ヴァルプルギスの心臓

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【本編】その1

第1章、ヴァルプルギスの亡霊たち。

第1話、ヴァルプルギスの亡霊たち。(序)

 ──帝国暦2681年、4月最終日深夜、魔導大陸東岸、特設臨時最前進基地。




 現在ここには、万を超える神聖帝国『ёシェーカーёワルド』の誇る精鋭部隊たる、帝都近衛師団より抜きの、魔導兵部隊が集結していた。




 大海原の遙か東方の、『ブロッケン列島』方面上空を見張っていた、遠視能力を誇る偵察兵たちが、黒々と立ちこめた雲海の中に、こちらへと迫り来る多数の飛行体を捉えた。




「──来ました! 目標を肉眼で確認!」


「──先遣隊の、『ブロッケン幼女団』の模様!」


「──数、少なくとも50以上!」


「──総員、迎撃準備!」


「──魔導高射砲部隊、前へ!」




 途端に、全部隊の魔導師たちに、緊張が走る。


 それは俺たち、今年初参加の魔導士部隊──秘匿名『theエイ隊』も、同様であった。



 いや、今だけは、自分たちが『日本からの転生者』であることは、忘れよう。




 ──この異世界における最強国家である、神聖帝国『ёシェーカーёワルド』の、最愛の仲間たちを守るためにも。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 俺が元の世界の──現代日本の、自衛官としての記憶を取り戻したのは、五歳の誕生日であった。




 辺境のひなびた小領地とはいえ、れっきとした貴族の跡取り息子の誕生日と言うことで、帝都の帝家からの祝いの使者が訪れた際に、この皇国の正式名称である『神聖帝国ёシェーカーёワルド』を耳にし、帝家の紋章を目にした時、まざまざと思い出したのである。




 ──自分が、『れい事変』と呼ばれる、異世界からの軍団の突然のぎん襲撃に対して、自衛隊の鎮圧部隊として出動した際に、異世界軍側の卑怯極まりない『逆転生の秘術』により、異世界人の精神に乗っ取られた同僚から、不意討ちで殺されてしまったことを。




 それは当然のごとく、いまだ幼い子供に対しては、


 たとえようのない、混乱と、戸惑いと、恐怖と、




 ──痛烈なる、怒りを、もたらした。




 ……ああ、そうか、


 こいつらが、


 この世界の、人間が、


 何の罪も無い、大勢の人々を、銀座の街ごと虐殺して、


 俺に、この手で、多数の仲間を、殺させて、


 俺を、仲間に、殺させたのか!




 その激情は、とても抑えることなぞ、できやしなかった。


 いまだ使者の口上の途中だというのに、俺はその場を逃げ出していった。


 後で、現領主の父上から、こっぴどく叱責を受けたが、そんなことなぞどうでもよかった。




 この男も、我々日本人の、『敵』なのである。


 もちろん、母も、姉も、弟も、妹も、使用人や領民でさえも。


 こいつらは、卑怯極まりない魔術を使って、多くの日本人を殺めたのだ。


 もはや、肉親とも、同胞とも、思うことはできなかった。




 ……しかし、そうは言っても、現在の自分は、何の力も無い、ただの幼子なのである。




 かつての恨みを晴らすどころか、よその世界の人間の生まれ変わりだとばれることすらも、けして許されなかった。


 帝国の貴族とはいえ、このような辺境の弱小領主が、禁忌の呪術を使った日本侵略に加担している確証は無く、うかつに転生者であることを匂わすような言動を行えば、気がおかしくなったとも受け取られかねなかった。


 もちろん、彼らが銀座侵攻に関わり合いがあったらあったで、尚更正体が露見するわけにはいかなかった。




 ──なぜなら、俺はいつの日か、この世界で反乱を起こして、憎き神聖帝国『ёシェーカーёワルド』そのものを、潰滅させようと誓ったのだから。




 その大願成就のためには、用心に用心を重ねるに、越したことはなかった。


 何せ『逆転生の秘術』などと言った、現代日本の『なろう系Web小説』もびっくりの、外法中の外法を使いこなしている連中なのだ。


 この世界に紛れ込んでいる、日本からの異世界転生者なぞ、一目見るだけで判別可能であろう。


 そもそもこの世界は、それこそ『なろう系』作品そのままに、現代日本から転生してきたチートスキル持ちの化物どもに、好き勝手に暴れられて、国土は荒廃し社会システムもめちゃくちゃにされた復讐として、『逆転生の秘術』を使っての大規模な軍隊による、銀座侵攻を決意することになったのだ。


 帝国全土にわたって、日本からの転生者に対する警戒は非常に厳しいものと思われ、馬鹿の一つ覚えみたいに、「将来のスローライフ実現のための足がかりとして、転生者ならではの『NAISEI』スキルによって、父親の領地経営の手助けでもしておくか♫」なんていう、世間を舐めきった態度でいれば、すぐさま転生者であることがばれて、『処分』されてしまうであろう。




 ただしこの世界は、腐っても剣と魔法のファンタジーワールドだけあって、俺のような隠れ転生者にとっては、好都合なシステムも少なくは無かった。




 それと言うのも、この国の貴族の子息は、家督を受け継いだり独立したりする以前には、必ず帝都や帝族を守護することを役目とする、『近衛師団』に入団させられて、武人として訓練を受けて、武勇によって帝国に貢献することを習わしとしていたのだ。


 これは、将来武装蜂起を企てている俺にとっては、好都合であった。


 何せ、本人は隠しているつもりでも、同じ『転生者』同士だと、何となくわかるものであり、士官学校に入学してすぐに、現代日本からの転生者のお仲間たちと、大勢知り合えることになったのだ。


 しかもそのほぼ全員が、俺同様に自衛官であったり、警視庁の機動隊員であったり、医療関係者であったり、一般市民であったりと、例の『令和事変』の犠牲者ばかりであったのである。


 そのように職種や立場が異なるだけでは無く、死んだ時期もかなり幅があり、最初の銀座侵攻から、東アジアの完全占領に至るまでの、異世界軍の侵略の全容の詳細が、転生者全員の知識として共有できるようになった。


 我々は慎重を期しながらも、どんどんと『同志』を増やしていき、ついには近衛師団だけでは無く、帝国軍全体の別の部隊や中枢部を始め、帝国政府内の政治家や役人から、うちのような地方領主に大商人、果ては一般市民や裏稼業の犯罪者まがいに至るまで、『転生者ネットワーク』を広げていき、着々と武装蜂起に備えていった。


 普通、組織が大きくなればなるほど、その存在が露見する可能性が増すはずであったが、何とその危険性は、最初から皆無だったのである。




 実はこの神聖帝国『ёシェーカーёワルド』の存在する世界の歴史では、これまで現代日本からの転生者がおおっぴらに現れたことは無く、その存在はただの一人も確認されておらず、もちろんこの世界から『逆転生の秘術』を使って、現代日本へと侵攻した事実なぞは無かったのだ。




 何とも不思議な話であるが、理由としては、次の二つが考えられた。


 物知りの転生者の言うところでは、二つ以上の世界の時間の流れには法則性は一切無く、現代日本から同じ異世界に転移や転生を何度か行った場合でも、最初の転移よりも後の転移のほうが、時間の進んだ異世界に転移できるとは限らず、前回自分が転移した時点よりも、前の時代に転移することもあり得るのであり、つまりは俺たちこそが、この世界をむちゃくちゃにする『悪の転生者』そのものだったりする可能性もあり得るという、いわゆる三流SF小説等でお馴染みの、『タイムパラドックス』パターンと、


 もう一つは、世界と言うものは無限のパターンがあり得るので、同じように神聖帝国『ёシェーカーёワルド』が存在する異世界でも、当然のごとく無限のパターンがあり得ることになるので、実はこの異世界は、『令和事変』を起こした神聖帝国『ёシェーカーёワルド』の存在する異世界とは、別の異世界かも知れないとのことであった。




 ──それを聞いて俺たちは、完全に拍子抜けしてしまった。




 なぜなら、どちらの説であっても、現時点のこの世界は、現代日本にはまったく害を及ぼしていないのであり、しかももしも将来害を及ぼすことになる場合も、まさしく俺たちがこの世界に害を及ぼすことこそが原因となるのだからして、俺たちがけして不用意なことさえしなければ、日本と争い合う必要は無くなるのである。


 その結論に至るや当然のごとく、多大なる失望感と徒労感とに駆られたものであったが、それと同時に心から安堵した自分がいたのも、また事実であった。




 何だかんだ言ったところで、事実上俺たちは、この世界で生まれ育ってきた、れっきとした『異世界人』なのであって、何なら『日本人としての前世の記憶』なんて、ただの『妄想』であるとも言えるのだ。


 どちらの世界に愛着を持つかと言うと、当然現在のこの世界のほうであり、こうして同じ転生者同士で士気を高め合ってきたからこそ、自称『転生者』であり続けられただけの話で、もし自分一人のみだったら、日本人としての記憶なぞすぐにも忘れ果てたか、そんなものに無駄に固執するあまり、発狂したかのどちらかであろう。




 それに、十年以上この世界で暮らし続けてきていて、心から愛する者も、一人や二人では無くなっていたしな。




 両親や兄弟を始めとする肉親や、転生者では無い生粋の異世界人の友人や知り合いや、


 ──そして、何よりも、




 生粋の異世界人の、妻や夫や恋人とかね。




 ……だったら、これまで『打倒異世界!』を掲げて、『秘密組織作り』だの『NAISEI』だの『近代兵器作り』だの『新魔法の開発』だのと、腐心してきたことが、すべて無駄になるかと言うと、さに非ず!




 元からこの世界に存在していた『魔法』に、現代日本人としての知識に基づく最先端の『科学技術』とを掛け合わせて、もはや異世界の軍隊だろうが、現代日本の自衛隊だろうが、まったく相手にならない、我々転生者ならではの無敵の『ハイブリッド魔術』の格好な攻撃相手が、この剣と魔法のファンタジーワールドには、ちゃんと存在していたのである。




 それこそが、我らが神聖帝国『ёシェーカーёワルド』が存在している、魔導大陸の東方海上に弓状に連なっている、極東列島『ブロッケン』であり、そこにのみ存在していて、年に一度の『ヴァルプルギスの夜』にだけ、大挙して大陸へと攻め込んでくるのを習性としている、忌まわしき『東方の魔女』たちであった。

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