第10話、202×年、GINZA〜『令和事変』その6
『──緊急放送、緊急放送、現時刻をもちまして、このセント=ローリング国際病院は、完全に我が神聖帝国「ёシェーカーёワルド」騎士団の支配下に置かれました。「同志」の諸君は速やかに、すべてのニッポン人の抹殺に取りかかってください』
病院内のすべてのフロアに設置されているスピーカーから一斉に聞こえていた、いかにもおっとりとした女性の声による、あまりに衝撃的な内容が、むしろこちらの恐怖心をあおり立てた。
『──あっ、それから、放火だけは厳禁です! 繰り返します、放火だけは厳禁です! 作戦遂行上、いろいろと支障を
その、無差別テロ集団にあるまじき、常識的な追加の言葉に、思わず首をひねるものの、今はそんな余計なことを考えている暇なぞ無いのを思い出し、ナース服のスカートを翻しながら疾走し続けた。
「──どうした、
「あ、いえ、何でもありません、
「そうか、それならいいが、とにかく急ごう、早くこの
「ええ、放火だけは絶対にあり得ないのが、せめてもの救いですよね」
「……いや、むしろそれは、我々全員を一気に一網打尽にするよりも、一人一人じわじわとなぶり殺しにするつもりだという、残虐極まる宣言なんじゃないかな?」
「あり得ますね、連中ときたら、まるで血も涙も無い、『鬼畜生』そのものですしね。特に産婦人科の有り様ときたら、人間のすることではありませんよ!」
「まさか、胎児が、あんなことに…………くうっ、これ以上は、私の口からは、とても言えない!」
「どうして、どうしてなんですか? どうして昨日までは同じ病院の仲間として、医者も看護婦も患者さんたちも、お互いに仲良く笑い合っていたのに、今日になって大勢の人たちが、
──そうなのである、
完全に知性や理性を失い野獣そのままで暴れ回る、患者たちも、冷静に自分の担当患者の生命維持装置のスイッチを切って回る、看護婦たちも、メスや劇薬の入った注射器等で的確に患者の命を奪っていく、医師たちも、誰もが顔見知りの親しい間柄であったからこそ、その異常さと残虐さとがいや増した。
「……元々狂った思想を持っていた宗教団体か、外国の工作員とかが、医者や看護婦や患者として、素性を偽って潜り込んでいて、今回の銀座の大規模武装蜂起と呼応して、テロ活動を開始したのかもな。──何にせよ、よりによって病院において、このようなことをしでかすなどとは、けして許されざる蛮行以外の何物でも無いよ!」
そのように、仕事柄子供好きで心優しく、私たち看護婦の間でも人気者だった伊藤先生が、怒りに表情を歪ませて、悲痛にわめき立てた──その刹那であった。
「──何を言っているんですか? 私たちの世界を侵略して、やりたい放題やったのは、あなたたちのほうが先ではありませんか」
突然、非常階段の入り口手前のホールにて、響き渡って声に振り向けば、そこには白衣を鮮血で真っ赤に染め上げ、両手に鋭いメスを握りしめた、三十がらみの男性が、縁なし眼鏡の奥の瞳を狂気の光でギラつかせながら、立ちはだかっていた。
「「──っ。産婦人科の、
「スズキ? いや違うね。私は神聖帝国騎士団第二小隊長、ヤン=デレ=スキーと申す者だよ」
「えっ、先生、中二病だったのですか⁉」
「……佐々木君、むやみにこの場の雰囲気をぶち壊すような発言は、慎みたまえ。 ──それよりも、鈴木先生、その両手の血まみれのメスって」
「ふふふ、少し予定日より早かったんですが、すべてのお子さんを、この世に『誕生』させてあげたのですよ。──下手して将来、異世界にやって来ないようにね」
「……何て、ことを。──鬼! あなたは鬼よ!」
「いや、待て、何だねその、『異世界』というのは?」
その瞬間、薄ら笑いを消し去り、憤怒で歪んだ表情となる、元産婦人科医師。
「だから言ったでしょう、『我々の世界』に手を出したのは、あなたたちのほうが、先だって。──そう、これはあくまでも、『復讐』なのですよ。『異世界転生』だの『異世界転移』だのと、ふざけたことを言って、人間並みの知恵のついた蜘蛛やスライムを大量発生させたり、更には『NAISEI』とか言って政治社会システムをむちゃくちゃにしたり、あげくの果てには、オーバーテクノロジーの『ゲンダイ兵器』とやらを大量生産して大戦争を引き起こしたりして、罪も無い大勢の人々を殺戮した、あなたたち『ゲンダイニッポン人』へのね」
………………………………は?
な、何よ、鈴木先生ったら、『異世界転生』とか『蜘蛛やスライム』とか、一体何を言い出しているのよ?
まさか、現在病院内で暴れまくっている人たちって、本当に全員、中二病か何かじゃないでしょうね?
「……そうか、異世界転生か。鈴木先生、それってWeb小説とかの、若者向けの創作物の、話じゃないんですか?」
「な、何ですか、Web小説って? どうしてここに、フィクションの話が出てくるのですか?」
「私も良く知らないが、今ネット上では、日本から何の取り柄もない普通の人間が、突然大した理由も無く異世界に行ってしまうという、素人小説が、大流行なんだそうなんだよ」
「──ちょっ、まさか鈴木先生ってば、そんな馬鹿げた小説の読み過ぎで、妄想癖にでもなってしまったのですか⁉」
「……君たちにとっては、小説や妄想のようなものに過ぎないだろうが、私たちにとってはあくまでも、『現実』なのだよ。──私の生まれた村が、ニッポンから転生してきた魂に乗っ取られて悪知恵のついた、蜘蛛のモンスターの大群によって、あっけなく滅ぼされたようにね」
──ヤバい、先生ったら、目がマジだ。
ええー、私たち、こんなわけのわからない妄想話のために、殺されてしまうわけ?
「……さあ、小児科のドクターにナース君、私が胎児のままに送り込んだ、可愛い可愛い天使のようなベイビーたちが、天国でお待ちかねだろうから、すぐに会いに行かせて差し上げますよ」
──そう言い終えた、まさにその時、彼が構えたメスが、地獄の劫火のごとく、真っ赤に煌めいたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます