第14話、202×年、GINZA〜『令和事変』その10

「──な、何だと⁉」


「Web小説家たちが、現代日本人が異世界においてチートスキルを笠に着て無双して暴れ回ったり、自衛隊が侵略してきて現代兵器の威力でイキリ倒したりするといった、いかにも非現実的な作品を創ったところ、何とそれが現実化してしまったために、本物の異世界人の皆様が膨大なヘイトを溜め込んでしまって、ついには世界の垣根を越えて復讐しに来たのであって、実はまさにそれこそが、今回のぎんを完全に破壊し尽くした、『れい事変』の真相だってえ⁉」




「「「いやいやいやいやいや、そんな馬鹿な⁉」」」




 厚生労働省の大会議室にて、ちゅうおう区そのものを地図上から消去させるという、惨憺たる結末となった、いわゆる『令和事変』についての、専門家による詳細なる報告書を聞くや否や、すぐさま激しく反駁してくる、我が国の首脳陣のお歴々。


 しかしそれに対して、飄々とした態度を一切崩さず、余裕の笑みさえ浮かべているのは、痩せ細った長身にヨレヨレの白衣をまとい、ボサボサ頭に瓶底眼鏡という、四十絡みのいかにも『マッドサイエンティスト』然とした、当の報告書の提出者であった。


「……おや、今しがたの説明に、何かご疑問が?」


「『何か』、じゃないよ!」


「むしろ、疑問だらけだよ!」


「『?』マークで誌面が埋め尽くされてしまう、何か新しいラノベになりそうなほど、疑問でいっぱいだよ⁉」


「……ほう、具体的には、私の説明のうちどの辺が、ご理解いただけなかったのでしょうか?」


「百万歩ほど譲って、君のお説のように、Web小説内で描いた異世界が本当に存在していて、現代日本人や自衛隊が進出して、多大なるご迷惑をおかけしたとしてだよ? 何で我々が、『報復』を受けなければならないのだ?」


「君自身何度も何度も言っていたように、『異世界転生』なんて、現実には起こり得ず、あくまでもWeb小説の中だけの話なのだから、万が一にも我々この国の首脳陣すら知らない間に、一個人とか、自衛隊の小部隊とかが、異世界に行って悪さをしたわけでは無いんだろうが?」


「それなのに、なぜこの現実の日本において、多数の一般人や自衛隊員なんかが、時を同じくして、君の言うところの『真に現実的な異世界転生』としての、『自分のことを異世界人だという妄想に取り憑かれる現象』なんていう特殊な事例が、偶然にも一斉に起こってしまったのだ⁉」


 ──それはまさしく、「ごもっとも」としか言いようのない、至極当然なご意見であった。


 だがしかし、相変わらずのにやけ顔の研究者が寄越したのは、またしても『炎上上等のトンデモ発言』であったのだ。




「いやそれは、『運が悪かった』としか、言いようがないのですが?」




「「「はあああああああああああああああ⁉」」」





 ……その、あまりと言えばあまりの一言に、当然のように猛抗議が殺到する。


「何だね、その、運が悪かったとは⁉」


「いくら何でも、そんないい加減な理由があるか⁉」


「この世界が『運が悪い』のなら、まさか別に、『運のいい』現代日本があるとでも、言うつもりじゃないだろうな⁉」




「ええ、もちろん、そうですけど?」




「「「えっ」」」




「嫌だなあ、皆さん、さっきちゃんと申したではないですか? 量子論──中でも特に多世界解釈に則れば、世界というものは最初から無数に存在しており、『無数』と言うことは『すべて』と置き換えても構わないので、小説で描かれたどんな荒唐無稽な世界であろうとも、それとそっくりそのままな『世界』が存在していると」




「えっ、えっ、ちょっと待って」


「君の言う、その無限に存在している、SF小説なんかで『平行世界』とか『パラレルワールド』とか呼ばれているものは、いわゆる『剣と魔法のファンタジーワールド』で代表される、異世界のことなんだろう?」


「そ、そうだよ、現実世界はあくまでも現実世界であり、それは我々の目の前にあるこの世界ただ一つきりであり、異世界なんかとは違って、どこぞの小説みたいになったりはするものか」


「──ええ、まあ、現実の世界が、この世界ただ一つだけだというのは、量子論的に正しいのですが、それとはまったく別の問題として、この現代日本世界が、無数に存在する可能性もまた、量子論によって裏付けされているのですよ」


「……つまりそれって、結局のところ、どういうことになるのだ?」




「つ・ま・り、無限に存在する小説そのままの『平行世界』とは、別に剣と魔法の異世界だけが該当するわけでは無くて、この現代日本にも当てはまり、SF小説やラノベあたりでは『パラレルワールド』とも呼ばれる、この世界そっくりな『別の可能性の現代日本』が無数に存在しているのですよ。何せ小説には、ごく普通の現代日本を舞台にした作品も、ごまんと存在しているのですから、すべての小説に対応する現実の世界が存在するとしたら、まさしく、今回の『令和事変』を登場させた『架空の小説』に対応する現実の世界こそ、この我々の世界ということになるのです」

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