第19話、202×年、GINZA〜『令和事変』その15

 ──この日、私の村は、滅んだ。




 広大なる魔物の森との境界線に存在するこの村は、太古の昔から人類側の生存圏の防波堤として、腕利きの冒険者たちからなる大規模ギルドのみならず、王国騎士団辺境派遣軍最強の第六師団までもが常駐しており、一定の周期ごとに発生する、多種多様かつ多数の魔物たちによる暴走スタンピード時にも、余裕で対処可能なはずであった。




 しかし、今回の暴走スタンピードは、これまでのものとは、まったく異なっていたのだ。




 確かに、魔物のほとんどは、人間よりも巨大かつ強大であり、中には何らかの魔法を使う種族も存在し、けして侮れない天災級の脅威とも言えよう。


 とはいえ、ほとんどの種族が、人間に比べて遙かに知能が劣り、単に本能のみに従って行動している者も少なくなく、数自体は多いものの、集団としての統制なぞまったくとれておらず、人間側のほうで知略を尽くして、それ相応の武器を用い、可能なら高等な魔法攻撃すらも駆使して、組織的かつ効果的に対応すれば、被害を最小限に抑えながら殲滅することも、けして不可能では無かった。




 ──逆に言えば、ただでさえ各個体の戦力が大きく上回る魔物たちが、知略を尽くして組織だって攻め込んできたら、人間には対抗する術なぞありはしないのだ。




 事実、今回攻め込んできた、大蜘蛛を中心とした魔物の群は、まるで人間の軍隊みたいに組織化されていて、こちらの仕掛けた罠や待ち伏せや陽動に引っかかることなぞ無く、逆に魔物にあるまじき高度な策略を弄して、人間たちを翻弄し、あっという間に騎士団や冒険者たちを無力化してしまったのだ。




 ──そして続いて始まったのは当然のごとく、闘う術のまったく無い村人たちに対する、『虐殺』及び『捕食』であった。




 とてもつい先程までは、人間顔負けの高度な作戦行動をとっていたとは思えないほどに、魔物の本性をむき出しにして、農作物や家畜はもちろん、何よりも大好物の『人肉』を、情け容赦なくむさぼり始める、新たなる支配者たち。


 ──ただしそれは、あまりにも、不自然極まりなかった。


 魔物が突然、高度に知性的な行動をとったことも。


 そうかと思えば、まるで知性も理性も失ったかのように、これまで通りに餌である人間たちを、生きたまま喰らい始めたことも。


 まさしく自然のことわりに反するまでに、魔物という種族本来の行動原理からすると、アンバランス過ぎたのだ。




 ──だから私は、今回の惨劇のすべてを、記録に残そうとしたのである。




 闘う術どころか、他人と群れることすらもできない、生まれつき『村八分』状態だった、役立たずの私にできることは、こうしてこの世界の有り様を、文字にして残すだけなのだから。




 そのように、普段から一人だけ村はずれに居を構えて疎外されたことが幸いして、どうにか魔物たちの襲撃をやり過ごした私は、もはや廃墟となった村長の屋敷の物陰に隠れながら、『食餌』を続けている魔物たちの様子を、細大漏らさず手記に書きつづっていた、


 まさに、その刹那であった。




『──ギギギ、そこの小娘、何をしている?』




 突然背後からかけられた耳障りな声音に慌てて振り返れば、そこには一際大きな蜘蛛のモンスターがいた。


「なっ⁉ 魔物が、しゃべった⁉」


『ギヒ、ヒヒヒ、我は、ただの魔物では無い。現代日本からの転生者、人呼んで、巨大タランチュラの「タラ子」である!』


「な、何よ、ゲンダイニッポンとか、転生者とか、タラ子とかって? あなた一体、何者なの⁉」


『ある時は、花の女学生! そしてまたある時は、異世界の特殊な蜘蛛の一種! しかしてその正体は、女神的なナニかの化身!』


「……ええー、何その、ブレブレの、後付けてんこ盛り設定は?」


『うるさい! 好きでブレているわけではない! 外野が好き勝手に、ツッコミを入れるのが、悪いのだ! 確かに言われてみれば、人間であるJKが、まったく異なる肉体構造をしている蜘蛛の身体に、そんなにすんなりと適応できるわけが無かったのだ!』


「はあ~、いろいろと、大変なんだねえ。わかった、これからは、無粋なツッコミをするのは、控えるよ」


『黙らっしゃい! そんなメタ的問答なぞ、どうでもいいのだ! それよりも貴様、こんなところにこそこそと隠れて、何をやっていたのだ⁉』


「えっ、あ、いや、別にその、ただ単に、あなたたちのやっていることを、『物語』にしていただけど?」


『はあ? き、貴様、同族の者たちが、殺されているのに、「小説」を書いていたというのか⁉』


「ショウセツって、何よ?」


『……小説も知らずに、こんな完全に異世界系Web小説そのままのエピソードを、物語にしたためていたというのか? まさに、生粋の「なろう族」だな。くわばらくわばら』


「はあ、『なろう族』って? それに『蜘蛛の巣ウェブ』とか何とかって、自分が蜘蛛であることに、かけているわけ?」


『やかましいわ! それより少しは、危機感を持てよ⁉ 貴様、今回の襲撃作戦の、総元締めの前にいるんだぞ?』


「あっ、やっぱりあなたが、リーダーなのね? もしかして、あなたが今回の作戦を立案&指揮したわけ? それほどの知性があるのは、あなただけなの?」


『……それを聞いて、どうする? どうせ貴様はほんの数分後には、我の胃袋の中にいるのだぞ?』


「ええと、あなたって、『ゲンダイニッポン』からの、転生者だったっけ?」


『ああ、そうだが……』




「だったら、こうするのよ! ──『その時突然、ここにいる魔物たちの脳みそから、「ゲンダイニッポン人としての記憶と知識」が、すべて消去されてしまいました』──ってね!」




 そのように、私が手記に書き加えた途端、




 それまではまるで家来であるかのように、大蜘蛛の後ろに控えていた、卵の殻を頭に被ったままの赤ちゃんドラゴンと、巨大なスライムとが、あたかも突然知性を失ったようにして、タラ子へと襲いかかったのであった。




『ぐわおっ!(卵から返ったばかりのドラゴン)』


『でろでろでろっ!(巨大スライム)』


『ギギギギギッ!(タラ子)』




 当然、タラ子も反撃したが、やはりそこには知性のかけらも、感じられはしなかった。


 ──しかも、次の瞬間。





『『『グギャアアアアアアアアアアアアアアッ⁉』』』




 かつての忌まわしき侵略者である、ジエイタイの対戦車砲を模した、『量子魔導クォンタムマジックパンツァーファウスト3』の突然の砲撃によって、木っ端微塵に吹き飛ばされる、三体のモンスター。


 そして私の許に駆け寄ってくる、無反動砲の大きな砲身を肩にかついだ、漆黒の聖衣姿の青年。


「──聖女様、ご無事ですか?」


「ルイス司教ですか?」


「大層遅れまして、申し訳ございません」


「構いません、突然の暴走スタンピードです、いかな教団本部の『の巫女姫』様とて、完璧に予知することは不可能でしょう。それなのにこうして窮地に駆けつけてもらえて、むしろ感謝いたしますよ」


「はっ、恐悦至極にございます」


「……しかし、こうも立て続けに『異世界転生』を繰り返されては、きりがありませんね。方々の辺境の村人たちの記憶を書き換えて村に入り込むのも、いい加減面倒くさくなりましたし」


 そんな私のふと漏らしたぼやき声を聞くや否や、その場に膝をつき居住まいを正して、これまでに無い真摯な表情となる、教団屈指の武装司教殿。




「──それでは、いよいよ御決行なさるわけで?」




「ええ、教団本部の枢機卿の皆様にお伝えください。『逆転生の秘術』──すなわち、『GINZA侵攻作戦』を、近日中に開始いたしましょう」

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