第12話、202×年、GINZA〜『令和事変』その8
──あなたは、『病院を舞台にしたホラー小説』と聞いて、どのような内容を想像するだろうか?
不気味な廃病院でおふざけ半分で肝試しをしていたら、次々に襲いかかってくる不条理な怪現象?
医療事故等によって無念の死を遂げて、化けて出てくる患者さんたち?
職場で陰湿ないじめを受けて自殺した看護婦さんの、壮絶なる復讐劇?
病院の地下最深部の秘密研究室において、患者さんの脳みそをいじくって人体実験したり、バイオテクノロジーを駆使して化物を生み出したりしている、マッドサイエンティストの物語?
それとも、すでに散々語り尽くされて、今やうんざりするばかりの、ありふれた病院にまつわる都市伝説?
まさかひょっとして、「……おまえ、実体験と言い張るのなら、証拠映像でも見せてみろよ? もしかして普段スマホを持ち歩いてないなんて、ほざくつもりじゃないだろうな?」などと、突っ込みを入れられるとぐうの音も出なくなる、読者を散々コケにした、創作者の風上に置けない、もはや完全に時代遅れの、エセ『実話系(w)病院ホラー』?
馬鹿言うんじゃない、そんな使い古されたテンプレホラーなんかよりも、本当に恐ろしいのは、普段は普通の医師や看護婦や患者の振りをして、『気のいい仲間』を装っていながらも、いつの日にかこの日本という国を内側から侵略してやろうと、本国の軍事的侵攻と呼応しての武装蜂起の機会を虎視眈々と窺っている、『あいつら』だよ。
──まさにそれは、阿鼻叫喚の地獄絵図の、始まりであった。
最初におかしくなったのは、患者さんたちであった。
元々外科の入人患者には良くあることなのだが、基本的には健康体ではあるが、若さゆえに暴走して仲間同士でケンカ等をして、お互いに怪我をして入院してくる人たちもいて、ガタイがでかく強面だけど、私たち看護婦等の医療スタッフには頭が上がらず、基本的には礼儀正しいものの、時には下品な冗談を言ってきたりもするといった、粗暴ながらも根はまっすぐな青年たちが、なぜか銀座での大騒動と時を同じくして、いきなり理性が吹っ飛んだようにして、病棟内の至る所で暴れだしたのである。
最初はわけもわからず、慌てて止めようとしたのだが、すでに言葉すら通じず、まさしく野生の獣や
──しかし、もはやいくら逃げたところで、意味は無かった。
なぜなら、異変が起こったのは自分たちの持ち場である外科病棟だけでは無く、病棟か外来診療科か検査室か医療スタッフルームかを問わず、高層ビルからなる我がセント=ローリング国際病院全体が、この時点ですでに、大混乱の坩堝と化していたのだ。
それでは、他の医療スタッフや、警備員たちは、ただ単に、患者さんたちが暴れるのを、見守っていただけであろうか?
──とんでもない!
何と医師や看護婦や検査技師やその他の事務員や果てには警備員等に至るまで、病院側のスタッフまでもが、あたかも銀座における同時多発テロと呼応するかのようにして、自分たち以外のスタッフや患者さんに対して、『殺戮行動』を開始したのだ。
──そしてその脅威と残虐性は、単なる暴徒である、患者たちなどとは比較にならなかった。
何せ、人体や病気や怪我というものを知り尽くし、どうすれば人間というものを効果的に破壊できるかを熟知している彼らは、そのすべてのテクニックを用いれば、そこら辺のプロの暗殺者や猟奇殺人鬼なぞお呼びではないほどの、『冷血なる殺戮マシーン』であったのだ。
死にかけの者に対しては、あっさりと生命維持装置のスイッチを切り、比較的健康な者に対しては、毒薬入りの注射を打ち、あたかも機械作業のように迅速かつ的確に、自分の担当する患者の命を奪っていく看護婦たち。
更に、高度な専門的知識を有する医師たちに至っては、目も当てられないほど悪逆非道さであった。
本来なら、例えば巧みなメスさばきを誇る外科医であれば、相手を苦しめること無く命を奪えるはずなのに、むしろそのテクニックを、『一度では致命傷を与えずに、じわじわとなぶり殺しにして、できるだけ苦痛を長引かせる』ほうに全力を尽くすといった、鬼畜そのままの有り様だったのだ。
それは、相手が幼い子供であろうとも、妊婦であろうとも、一切容赦すること無く、現役の外科スタッフだからして、これまで大けがや大やけど等の、かなりヤバいものを見てきた私でさえも、とても口にできなほどの、おぞましい仕打ちだったのである。
──そうなのだ。
病院において──特に、自分自身患者として当然のようにして、行動や移動の自由がある程度制限されている状態において、最も恐ろしい『病院ならではのホラー』とは、そこが呪われた怪病院であることでも、患者や自殺した看護婦の悪霊が出てくることでも、秘密の地下実験場で創造されたゾンビや人造モンスターに襲われることでも無く、何よりも自分の生殺与奪権を握っている、医師や看護婦等の医療スタッフから、いきなりわけもわからず命を狙われることなのだ。
──しかもそこには、単なる暴力行為や破壊活動だけでは無く、明確なる『憎しみ』の念が込められているのが見て取れるとなると、尚更であった。
……だから私は、ついに逃げ場を失い、かつての仲間であった暴徒たちにすっかり囲まれてしまった際に、堪らずわめき立てたのであった。
「──どうして、どうしてあなたたちは、同じ病院に勤めている仲間でありながら、医師や看護婦を、そして何よりも患者さんを、このようにむごたらしく殺すことができるのですか⁉」
現在私を取り巻いているのは、医師や看護婦や検査技師や薬剤師や栄養士や事務員等の、顔見知りたちばかりの十数名という、たった一人きりのこちらにとっては、まさに『多数に無勢』という絶体絶命の大ピンチの状況であったが、私は果敢に糾弾した。
──しかし、彼らの先頭に立っていた、青年医師が返してきた言葉は、あまりにも無慈悲なものであった。
「仲間だって、冗談じゃない、僕らはけして、君たち『日本人』の仲間じゃないよ。──ずっと待っていたんだ、こうして君たちに
………………え。
「……仲間では……日本人では……
気がつけば、自分を取り囲む誰もが、こちらのことを、いかにも憎々しげに睨みつけていた。
「──そう、これはあくまでも、復讐なんだよ。君たち日本人に侵略されて、
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