第13話、202×年、GINZA〜『令和事変』その9

「──いやいやいや、何だね、君、この『セント・ローリング国際病院における、被害状況報告書』は⁉」


「暴徒化した医師や看護婦が、『日本人では無い』だと⁉」


「この国際関係がいろいろと微妙な時に、何言い出してくれちゃっているの⁉」


「確かに、昔から医療従事者には、いわゆる『国籍条項』が、それほど厳密に適用されてはいないが」


「捜査当局の身元調査に拠れば、医師を中心にして、間違いなく国籍が日本国である者も、けして少なくは無かったとのことだぞ⁉」




 凄惨極まる大騒擾が、ちゅうおう区そのものを地図上から消去させるといった、世界中で物議をかもした非人道的な手段によって、強引に解決させられてから、およそ一週間後。


 厚生労働省の大会議室にて、ぎんの武装蜂起に呼応するようにして発生した、同じく中央区に所在する高層ビル型総合病院にて発生した、医療従事者を中心にした大暴動に関する報告書を、痩せ細った長身にヨレヨレの白衣をまとい、ボサボサ頭に瓶底眼鏡という、四十絡みのいかにも『マッドサイエンティスト』然とした男性が、不謹慎にも嬉々とした表情を隠さずに読み上げるや、一斉に疑問の声を上げる、我が国の首脳陣のお歴々。




「えっ、皆さんが何を危惧なされているのか、さっぱりわからないんですが?」


「「「嘘つけ、この確信犯の、『炎上商売上等野郎』!」」」


「いやだって、この『日本人では無い』という発言は、『人間では無い』という意味すらも、含まれているのですから」


「「「…………は?」」」




「そうなのです、彼らもまた、自分たちのことを『神聖大国ёシェーカーёワルド騎士団』だと名乗りを上げた、銀座の自衛隊の反乱部隊同様に、異世界からの転生者なのですよ」




「「「──はああああああああああああ? いやいや、ちょっと待って⁉」」」




「……うん、どうしたのですか、皆さん?」


「どうしたもこうしたも、ないだろう⁉」


「何だよ、異世界からの転生者って⁉」


「君はついさっき、異世界転生なんて妄想のようなものに過ぎず、現実には絶対にあり得ないと、言ったばかりではないか⁉」




「ええ、そうですけど、私は同時に言いましたよね? 異世界からの転生者を名乗る人たちの、いわゆる『前世の記憶』に関しては、間違いなく『本物』だって。そういう意味では、暴動を起こした医療従事者たちの、我々日本人に対する『憎しみの感情』もまた、本物なのですよ」




「──何その、完全に矛盾した、言い分は⁉」


「どうして異世界転生が論理的にはけしてあり得ないというのに、頭のおかしな前世主義者たちの。『異世界人としての記憶』のほうだけは、本物だったりするのかね!」


「やはり異世界転生とやらが、我々の知らないところでこっそりと、実行されているとか言い出すつもりじゃないだろうな⁉」


「何を今更、異世界転生なら、これまで無数に行われてきたではありませんか? それも人知れずこっそりどころか、インターネット上で全世界に向けて、堂々と」


「「「……異世界転生が、インターネット上で、行われてきただと?」」」


「いやだなあ、Web小説の話ですよ。何せWeb小説といえば異世界転生だし、異世界転生といえばWeb小説ですからね♫」


「「「おいっ!」」」




「──言うなれば、Web小説等の創作物において、作品中で異世界を生み出せば、現実にも、まったく同じ世界観を有した異世界を、生み出しているようなものなのですよ」




「「「なっ⁉」」」


 マッドな白衣の研究者の、いかにもマッドなお言葉に、心の底から面食らう、お偉方たち。


「小説の中で異世界を描けば、それが本物になるだと⁉」


「そんな馬鹿な!」


「つまり、小説家には、本物の世界を生み出す力があるとでも、言うつもりなのかね⁉」


 あまり『メタ的な理論』に馴染みのない、『おっさん年代』の政治家や官僚たちが、泡を食って問いただしてくるの対して、涼しい顔のままであっさりと『答え』を、


 ──否、『更にトンデモ理論』を、ご披露していく、白衣をまとった非常識。


「ああ、ちょっと言葉が足りませんでしたね、失敬失敬。嫌だなあ、皆さん、小説に書いたことが本物になるなんて、どこかの時代遅れの『未来の便利○具』モドキのことが、本当にあるわけが無いではありませんか」


「そ、そうか、そうだよな!」


「何だ、驚かすなよな?」


「君も人が悪いな、ごんわら君!」


「「「わはははははは!!!」」」


 ホッと一安心して、陽気な笑い声を上げる、お歴々。


 そのように、すっかり油断させておいてから、


 ──とどめの爆弾発言を投下する、他称『確信犯の炎上商売上等野郎』。




「そもそも量子論に則れば、小説に描かれるような、どんなにむちゃくちゃな世界観の異世界であろうとも、存在しているのだから、個々の小説の存在意義なんて、異世界を、読者の皆様にご紹介して、認識してもらうだけのことに過ぎないのですよ♡」




「「「………………………………………へ?」」」




 あまりといえばあまりの発言だったので、一瞬とはいえ、完全に頭の中が真っ白となり、文字通り馬鹿みたいな呆けた表情をさらすお偉方。


 ──しかしすぐさま我に返り、堪らず食ってかかっていく。


「Web小説そのままの異世界が、それこそ小説に描かれる以前から、どのようなタイプの世界だろうが、最初からすべて揃って存在していただと⁉」


「ということは、まさか⁉」




「ええ、まさしく既存のWeb小説そのままに、この現代日本から異世界に転生した者も、ごまんと存在していて、神様から絶大なるチート能力を与えられたのを笠に着て、『主人公』面してやりたい放題やり尽くして、異世界の内政も文化も生活習慣も、すべて破壊し尽くしために、今や無数の異世界において、日本人に対する憎しみの感情が爆発寸前まで溜め込まれているのですよ。──一部の異世界では実際に、日本の銀座に侵略してきたり、その周辺の病院において虐殺行為に及んだりといった、同時多発テロを起こすほどにね」

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