にはな。




 そのように私はその時、すっかり安請け合いしてしまったのである。


 ……ほんの少しだけ、万が一銀座で騒動が起こってしまって、自衛隊に出動命令が下りた場合には、とんでもなく後悔することになるだろうなとは、思ってはみたのだが。




 ──それは単なる、杞憂に過ぎなかった。




 なぜなら、実際の7月11日における、銀座での武装蜂起の実行の際には、完全に異世界人としての意識に乗っ取られてしまい、『現代日本人としての自分』なぞ、どこにも存在してはいなかったのだから。

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