第2話、ヴァルプルギスの亡霊たち。(破)

 ──ヴァルプルギスの夜。




 俺たちが元いた『あちらの世界』においては、本来あまり関係無いはずの現代日本でさえも、某『鬱系魔法少女アニメ』の影響のせいか、結構知名度があったりするのだが、要するにキリスト教文明圏お定まりのパターンとして、ケルト文化の『お下がりパクリイベント』の一種で、簡単に言うと『春の到来』を祝う、四月最後の夜から五月最初の朝にかけての、ヨーロッパ挙げての大々的な祝祭であり、特に代表的なドイツにおける『ヘクセンナハト』の祭りにおいては、『ブロッケン山中に魔女が集まり、サバトを催して一晩中踊りまくる』とされており、そのため特に創作物フィクションの世界においては、『魔女たちによる祭りの夜』との側面が強調されることとなった。




 ……それで、身も蓋もないことを言うと、


 まさしく現代日本にとっては創作物フィクションそのものである、剣と魔法ファンタジーワールドであるこの世界には、当然のようにして『魔女』が存在していて、しかも何と『ヴァルプルギスの夜』という季節的恒例行事も、ちゃんと『本物の魔女たちによるお祭り』として行われていたのだ。




 ──ただし、『お祭り』と言っても、魔女たちによる、残虐なる『人間狩り』と、一方的な『領土侵犯』の、ことなのであるが。




 この世界の魔女たちは皆、人型生物の主な文化生活圏である魔導大陸『エイジア』とは海を隔てて切り離されている、極東海上の弓状列島『ブロッケン』にのみ棲息しており、普段は大陸とは完全に没交渉で、その生態は謎に包まれていて、数少ない探検家(ですらも、ブロッケンでほとんど惨殺されてしまい、奇跡的にごくわずか残った生存者)の証言では、なぜか女性しか存在していないものの、成人と思われる年齢層では、女同士二人一組で『つがい』として共同生活を営んでおり、しかもちゃんと『幼体』である『魔法少女』が存在していることにより、女性のみで何らかの生殖方法があるのか、あるいは魔術的に子孫を『創り出している』のか等々と、研究者の間で喧々諤々の論争となっていた。




 ──つまりは魔女とは、まったく相互理解不可能な、強大なる魔術的存在であり、しかも至極好戦的でもあることより、文字通りの『人類の敵』そのものとも言い得る存在なのだ。


 何せこの世界の魔女は、我々人類にとっては、『脅威』以外の何者でも無いのだから。


 一応、我々人類やエルフや竜人等も、魔法や魔術の類いを使うが、魔女はが段違いに異なっていた。


 転生者ならではに、現代物理学に基づいて論理的に説明すると、魔法というものは、万物を構成する物理量の最小単位である量子を、通常の固定状態から、任意に変形させることができる、『重ね合わせ』状態にすることで実現している。


 例えば、火炎魔術や氷雪魔術で、何も無いところから炎や氷雪を出現させるには、いわゆる『化学的反応』を利用しなくても、もっとダイレクトに、大気を構成する量子の形態情報を書き換えることによって、炎や氷雪に変化メタモルフォーゼさせることでも実現できるのだ。


 現代日本風に科学的に説明すれば以上の通りであるが、剣と魔法のファンタジーワールドであるこの世界の基準で言い直せば、人間を含むこの世の万物は、元々かの『クトゥルフ神話』で高名なる、不定形暗黒生物『ショゴス』によって構成されており、通常は現在の形状で固定されているものの、『集合的無意識とアクセス、対象Aに別の存在である存在Xの形態情報をインストール!』という、『魔法の呪文』を唱えることによって、Aという物質をXという物質に変化メタモルフォーゼさせることができるので、火炎魔術や氷雪魔術においては、大気をこの魔法の呪文を使ってショゴス状態にした後で、炎や氷雪の形態情報を、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の情報が集まってきているとされている、集合的無意識からダウンロードすることによって、大気を炎や氷雪に変化メタモルフォーゼさせることで実現しているのだ。


 つまり、量子論にしろクトゥルフ神話にせよ、普段はきちんと形状が確定しているものを、魔術を行使する際にのみ、変幻自在な『重ね合わせ状態の量子』や『ショゴス』へと還元することによって、様々な超常現象が実現可能となるのである。




 ──それに対して、魔女たちが文字通りに『異質』なのは、何と彼女たちの肉体そのものが、常に変動状態のショゴスによって構成されていることであった。




 つまり彼女たちはショゴス同様に、いかなる時でも『変幻自在』であると言うことで、外見上は女であっても、性別なぞ無いに等しく、下手したら自分の肉体の一部を切り離して、独立した魔女──幼体の魔女である『魔法少女』を、生み出すことすら可能なので、『なぜ魔女には女性しかいないのか?』という根源的な謎が、解明されることになるのだ。


 そして何よりも重要なのが、各種魔法を実現する大本であるところの、ショゴスそのものである魔女は、存在自体が『魔法そのもの』とも言えて、人間やエルフ等の行使する、周囲の大気を炎や氷雪に変えるだけのしょぼい手品モドキでは無く、世界そのものを改変可能なまでに絶大なる威力を誇る、大魔術を実現することさえも十分可能であった。


 しかも、常に形態情報を書き換えて続けている量子から構成されているということは、魔女の肉体そのものが常に『核分裂』を行っているようなものであって、行使する魔法自体も当然のごとく、『核爆発』級の破壊力を有するものばかりなのである。


 そんな人類等とは隔絶した生態を営んでいるからであろうか、一応かなり高度な知能を有していると思われるものの、他の種族とコミュニケーションをとる素振りは一切見せず、一年中弓状列島内にこもりきりとなっていて、こちらから交渉に赴いた者は問答無用に殺戮するといった、まったく取り付く島もないの状態でありながら、なぜか年に一度の『ヴァルプルギスの夜』だけは、一方的に魔導大陸に攻め込んでくるといった、文字通りに傍若無人そのものの有り様であった。


 ここでも情け容赦なく戦略兵器並みの攻撃力を披露し、しかも話し合いに応じる気がさらさらないとなると、まったく対処のしようが無く、しかもなぜだかこのように圧倒的な優位な立場にありながらも、侵攻してくるのは『ヴァルプルギスの夜』に限られていて、大陸東部の沿岸部の極一部のみを破壊するだけ破壊したら満足して島へと戻っていくこともあって、我々大陸東部を統治する神聖帝国『ёシェーカーёワルド』としても、東部海岸は居住区としては完全に放棄して、『ヴァルプルギスの夜』には近隣都市からも住民を避難させるといった、消極的な対応をとらざるを得なかった。




 ──ただし、数年前から、状況は大きく様変わりしていたが。




 それと言うのも、我々帝国側が少なからず『反撃』をし始めて、徐々に効果が現れてきたのだ。


 実はそれを影から手助けしていたのは、他ならぬ俺たち『転生者』であった。




 元々『日本人としての前世』の恨みから、この神聖帝国『ёシェーカーёワルド』に(武力的に)復讐するために、密かに転生者同士で徒党を組み、現代日本の最先端の科学技術に基づいた、各種の革新的戦術や、魔法と科学のハイブリッド兵器の開発を進めていたのだが、生まれてから十数年以上も異世界人として生活していくうちに、すっかり身も心もこの世界の人間となり始めて、家族はもちろん親しい友人や愛するステディ等とのつき合いを重ねるにつれて、復讐心を徐々に無くしていき、むしろこれまで育んできた転生者ならではの戦術や兵器等は、現在困難な状態にあるこの世界のために──主に『魔女退治』こそに、活用していくことにしたのだ。




 ……とは言っても、急激な変化はまさしく『なろう系』作品そのままに、この世界そのものに悪影響を及ぼしかねないので、近衛師団における訓練時において、教官等にそれとなく提案したり、実際に自分で使ってみてその効果のほどを見せつけたりすることによって、現代日本的戦術や兵器の有効性を実証していったのである。


 その甲斐もあって、近衛師団そのものの軍事力が格段にレベルアップして、『ヴァルプルギスの夜』での魔女に対する迎撃効果も徐々に見られ始めて、我々転生者のアイディアが更に率先して受け入れられていくと言った、好循環となっていった。




 ──そして、満を持しての今年の『ヴァルプルギスの夜』において、ついに我々転生者のみからなる、現時点で最先端の『科学と魔術のハイブリッド兵器』によって完全武装された、秘匿名コードネーム『theエイ隊』が、実戦に投入されたのである。

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