ドールズナイトメア
人生
1 クローズドベータテスト
――『エインフェリア』――
最近話題の新作VRゲームだ。
ジャンルはFPS……一人称視点で展開されるシューティングゲーム。
VRといえば、機器を用いることでさながら現実にその物事を体験しているかのような、まるでゲームの世界に入り込んだかのような圧倒的没入感が得られることで昨今話題だが、それにFPSの要素が加わるとどうだろう。
エインフェリアはまるで実際の戦場に立ち、自ら戦闘している感覚を味わえるということで一部のゲーマーのあいだでの評価が高い。
グラフィックやシステム、ゲーム性はもちろんのこと、一番話題を呼んでいるのはその独特な世界観だろう。
プレイヤーは『異世界開拓チーム』の一員となり、『エインフェリア』と呼ばれるロボットを操縦するかたちで異世界へと乗り込む。
剣や弓、魔法で対抗してくる現地住民――いわゆるエルフのような見た目をした生物を、近未来兵器で蹂躙しながら異世界の開拓を目指すのだ。
その表現が、実にリアルらしい。本当にロボットの視覚越しに世界を見ているような感覚、近接戦闘で敵を殺した時に返り血の臨場感――ある
しかし、エインフェリアには一つ、欠点がある。
――まだ発売していないのだ。
というか、発売日も正式サービスの開始時期も不明……現在は一部のプロゲーマーや実況者たちのみの招待制クローズドベータテスト期間なのである。
先日、一般向けのテストプレイヤー募集が行われていた。
しかし、である。
続いて行われた募集に応募したところ――先日、当選通知が届いた。
詐欺ではないかと疑いつつ、メールにあったリンクから専用ページに移動し、住所などを入力してみたところ――
「ついに、今日……」
届いたのである。ゲーム開発元の『オーバーザイン社』から、噂のVRデバイスと、専用コントローラーが。
「夢みたいだ……」
昔から、親にゲームを禁止されていた。ゲーム機など買ってもらったことはなく、おこづかいさえロクにもらえなかったので自腹で購入することも出来なかった。
高校生になって入学祝いにPCをもらえたのでようやくFPSなどをはじめとしたゲームが出来るようになったが……少しでも成績を落とすとパソコンを没収されるので、とてもじゃないが将来の夢はプロゲーマーなどと言えるほどのプレイ時間は稼げなかった。
その状況は今後も変わらないだろうが――これまでの苦労がようやく報われた。そんな想いだった。
本日は日曜日、勉強すると言っておけば部屋に閉じこもっていても文句は言われまい。自室のドアに鍵をかけ、映司はさっそく噂のVRFPS――『エインフェリア』をプレイする。
■
覚悟はいいか? お前はこれから未開の土地――異世界へと向かう。
そこには剣や弓を用い、時には魔法を使って我々に害をなす原生生物――便宜上『エルフ』と呼ぶ――が生息している。
我々の目的はエルフを駆除し、人類の新たな生存圏を確立することにある。
さあルーキー、チュートリアルは済んだか? エインフェリアの操縦には慣れたか?
ここから先は戦場だ。
お前の活躍を期待している。
■
目の前には、原生林ともいうべき木々が立ち並んでいる。
以前テレビで見た富士の樹海のような光景だ。
人工物によって支配されたベースキャンプからほんの数メートル先に、まるで巨大な壁のように、まったく雰囲気の異なる樹海が広がっているのである。
視界に映ったマップによれば、この先にエルフの居住地が存在しているらしい。映司に与えられたミッションは、その居住地の制圧だ。
一人称視点なので確認できるのは自分の手足くらいなのだが――ロボットというからもっとメカメカしいものを想像していたが、どうやら防護服のようなイメージらしい。なるほど、人間の身体が適応できるか分からない異世界に乗り込むため、という設定なのだろう――説明されなくても見ただけでなんとなく世界観が把握できるほど、グラフィックにリアリティがある。
ゲームならではのきれいな「つくられたグラフィック」とは違う――本物だ。
本物の森にいる。映画で見るような軍隊の基地に、防護服と西洋の甲冑を足し合わせたような見た目のロボット。自分の他にも数名、周囲でうろうろしている同様の防護服がいる。
装備品はいわゆるアサルトライフルが一丁。これもCGとは思えない。画面越しに見る実物……そんな印象だ。
テレビ越しに実在の景色を見ているようでいて、VR技術によってまるでその場に実際に立っているかのような感覚を受ける――
コントローラーを動かすと、それに対応して手が動く。一歩進む。銃を手に取る。ボタンを押すと銃声が響き、コントローラーを握る手に反動が伝わる。デバイスとの連動がさらなる没入感を生む。
(これがVR……!)
評判通り……いや、評判以上だ。
チュートリアルで一通りの動き、操作は覚えた。実際の身体の動きに対して若干のラグはあるものの、視界の変化は現実のそれと変わらない。
準備運動がてら適当な木に発砲していると、近くにいた防護服――エインフェリアが森に移動していくのが見えた。
(エモートとかボイチャとかって無いのかな……? というかそもそも、あれって他のプレイヤーか? その点の説明ほとんどないな……)
突然戦地に放り込まれた。そんな気分だ。そういうリアリティはいらない。
試しに防護服の背中に銃口を向ける。照準を合わせる。エルフを殺すことが目的のようだが、プレイヤーキルは出来るのだろうか。
ボタンを押す――引き金を引くのだが、さっきまでのような反動がコントローラーに返ってこない。どうやら『味方』への攻撃にはロックがかかるらしい。
(PvPは実装されてないのか。まあこういうの完全に初心者だし、いきなり撃たれて終わりっていうのもつまらないからな……)
まずは、この世界を探検しよう。
映司は目の前にそびえたつような原生林へと踏み込んだ。
■
長く大きく生え茂った雑草、頭上を覆うように枝葉を広げた巨大な木々――森のなかは薄暗く、どこまでも不気味だった。
どこからか聞こえてくる奇怪な鳴き声、下草を踏みしめる足音。BGMの類は一切なく、代わりに耳に届くのはどこまでも現実味に溢れた環境音。
ライフルを構えつつ、片手に装備されたナイフで雑草を切り分け、前へ前へと進んでいると、同じように切り開いた跡が見つかった。先に行ったエインフェリアがつくったものだろう。出くわしたくはないが、この道を辿ろう。
不気味なくらいの静けさのなか――突如、前方で銃声が響いた。
(敵……?)
まずは世界観を楽しみながら操作に慣れたいところだが――せっかくの戦闘だ!
映司は駆け出した。視界がリアルなせいで現実の身体も反射的に動いてしまうが、足はベッドを叩くばかり。この奇妙な感覚にも早く慣れなければ。
――走る。視界が揺れる。直後、開けた場所に出た。視界が広がる。
「うわ……!?」
思わず声が出たのは、視界が反転したからだ。
急激に上方へブレたかと思うと一回転し、それから少しして、逆さまの景色がぶらんぶらんと左右に揺れる。
視界だけが先行しそこに実感が伴わないため理解が追い付かなかったが、現在、映司は宙づりになっているのだ。
(なんだ? 罠? ロープ?)
かろうじて見えたのは、エインフェリアの足に巻き付いたロープ。それが頭上に広がる枝葉に向かって伸びている。
とっさに解除しようと両手のコントローラーのボタンを連打するのだが、反応がない。
(あれ? 銃がない? まさか落とした……?)
プレイヤー自ら捨てた訳でもないのに? そんなことがあり得るのか?
視線を頭上へ――地上へと向けると、視界がズームされ数十メートル先にアサルトライフルが落ちているのが分かった。
(これどうやって操作すれば……)
コントローラーをがちゃがちゃやっていると、腕に装備されたナイフが光る。ジョイスティックを傾けたり押し込んだり、配置された数々のボタンを適当に押していると、なんとか姿勢を制御し、ロープへと腕を伸ばすことが出来た。
ナイフで切断す――
「うおわあああああ……!?」
落下した。ゲームなので衝撃こそなかったが、突然木々から視界が遠退いたり地面が近づいたりすると、さすがに声を上げずにはいられなかった。
「こ、これがぶいあー……」
頭上に広がる枝葉が空を覆い隠しているため周囲は薄暗いのだが、その薄暗さがさらに増したような気がした。
視界に、影が差している――
「今度は、なん……」
顔だ。
もとは白かったのだろう肌にタトゥーのようなもので迷彩を施した、面長な顔。
鈍く光る双眸、尖った鼻――長髪のあいだから伸びる、長い耳。
エルフ――それを認識した瞬間、グサリ、と。
「あ……?」
視界に亀裂が走る。ひび割れた画面のようになって、ノイズが混ざり始める。ザアザアと耳障りな音がする。
エインフェリアの顔面に、槍のようなものが突き刺さっている。
「あ、僕、死ん――、」
直後、視界が暗転した。
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