第20話、202×年、GINZA〜『令和事変』その16

「……な、何だね、これは?」


「もし、この世界が、小説だとしたら、いわゆる『世界の作者』なる者が──具体メタ的に言うと、『ヴァルプルギスの旭光』の作者である、881374が、ファンタジー異世界における、『聖女』的な存在だと⁉」


「何、自分だけめちゃくちゃ美化しとるねん、この作者は⁉」


「……ていうか、なんかイタいな⁉」


「──わたくし実は、異世界で、『聖女』をやっておりますのw」


「これまで散々、論理派を気取ってきたくせに、よりによって、『聖女』は無いだろう……」


「メンヘラなのか、中二病的妄想癖なのか、判断に迷う場面ケースですな」




 ある意味文字通りの『衝撃の事実』を明かされて、大混乱に陥る、厚生労働省の大会議室。


 そんな我が国の首脳陣の体たらくを目の当たりにして、心底うんざりした表情で苦言を呈す、当の解説役兼司会進行の白衣男。




「──いや皆さん、何をそんなに、『聖女』の部分だけに食いついているんですか? もっと突っ込むべきところが、いっぱいあったでしょうが?」




「「「えっ?」」」




「『えっ?』では、ありませんよ! 何で異世界なのに、『自衛隊』とか『パンツァーファウスト3』とか『ぎん』とかが登場してくるのとか、そして何よりも『聖女』自身の、あの摩訶不思議な『世界の作者』としての力は、どういった仕組みになっているのかとか、いろいろと問いただすべきポイントがあるでしょうが⁉」




「……あ、うん」


「確かに、そうなんだがね」


「何かもう、ツッコミどころが多過ぎて、わけがわからなくなってしまったんだよ」


「それで、一番わかりやすくインパクトの大きい、『聖女』に関する部分だけ、集中して突っ込んでみたわけなんだが」


「どうやら君自身はご不満のようだから、あえて聞かせてもらうことにするか」


「──今君が話してくれた、大蜘蛛を始めとする魔物たちの暴走スタンピードを中心とした一幕は、間違い無く異世界を舞台にした話なんだよね?」


「だったら、君の言っていた『大原則』──つまりは、『異世界転生とはけして、実際に二つの世界の間で、物質そのものはもちろん、魂等の精神的なものの移動すら起こらず、単一の世界の中において、その現地の人間が妄想癖的に、「前世の記憶」に目覚めることによって実現する』と矛盾してしまうではないか?」


「何せ、大蜘蛛の『タラ子』は、異世界人では知り得ないはずの、『現代日本のJK女子高生』を、自分の前世だと主張しているし」


「しかも問題の『聖女』様に至っては、まさしく本会議の主要議題である『れい事変』を、自らが画策したかのようにほのめかす始末だからな」


「……おいおい、君の話では、『令和事変』における自衛官や医療従事者たちの、突然の『異世界人化』は、それこそ中二病的妄想に過ぎなかったんじゃないのか?」




 次々に突き付けられる至極当然な指摘の数々に対して、今度は一転して余裕の表情すら垣間見せる、白衣のマッドサイエンティスト。


「おお、皆さん、結構いい線つきますね、さすがは我が国の首脳陣!」


「……おべんちゃらはいいから、我々がちゃんと納得のいくように、さっさと説明したまえ」


「ええ、ええ、それはもちろん、これからじっくりと、一から説明申し上げますYO☆」


 ──まずい!


 事ここに至ってようやく、本能的に危険を察知するお歴々であったが、すでに手遅れであった。


 蘊蓄スキーなマッドサイエンティストに、好きなだけ解説の機会を与えるなんて、自殺行為以外の何物でもなかろうに、まんまと『誘導尋問』そのままに、乗せられてしまっていたのだ。


 激しく後悔する一同であったが、すべては後の祭りでしか無かった。


 そんな忸怩たる思いを知ってか知らいでか、嬉々とした表情で語り始める、白衣の『暴走スピーカー』w




「そもそもWeb小説内で行われた異世界転生が、現実にも行われることになるのは、あくまでも無数に存在し得る『多元的世界』の中においての、『偶然の出来事』であることは、多世界解釈量子論を用いて、すでに説明いたしましたが、ただし今し方御指摘がありましたように、現代日本人にしろ異世界人にしろ、本来なら自分の世界しか知らないはずなのに、何で別の世界の人間(の生まれ変わり)に成り切ることができるのかという、個々人の転生化のメカニズムのほうは、一体どのような原理に基づいているかと申しますと、最も基本的には、個々の人々の『願望』にこそ基づいていると言えるのです」




「「「はあ? が、願望、って……」」」




「すでに調査結果が出ておりますが、今回の『令和事変』において、異世界人として転生状態となった自衛官や医療従事者たちは、少なくとも『異世界』という概念を認識していたことが判明しております」


「……ああ、確かに、そうだったな」


「うむ、そもそも異世界のことをまったく知らないのに、自分のことを異世界人の生まれ変わりであるなどといった妄想に囚われてしまうなんて、本当に異世界からきた異世界人の魂にでも取り憑かれない限り、あり得ないだろうからな」


「それでですね、異世界なんていう、特殊な知識の参照元なんて、それこそWeb小説やラノベやゲーム等の、サブカル媒体くらいしかあり得ないわけで、つまりは今回『妄想的転生』なんていう、かなり思い込みの激しい二次元オタ的奇行に及ばれた方々は、元々この現実世界に不満を持っていて、マジで現実逃避的に異世界転生の実現を夢見ていた、いわゆる『なろう族』的な方々だったのではと思われるのですよ」


「「「いやいやいやいや、それってあまりにも極論的な、『レッテル貼り』では無いのかね⁉」」」




「そうですかあ? 自分と同じ自衛官に向かって発砲したりする自衛官の方や、患者さんを皆殺しにしたりする医療従事者の方って、もはや現実と虚構の区別の付かなくなってしまっている、重度の妄想癖的異世界転生希望者以外の、何物でもないのでは?」




「──うっ」


「た、確かに」


「ほとんどクーデターみたいな真似をして、銀座を瓦礫の山にしてしまうなんて、いわゆる現実世界も己の命をも見限った、『無敵の人』以外にはやれんわな」


「どうせ死んでも、異世界に転生できると信じているのなら、もはや怖い物なんか、何も無いわけだ」


「怖っ! 異世界転生希望者、怖っ!」


「……異世界転生とは、これほどまでに、危険な思想だったのか」




「ふふふ、どうやらわかっていただけたようですね。そうなのです、本気で異世界転生を目論んでいる、『なろう族』なんていう輩は、もはや常識なんか通用しない、超危険人物たちばかりなのですよ」




「う~む、何か、この話題をこれ以上続けていくのは、この御時世非常にまずい気がするんだが……」


「大体だね、君、少々『願望』が強いくらいで、完全に自分のことを異世界人だと思い込んで、事実上の異世界転生を実現したりできるものかね?」




「──ええ、もちろん、できますとも!」




 そのように明確に答えるや、続け様に、更なる思わせぶりな言葉を言い放つ、『壊れかけのラジオ』そのままに、しゃべり倒す気満々の、白衣の解説者。




「何せ人々の願望の具現こそ、現代日本か異世界かを問わず、あらゆる世界の人々の『記憶と知識』が集まってくる、異世界転生を事実上実現するために不可欠なる、いわゆる『集合的無意識』そのものなのですから」

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