2 予兆・ナイトメア
まるで、悪夢のようだった。
痛みも衝撃もなかったからいまいち現実感に欠けるものの――悪夢のようだと。そう感じるほどに真に迫った、死の体験。
「はあ……はあ……」
気付けば、目の前にはゲームのロビー画面。新たなエインフェリアで出撃可能という通知が表示されている。
死んでも、何度でもすぐにやり直せる――
「やっば……」
ゲームだと分かっていても、今のは本気で怖かった。映像がつくりものじゃない、現実の光景を画面越しに見ているような――VR機器によってより「ゲームの世界」に浸っているからこそ、今の体験をよりリアルに感じた。
「本気で、死んだかと……殺されたかと」
ゲームのシステムには難ありだが、これはクセになる――もちろん死にたくはないが、ここまで徹底されたリアルな体験は、生まれて初めて味わうものだ。
「もっかいやろ……」
今のはNPCだったのだろうか? あのエルフにも操作しているプレイヤーがいるのか?
(今度は死なないぞ……)
■
死は、終わりではない。
エインフェリアが失われると、プレイヤーは新たな機体に意識を移し、それを操縦して再び異世界へと乗り込む。
圧倒的物量差、圧倒的戦力で以って、原始的な異世界人を蹂躙していく――ゲームの操作に慣れないとなかなか難しいが、何事も上達してから、その真の面白さが分かるものだ。
アサルトライフルの弾が命中すると、まるで見えない拳に殴られたかのように何度か身をよじりよろめき、エルフは倒れる。
近接戦闘では噂通り、ナイフでエルフの喉笛を掻っ切ると、勢いよく噴き出された血潮によって視界が赤黒く覆い尽くされた。腕を使って拭うことは難しく、血塗れのまま進んだ。
改善されないかな、と思っていると不意に横合いが真っ赤に輝き、エインフェリアの半身が溶解する。エルフの魔法だ。活動不能通知が出たのもつかの間、複数のエルフに串刺しにされその機体は死亡、次へと移る。
「だんだん慣れてきた……」
もしかして才能あるかも――なんて調子に乗っていたら、
「
ドアをノックする音が聞こえ、突如現実に戻される。
気付けば部屋は真っ暗になっていて、後ろ髪を引かれるような想いを抱きつつ、いったんゲームを止めることにした。
■
さっきまで飛んだり跳ねたりしていたのが嘘のように、現実の肉体にはなんの疲労もない。
部屋を出て、階段を下りる。下まで一気に飛び降りれるんじゃないかと錯覚したが、さすがに思いとどまった。
「やっばいな……」
これが現実とゲームとを混同する、境目が分からなくなるということなのだろうか。
高ぶった気持ちを抱えながら足早にダイニングへ向かうと、両親が揃っていて、テーブルには夕食の準備が出来ていた。
何してたのと口うるさい母に適当に応えながら、ケチャップのついたハンバーグを頂く。お箸で半分に裂くと中から肉汁が溢れ出し、ケチャップと交わった。
(うわあ……)
殺し殺されたエルフの姿を思い出す。あのゲームは実は「現実」で、自分はどこか遠隔地に実在するエインフェリアを動かして、本当に人型生物を殺していたのではないか――そんな妄想を抱いてしまうほど、まるでハリウッド映画のようなリアリティだった。
今のゲームグラフィック技術は実写そのものをつくりだせるほどに進歩しているのかと感慨深い。
そんなことを考えながら黙々ともぐもぐしていると、
「あんたもゲームばかりやってると――」
母親がテレビを見ながら何やらぶつぶつ言っている。ひとには食事中にテレビを見るなと注意するくせに、と思いながら、映司も何気なく母親の視線の先に目をやった。
番組と番組とのあいだに入る三分程度のニュースだ。
何やら最近、ゲームにのめり込んで意識不明の重体に陥っている若者が増えているらしい。
(そういえば最近、あの人の実況見ないよな……)
プロゲーマーとしても名高いとある実況者。彼の配信を見て映司は『エインフェリア』の存在を知ったのだが、ベータテストの感想を述べる雑談配信をしてしばらく、動画の投稿や実況をしていない。
ネットでは、失踪したとか死んだとか――それこそ、ゲームにのめり込みすぎて病院に搬送されたとか、様々に身勝手な噂が飛び交っている。
(意識不明かぁ……。ショック死してもおかしくないくらいのリアリティではあったけど)
心臓に悪いのは間違いないな、と映司は他人事のように思った。
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