3 特殊イベント




 ――今日は、マップの探索をしてみよう。


 他のプレイヤーの活躍もあってか、エインフェリアの初期出撃地点に新たなポイントが追加されていた。新マップ、新ステージである。

 情報によると、集落を追われた一部のエルフたちが立てこもっている城塞都市のようなものがあるらしい。


 実際にインしてみると、そこはまるでひと気のない――都市というよりも、戦禍を受けて滅びかけた廃墟群だ。


「うっわ……これ、R指定とかつかないのかな……?」


 石造りの家屋のようなものを覗いてみると、血だまりの中に胴体と切断された頭部が転がっていた。エルフのものだ。


(えっぐいなぁ……)


 銃の先でつつくと、まるでまだ生きているかのような空気の漏れる音がした。驚いて仰け反ると、銃に引っかかった生首が壁際へと転がる。


(リアルすぎる……。こういうのって普通動かないよな……? 凝ってるんだなぁ……)


 死体から目を背けるように、視界モニタにマップを表示する。目的地なのかは知らないが、地図上にはピックアップされた洋館のような建物があった。

 表の街道にはエインフェリアの残骸が散らばっているから、なるべく人目につかなそうなルートをたどって今日はそこを目指してみよう。




                   ■




 仮にもFPSなのに何してるんだろう――近くで聞こえる銃声が怒鳴り声のようなものを聞きながら、映司えいじはこそこそと移動し、着実に目的の洋館へ近づいていた。


 人間離れした跳躍で一足に壁を乗り越え、敷地内に。エルフは表の方のエインフェリア部隊と交戦しているのか、こちらに気付く様子はない。ガラス窓を叩き割って、中に侵入する。


(ゾンビとか出てきそう……。急になんか世界観変わったな……)


 文明的な建物だ。よくある異世界ファンタジーな世界観を取り入れているとしたら、ここは領主とかそれに相当する貴族クラスのエルフが住む屋敷なのだろう。とはいえすっかり荒れ果てているため、ひとの住んでいる形跡はほとんど見当たらないが。


(楽し……)


 これはこれで、面白いものがある。グラフィックがとても丁寧につくられているからだろう。泥棒……怪盗にでもなった気分だ。


(身近にこんな廃墟なかったし……まあ、あっても行かなかったけど)


 そういうことが体験できるのがゲームの醍醐味である。

 銃撃戦そっちのけで、さながらRPGでもプレイしているような感覚で、映司はいくつかの部屋の中を確認していく。アイテムでも落ちていないかと思いながら――


「うっわ……」


 このゲームをはじめてもはや何度目とも知れない、驚きとも呆れとも言い表せない感情が口から漏れる。


 その部屋は、他とは明らかに違っていた。

 壁には本棚のようなものが並んでいるのだが、そこに本らしきものは一つもなく、代わりに飾られているのは――無数の、人形。

 人間のかたちをした、ぬいぐるみのような布製の物体がずらりと並んでいる。


(なんだこれ……? こういうのに設定とか仕込んでる感じかな? 領主の娘の部屋だった……とか?)


 部屋の中央には椅子があり、そこにひと際サイズの大きなぬいぐるみが鎮座している。

 ガラス玉のようなものが頭部に二つ、引き裂かれて綿の飛び出した口のような部分――近づいてみると、布というよりはもっと硬質な印象を受ける素材でつくられているようだ。


(異世界の謎技術……。文明の違いかな、マジで意味不明なんですけ、)



 タス、ケテ



「ど……?」


 ゲームの中の音声か、それとも現実の自分の部屋からか。

 何か、人の声のようなものが聞こえた。



 タス、ケテ――助けて



「!?」


 目の前からだ。

 人間の子どもくらいはあるだろうかというサイズの、この人形から声がしている。


「たすけ、て。ワタしを、連れてって――これは、ゲームじゃ、ない」


「? なんかの……」


 イベント、だろうか?


「逃げ、ナイと。早く――スグ、あいつらが、クる……」


「まあ……」


 よいしょ、と人形を持ち上げる。ゲームなのでもちろん重みは感じないが、エインフェリアの挙動からするとそれなりの重量があるようだ。これを抱えていると銃が使えない。


(タマゴ運搬系のクエストみたいなものか……?)


 とりあえずライフルを肩にかけ、両手で人形を抱えることにする。


(ベースキャンプまで戻ればいいのかな……?)


 廊下に出る。


「アナた、ニホン人……? わたしのコトば、分かる……?」


 なおも人形が何か喋っているが、かろうじて日本語らしいことだけが分かる程度だ。テキストでは表示されないらしい。


「早ク逃げて。これは、オーバーザイン社の、陰謀……。わたしたちは、本当に、人を殺してる……」


 やっぱりゲーム内イベントなのだろう。なんの告知もなかったが、もしかすると映司が一番乗りなのかもしれない。

 これでプロゲーマーへの道が開かれるかも――そう思っていた矢先、不意に。



「…………」



 進行方向に、小さな人影があった。

 エルフだ。

 しかし――これまで相対したタイプとは違って、幼い。子どものエルフだ。


(やっばいな……。武器は持ってないみたいだけど――)


 少女のような見た目のエルフは、片手に現在映司が持っているものと似た形状の人形を抱えていた。武器のようなものは見当たらない。


 無視して逃げるか、人形を下ろして戦うか。


(これ絶対、発売されたら批難殺到しそう――)


 子どもといはいえ、エルフは魔法を使う。こんな場所に現れたのだ。もしかすると特殊な敵なのかも――




                   ■




 …………。

 ………………。

 ……――……――。



(あれ?)


 何かのエラーだろうか、一瞬、視界が真っ白になった。



『まさか中にまで入ってるとはな。……この魔導騎兵アームドめ……壊しても壊しても次から次へとうじゃうじゃ湧いてきやがって』



は成功したのか? 急に動き出したりしないだろうな』



 何か、話し声のようなものが聞こえてくるが、外国語なのだろうか、映司にはその内容が理解できない。


 少しして、ぼんやりとだが、先ほどの洋館の廊下が視界に映し出された。佇む鎧姿のエルフ。戦闘タイプのヤツらだ。そいつらが槍で突っついているのは、廊下に倒れ込む防護服のような甲冑のような見た目の――エインフェリア。


(ムービー……? イベントシーンか?)


 そのエインフェリアの横には、先ほど映司が入手したイベントアイテム――人形が転がっている。


 人形の瞳のようなガラス球には――こちらを見る、エルフの少女の姿。



(あれ……? これ、どういう視点なんだ……?)



 自分はいったいどこからこの光景を見ているのか。

 まるで――少女が片手に抱えた人形の目を通しているかのようだが……?



『大丈夫なんだろうな……? しっかりしろよ、これだけしか能がねえんだから』



『まあそう言うな。……まさか、誰も思わなかっただろうさ。お前のお陰で、確実に敵の実働部隊は減少している。……よくやったな』



 少女の頭を撫でるエルフの男――その男の顔を、映司は下から見上げている。



 これはいったい、なんなんだ……?



 身体が、言うことをきかない。

 ゲーム内のプレイヤーが、という意味ではなく――現実の、自室のベッドの上にあるはずの身体が、動かない。


 まるでベッドに縛り付けられ、無理矢理に映画でも見せられているかのように――



「あぁ……またヒトり、捕まってしまった――」



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